第四十話「希望する品」
「では、どんな剣を希望するんじゃ。
お前さんの身長に合うよう剣身を短くするか?」
ガルネリは俺に剣を返し、やっと本題である依頼する剣の話へと移る。
「いえ、むしろ逆で。
もっと長い剣を希望します」
「身体にあわんから、新しい剣を希望するのじゃろ?
……いや、お前さんなりに何か考えがあるのじゃろうから、聞くだけ無駄か。
わかった。
具体的にどれくらいの長さを希望する」
少し考える素振りを見せ、机に手をかざすと、魔術を行使した。
今ある魔力の半分を一瞬にして奪いとる。
本来であれば、魔力が枯渇する量を割いた魔術であったため、俺は若干戸惑う。
最近魔力を枯渇させる訓練はあまり行っていなかったが、何故か魔力量は増えているようだ。
ともかく、俺の意図した魔術は発現。
机の上に淡い光が収束し、無骨な一本の刀が出現した。
俺が思い描くものを形にしたものだ。
ガルネリは俺が行使した魔術を驚きと共に見て、驚嘆の声を上げる。
「聞いたことがない魔術、そして無詠唱でこれだけのものを発現させるか。
末恐ろしいのぉ」
「あまり剣のことは詳しくないので、イメージにあるものを形にしてみました」
「見たことがない形状の剣じゃ」
俺が魔術で作製した剣をガルネリは手に取る。
「ふむ。
普段見る剣と違い、刃が片側にしかなく、切先に向かい反っておる。
しかしこれは、細すぎやせんか。
この形状の剣を造ってもよいが、このような剣はすぐぽっきりと折れるぞ?」
ガルネリは難しい顔で俺に告げる。
その言葉に予め用意していた答えを、邪気のない笑みを浮かべながら、さらっと述べる。
「この形でも折れない剣を造ってもらうために、腕のいい鍛冶師をジンさんに紹介してもらったんじゃないですか」
「そんな無茶な。
さすがにこの細さでは二度、三度、下手をしたら一度でも他の剣と切り結んだら折れるぞ!」
俺はすっと目を細め、先程と違った笑みを浮かべる。
「なるほど。
ガルネリさんの腕では、この形状では折れない剣を造れないと」
「その通りじゃ」
「この剣では、普通の、そうですね。
そこにあるガルネリさんが打った剣と切り結べば、私が魔術で生成した剣は折れるということですね」
俺は受付机の横。
傘立てのような筒に乱雑に入れられた剣を指さしながら言う。
「うむ。
その剣はわしからすれば不出来な作品ではあるが、そこらに出回っている剣と比べればそれなりに優秀な剣じゃろう」
「どこか、剣を振れる場所はありますか?」
「……工房内にはないが、今の時間なら表も人通りが少ない」
俺の意図をガルネリは察し、答える。
「これ、いくらですか?」
「ふん。その細見の剣では傷一つつかんわ。
安心せい」
俺は生成した刀を手に持ち、店の外へと出る。
ガルネリも傘立てから一本の剣を抜き出し、後を続き店の外へと出た。
「どうすればよい?」
「そこで、剣を構えて立っていて下さい」
「ここでよいか?」
ガルネリは剣を上段に構え静かに立つ。
鍛冶師であるはずが、剣を構える姿は様になっていた。
(俺よりよっぽど剣の心得がありそうだな)
ガルネリの正面に立つ。
一歩踏み込めば、俺の刀が届く間合い。
収納ボックスから鞘を取り出すと、抜き身であった刀をしまい、腰に吊るす。
左手を鞘に添え、右手で柄を握ると、膝を曲げ姿勢を低くする。
「見たことがない構えじゃな」
ガルネリは静かに呟く。
対峙する俺を視線の中央に捉えながら、思わず生唾を飲み込んだ。
目の前の少女が纏う空気が話していた時とは一変していたからだ。
「では、いきます」
告げると同時に、神速の一撃は繰り出す。
見様見真似の居合斬り。
だが、この世界の俺に与えられたステータスの補正によるものか。
イメージした通り、刀は軌跡を描く。
剣と刀が交錯する。
が、無音。
発生するはずの金属音が発生しない。
遅れて、やっと金属音が路地に響く。
そこで初めて、ガルネリは持っていた剣が切断され、その剣身が地面に落ちた音であることに気付く。
「なっ!?」
俺が手にする刀は刃零れすることなく、健在。
そのことを確認すると、静かに刀を鞘へとしまう。
思った通りの成果に、満足する。
「折れないでしょう?」
見たかと言わんばかりに、ドヤ顔で俺はガルネリに告げる。
未だ信じられないと、切断された剣をまじまじとガルネリは凝視する。
だが、現実。
地面に落ちた剣身を拾い上げると、やっとガルネリは口を開く。
「馬鹿な……、ありえん。
そ、そうじゃ。
何か特別な金属を生成し、剣を形成したのじゃろ?
お前さんの魔術の腕ならミスリルか、オリハルコンか。
もしや、ヒヒイロカネを生成したのではないか?」
俺は無言で刀を再びガルネリに渡す。
今一度、自身の目で確かめてもらった方がいいと判断したからだ。
「ただの鉄ですよ」
ガルネリの言う通り、以前リチャードから貰った「土魔術金属配合全集」に記された上級に分類される金属を用いてもよかったが、俺は王国内で武器の素材として最も普及している鉄を選択した。
理由は単純。
俺が知っている日本刀も一応鉄から鍛えられたものだからだ。
本来の日本刀は玉鋼と呼ばれるものを素材にしているが、玉鋼がどういったものかという知識がなかったため、ひたすら「硬さ」をイメージして鉄は生成していた。
ガルネリは刀を手に取り、俺の言葉が真実であることを理解する。
「じゃが……この剣でわしの剣が真っ二つに斬られるとは……」
鍛冶師のガルネリにとって、剣を真っ二つに叩き斬られたというのは屈辱以外の何物でもない。
見習いであれば、誰もが一度は経験する屈辱だが、ガルネリには自分が王国内で有数の鍛冶師であるという自負がある。
それが今日、鮮明に「お前の剣は劣っている」と見せつけられたのだ。
自身の剣が劣っていると認めたくない。
「そ、そうじゃ。
何か魔術を使い、剣を強化したのじゃろ!
そうに違いないわい」
俺は無言でガルネリから刀を奪い取ると、今度は陛下から下賜された剣を渡す。
「構えて下さい」
その言葉にガルネリは無言で従う。
先程と同じ位置に立ち、同じように俺は刀を振るった。
今度は衝突した瞬間に甲高い金属音が響く。
しかし、結果は先程と異なり俺が握っていた刀が剣と衝突した先から折れていた。
ガルネリはその結果を無言で見つめた。
優秀な剣に、俺が魔術で生成した刀は全く刃が立たなかったという結果。
そして何らかの魔術を行使して、刀を強化してないことの確認。
自身の口から言っておきながら、もちろんガルネリは俺が刀を魔術で強化したとは思っていないことはわかっていた。
現実として俺が示した剣――刀は切結んでも折れないだけの強度を保つことができることを証明し、しかしながら、優秀な剣には当然刃がたたないことを示した形となった。
ガルネリも折られた剣があくまで自身が造りはしたが、中でも不出来なものであったという言い訳はしない。
再び訪れた沈黙を、今度はガルネリが打ち破る。
「わしが言ったことが間違いであったことを認めよう。
この形状でも、折れない剣は造れる。
いや、造ってみせる。
それに、わしが時間をかけて打った剣が、ぽっと一瞬で行使した魔術で生成された剣に劣るなど認めてなるものか。
上等じゃ、やってやるわい!」
どうやらガルネリの職人魂に火を付けることには成功したようだ。




