第四十七話「依頼内容」
ロベルトが奥の席に腰を下ろすと、ラグマックの面々は向かって左側に座り、俺達は右側に座る。
全員が着席したのを確認するとロベルトは口を開いた。
「さて、諸君に集まってもらったのは、すでに聞いているとは思うが指名依頼を受けてもらうためだ。
指名依頼とはいえ、チーム内で内容を吟味してもらった結果、依頼を拒否してくれても構わない。
だが、私は君たちがこの依頼を引き受けてくれると信じている」
「で、その依頼内容とは?」
皆を代表してゲルトが尋ねる。
「依頼内容自体は、とある商社の調査依頼だ」
「調査依頼ですか」
ゲルトは難しい顔をする。
字面から何かを調査することはわかるが、具体的にどういう依頼なのかがピンとこなかったので、小声でアレクに尋ねる。
「調査依頼って何?」
「よくあるのは、村が魔物の被害にあった時なんかに、討伐の前段階としてどんな魔物がいるか、場所は、数はといったことを確認したりするのが調査依頼だ。
だが、今回の場合は少し違うな」
「と言うと?」
「……商社の調査ってことは、何らかの犯罪行為に対象の商社が加担しているんだろう。
その証拠を見つけてほしいってことだ。
だが、俺達に依頼する内容とは思えんな。
本来はこういった調査は隠密さが求められるし、そういった調査で飯を食っているチームもあるはずだ。
そういったチームに依頼するべき案件だ。
悪いがここに集められた面子はどう見ても武闘派。
隠密行動には向いていないぞ」
アレクと同じ疑問をゲルトも抱いていたようだ。
ゲルトが口を開き、ロベルトに尋ねる。
「支部長、調査依頼であるならば我々や、アリス達のチームにわざわざ依頼する内容とは到底思えません。
一体何があるのですか?」
「もっともな疑問だ。
今からそれに関して答えよう。
だが、その前に今から話す内容は依頼を受ける受けないに関わらず他言無用で願おう」
ロベルトの言葉に面々は無言で頷く。
それを確認すると話の続きを始める。
「さて何から話そうか。
そうだな、まずは今日冒険者ギルドを訪れて何か気づくことはなかったか?」
ロベルトが質問したタイミングで俺は目が合ってしまった。
(授業中、学校の先生にあてられた感じだな……)
無言というわけにもいかず、渋々と俺は答える。
「ええと、いつもより依頼に来ている人が多かった?」
俺の言葉にロベルトは頷く。
「そうだ。
多くの依頼人は祭りの見物に来て子供とはぐれた、捜索してほしいという依頼をしにギルドに訪れている。
それ自体、この国では剣舞祭の度によく見られる光景であるのだが、今年は例年にも増して、その人数が多い。
この意味が分かるか?」
ロベルトの言葉で俺は思い当たる。
「……人攫い」
ポツリと漏らした言葉をロベルトが拾う。
「正解だ。
悲しいことに、今王国では人攫いが跋扈している」
「おいおい、王国の騎士団連中は何をやっているんだよ!」
ゲルトが声を荒らげる。
「ただでさえ王国の騎士は人手不足だ。
でなければ、冒険者ギルドに日々消化しきれないほど大量の魔物討伐依頼が貼られることもないし、市街の巡回といった依頼がくるはずがない。
そして悪いことを考える連中は、人が大量に押し寄せ、検問も警備もザルとなったこの機会を逃さなかったというわけだ」
「おいおい、そんな状態で剣舞祭開催するなんて、陛下は何を考えてるんだ」
ゲルトの言葉にクロエが反応する。
「そんなこと言って、ゲルトだって剣舞祭楽しみにしてたじゃない」
「うっ、そうだが」
「予選にも参加してたしね」
ライムントが追撃する。
どうやらゲルトは剣舞祭の予選に出場していたようだ。
今日から本戦が開始されているが、ここにゲルトがいるということは、つまりそういうことなのだろう。
「陛下も当然わかっていたことだ。
だが、デメリットを考えてもメリットが大きいと考え開催に踏み切ったのだ。
国民は大いに沸いているのが何より陛下の決断が正しかったことを証明している。
デメリットは我々が協力し、潰していけばいいのだ。
……いや、潰さなければならない」
ロベルトの言葉を聞き、アレクは顎にて手を当てながら何かを考え、口を開く。
「それで、俺達に調査してほしいのがどうして商社なんだ?
そこが人攫いを斡旋しているということか?」
「人攫いを実行しているのは複数の犯罪グループのようだ。
こちらも君達とは別チームに王国の騎士団と連携して捜査、捕縛にあたってもらっている。
報告では、その商社がある商品を犯罪者に供給していたようなのだ」
「ある商品ね……。
それが人攫いの大きな手助けになっているってことか」
「そうだ。
今回王都で捕縛した人攫いの連中は皆、『安らぎの風』と呼ばれる魔術の巻物を使っていた。
これは対象を眠らせる魔術で、一般の流通は厳しく制限されている品だ」
「なるほど……、それで俺達に調査依頼と。
そんな悠長な対応でいいのか?」
アレクが首を傾げながら問う。
「調査依頼というのは語弊があるかもしれないな。
君の言う通り、調査などと手ぬるいことをしている時間も余裕もない。
冒険者ギルドと王国からの依頼は簡単だ。
君達には商社内に強制的に立ち入り、内部で証拠がないか探してもらいたい。
多少強引で構わない。
そのために実力がある者に声をかけたのだ」
「確実な証拠はあるのか?」
二人のやり取りを黙って聞いていたゲルトが尋ねる。
下手すると、犯罪とは全く関係のない建物を襲撃するということになってしまう。
「ああ、その商社は間違いなく黒だ」
強い口調で断言する。
その言葉には怒りがにじみ出ていた。
「なるほど。概ね理解した。
最後にもう一つだけ聞きたいことがある」
「なんだ」
アレクはうんうんと頷きながら、軽い口調で言う。
しかし、次の言葉は目を細め、鋭い口調で投げられた。
「俺たちを呼んだ理由はそれだけか?」
「……どういう意味だ?」
「商社への強制的な調査ね。
なるほど、犯罪に加担しているなら多少は何かしらの抵抗を受けるかもしれない。
でも冒険者ってのは魔物の相手だけじゃなく、商隊の護衛任務を引き受けることもあれば、場合によっては盗賊の討伐依頼なんてのもあるはずだ。
それは別にAランクでなくとも受けられる一般的な依頼。
今回の強制調査にしても、Aランクでなくても人数を集めて、Bランクのチームに依頼しても事足りそうに思える。
で、ここに集められたのは俺が知る限り王国内では非常に高い戦力と言えるだろう。
もう一度聞く。
どうして俺達を呼んだ?」
降参とばかりに、ロベルトは手を上げながら口を開く。
「流石は勇者一行の一人というわけか。
中々に鋭い。
君の言う通りだ。
私が知る限り、高い戦力を持つ者を集めた。
理由は簡単だ。
ただのAランク冒険者では危険と判断したからだ」
「根拠は?」
「二日前、その商社が拠点として使っていたと思われる場所にAランク冒険者と衛兵が調査に赴いたが帰ってこなかったため、昨日、再度調査に向かったところ、王国の騎士がその場所で斬殺された死体を発見した」
「なるほどな……、事情は理解した」
聞きたいことは聞けたのか、アレクは一息つくと視線を俺に向けてくる。
その目は「で、どうする?」と問いかけていた。
「うん、受けよう」
短く答える。
アレクは俺が依頼を辞退するとは思っていなかったようで「やれやれ」と肩を竦める。
「引き受けてくれるのか?」
ロベルトは俺が即答で引き受けたことに驚く。
元々冒険者稼業は命あってのこと。
不確定要素が多すぎる、今回のような依頼は危険であり、一流の冒険者であれば辞退するのが普通である。
(サチちゃんみたいな子が他にも被害にあってると言うのは見過ごせないし。
それにせっかくのお祭りの裏で悪事を働く奴も許せない)
「俺達も引き受けよう。
ここまで聞いて、見て見ぬふりは俺達もできそうにない」
孤児院の出身であり、子供好きであるラグマック一行も人攫いには思うことがあるのだろう。
ゲルトの言葉に他の面々も頷いていた。
ロベルトは部屋に入ってきて初めて安堵の表情を見せる。
「君達が引き受けてくれて助かる。
だが、こうしている間にも新たな被害者が出ているかもしれない。
迅速に行こう。
今回調査してもらいたい商社はドーナ貿易商会と言う」
「アレク知ってる?」
「流石にそこまでの知識はない」
「香辛料の貿易を主に行っているところだ。
そして君達に今回行ってもらうのは本館である、この場所」
予め準備していた用紙をロベルトが机に広げる。
商業区の地図のようだ。
一カ所に朱でバッテンが記されていた。
その場所がドーナ貿易商会ということだ。
「会長の人相書きは用意している。
ここを出発する前に職員から受け取ってくれ。
尋問したいので、できれば捕縛してほしい」
「証拠は、何を探せばいい?」
「巻物が出てくればいいが、そうだな。
まずは会長の捕縛を優先してくれ。
調査というより、建物の制圧と思ってくれて問題ない」
面々は了解したと頷く。
「人攫いに関わっているってことは、誘拐された子供たちもその建物に?」
マリヤが疑問を口にする。
「それも不明だ。
だが、もし子供たちを見つけたら保護してやってくれ」
その後、ロベルトといくつかの打ち合わせを行い、俺達は夜の街を抜け、ドーナ貿易商会本館へと向かう。




