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第四十一話「情報提供」


 ザンドロ・ヴァーグナーは久しぶりに学校を訪れていた。


「先輩、本戦出場おめでとうございます!」

「うん、ありがとう」


 剣舞祭の予選を勝ち抜け、本戦への出場を決めたこともあってか、ザンドロが言葉を交わしたことがない生徒からも今日はよく声を掛けられた。

 歩みは止めないまでも、いつもの柔らかな笑みを浮かべながら返事をする。

 そんなことを繰り返しながらやっと自分の教室へと辿り着いた。

 教室に入ると、まだ朝の早い時間ではあったがちらほらと座っている生徒が見えた。

 その中に親しい顔を見つけると、そのまま近付く。


「おはよう、ユリアン。

 相変わらず早いね」


 ユリアンと呼ばれた眼鏡をかけた生徒の名はユリアン・ノール。

 ザンドロが一学年の時から親しくしている友人の一人だ。

 声に反応しユリアンは読んでいた本から視線を外すと、ザンドロを捉える。

  

「おや、剣舞祭の本戦に学生でありがながら出場を決め、今学校中で話題のザンドロじゃないか。

 今日は登校してていいのか?」


 ニヤリと、気さくな笑みを浮かべながらユリアンが言う。


「今日は本戦前の休養日だ」

「知ってた。本戦出場おめでとう、ザンドロ」

「ああ、ありがとう」

「登校するなり真っ先に俺のところを訪ねてくれるなんて嬉しいじゃないか。

 で、俺にどういった用事だ?」

「久しぶりに交友を深めようと挨拶しただけという考えはないのか?」

「あははは、冗談を。

 情報通の俺に何が聞きたい?

 いや、答えるな。

 予想しよう。

 そうだな、普段あまり他人に興味を抱かない君だが、学校内で有名になったことで美しい女性にでも声を掛けられた。

 その女性の情報が知りたくて、俺のところへ来た。

 違うか?」

「違う」


 間髪容れずにザンドロはユリアンの推理を否定する。

 ユリアンは学生という身分でありながら、どういった方法を使っているのか謎だが、様々な情報に通じている。

 学校内でもユリアンは有名であり、情報に対価を要求するが、情報を求める生徒が頻繁に訪れていた。

 もちろん訪れる生徒が求めるのは、大体が恋愛絡みの情報であり、ユリアン本人も嬉々として恋愛絡みの情報を収集しているようではあった。


「何だ、つまらん。

 友人であるお前がやっと女性に興味を持ったか、と思ったが残念だ。

 では、剣舞祭本戦に出場を決めた人物の情報か何かか?」


 先程とは落差のある調子でユリアンが言う。

 

「それも違うな。

 だが、ある人物の情報が知りたいというのは正解だ」

「その人物の名は?」

「アリス・サザーランド。

 その、彼女がどこのクラスか知りたい……」


 ユリアンはザンドロの口から出た言葉に何故か目を丸くし驚く。

 その様子を見ていたザンドロは何故か気恥ずかしくなり、若干ユリアンから視線を逸らす。


「あはははは! 

 何だやっぱり、気になる女性がいたんじゃないか!」

「……ユリアンが思っているような感情は一切ないぞ」

「照れるな、照れるな!

 では問い返すが、何故アリス・サザーランドのクラスを知りたいと思った?

 俺の知る限り、君と彼女の接点など一切ないはずだが、どうしてまた」


 ユリアンの疑問にザンドロは返答に詰まる。

 何故アリスのクラスを知りたいかと問われれば、何となく。

 先週、偶々ではあるが短い時間アリスと共に予選会場に行ったときのことをふと思い出すことがあった。

 何故かアリスの姿が脳裏によぎる。

 つまりはユリアンの言う通り、気になっているからという結論になるわけで、答えるのに躊躇した。

 しかし、他に返答のしようもなく。


「……何となく気になったからだ」


 むすっと、普段は見せない顔をザンドロは浮かべながら答えた。

 ザンドロの様子をユリアンは満足げに眺める。


「正直でよろしい。

 他人にほとんど興味を抱かない、剣が恋人であった君にやっと訪れた春だ。

 協力してやるのが友人ってもんだろう。

 今回は特別にアリス・サザーランドの情報を無償で提供してやろう」

「僕はアリスのクラスを教えてもらえれば、それでいいんだが……」

「何だ聞きたくないのか?」

「……聞かせてくれ」

「そうこなくっちゃ。

 では、手始めにザンドロは彼女についてどんなことを知っている?」

「広場の竜を魔術で従えさせた、凄腕の魔術師らしいという噂くらいしか知らないよ」


 ザンドロの答えにユリアンは呆れた声を上げる。


「これは友人である俺からの忠告だが、ザンドロ。

 気になる女性のことはもう少し関心を持って少しは自分で調べるべきだ」

「ご忠告痛み入るよ」

「まぁ、いいだろ。

 アリス・サザーランド。

 長年弟子をとらなかった宮廷魔術師サザーランド公爵が彼女の魔術の才を認め弟子とし、さらには身寄りのない彼女を養子とし迎え入れた。

 十歳にして我が校への入学を許された天才。

 このことからも凄腕の魔術師であることは窺い知れたが、先日の騒動の際に竜相手に一人奮戦。

 正直俺もその話を聞いた時は半信半疑であったが、広場で彼女相手に竜が平伏し、尻尾を振っている姿を見たことがあるから事実と判断した」

「ユリアンからの情報だから、事実と判断できるけど。

 何というか凄いな」

「ああ、凄い。

 あと彼女はアニエス様と同じ部屋で暮らしているようだ」

「アニエス様と?」


 ザンドロはこの国の第一王女であるアニエスとアリスの接点がわからなかった。


「理由は不明だがアニエス様は彼女を大層可愛がって、学校や同室で世話を焼いていると聞く。

 俺は別の理由だと思っているがな」

「ユリアンは、どう思ってるの?」

「ふん、そんなのは簡単だ。

 信頼が置けない人間をアニエス様の側に近寄らせることなど陛下が許すものか。

 彼女がアニエス様の護衛なのだろう。

 普段から見た目にそぐわない、剣をぶら下げていることからも明らかだ」


 ザンドロは街で会ったアリスが剣をぶら下げていたのを思い出す。


(でも、アニエス様の護衛ならあの日、アリスは何で一人で街にいたんだ?)


 腑に落ちない点はあったが、ユリウスの答えに「なるほど」と頷いておく。


「ということは、アリスは魔術だけでなく剣も凄腕なのか?」

「さぁ、それは知らない。

 学校の授業では類まれな身体能力を披露したことはあったそうだが、反面、身体は弱いらしい」

「そうなのか……」


 ユリアンは肩を竦めながら言葉を続ける。


「護衛なのだろうと推測はしているが、彼女は頻繁に学校を休んでいるようだ。

 これでは俺の推測が間違っていることになる。

 余計わけがわからなくなったよ」


(身体が弱いね……)


 ザンドロは学校をサボり、予選会場に来ていたアリスの姿を思い出し、思わず苦笑する。


「まぁ、アニエス様が彼女を可愛がっているのも事実だ。

 友人の恋を応援したいところではあるが、彼女を口説こうとするなら程々にな」

「……何度も言うようだが、僕はアリスを口説くつもりはないよ」

「そういうことにしておこう。

 俺がもっている情報はこんなものだ。

 ああ、本命の情報がまだだったな。

 彼女が所属するクラスは一組だ」

「一組か。

 うん、ユリアン色々ありがとう」

「まぁ、精々がんばりな。

 まだ授業まで時間あるし、今から行ってみたらどうだ?」

「そうだね。そうするよ」


 さっさと行くように促されザンドロは教室を後にした。

 ユリアンは教室から出ていくザンドロの背中が見えなくなると独り呟く。


「友人として無償での情報提供はこんなとこか」

 

 ユリアンは読みかけていた本に再び視線を戻した。

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