第三十二話「王の思惑」
アニエスはアリスが作ってくれた料理を口に運ぶ。
王城で食べたような華やかさはない料理であるが、アニエスはアリスが作る料理はどれも大好きであった。
自然に「おいしい」という言葉が口から漏れる。
アニエスの言葉を聞き、どこかほっとしたような表情で、だが普段と変わりませんよーといった表情でアリスは澄まし顔。
アニエスより年下のはずであるが、感情をあまり表に出さない、どこか大人びた雰囲気を纏うことのあるアリス。
だが、アニエスの言葉を聞いたアリスの口元が少し嬉しそうにピクピクと動いているのを見逃さながかった。
(もう、アリス可愛い!)
アニエスは心で叫び、表情にも出ていたがニコニコと眺めながら料理を口に運ぶ。
アニエスが喜んで食べているのを見てから、アリスも自身の皿に盛った料理をもきゅもきゅと食べ始めた。
先に食べ終えたアニエスは愛おしそうにアリスの食べている姿を見つめる。
目に映るのは白い肌とは対照的な美しい黒髪を肩に流し、美しさよりも未だ「可愛らしい」という言葉が先に出てくるような少女。
アリスの姿を見つめながら、アニエスは昨日の、この国の王である父との謁見での出来事を思い返す。
◇
「久しいな、アニエスよ」
玉座の間。
この国の王であり、アニエスの父でもあるセザール・アルベールが一人腰を掛け、アニエスと声を掛ける。
普段であれば玉座へと繋がる階段の両脇には重々しい雰囲気の重鎮や騎士が並んでいるが、今日は閑散としていた。
アニエスを玉座の間へと案内した騎士も、役目を終えると即座に退出し、玉座の間へと繋がる大扉は閉じられた。
この広い空間にセザールとアニエス二人しかいない状況だ。
内心では、
(う~~~~胃が痛い~~~~~~アリス~~~~~)
と叫び声を上げながらも、アニエスはにこりと微笑む。
「お久しぶりです、父上」
アニエスは優雅に一礼する。
ローラに礼儀作法を叩きこまれた賜物だ。
この時ばかりはセザールも王としての威厳ある相好を崩し、娘であるアニエスの成長を感慨深げに眺めていたが、一礼を終え、アニエスが顔を元の位置に戻すときには、いつもの威厳ある顔つきに戻っていた。
その為にアニエスがそのことに気付くことはなかった。
「さて、アニエスよ。今日呼んだのはいくつか話しておきたいことがあったためだ」
「はい、何でしょうか」
ローラは「国王陛下が娘に会いたがっている」と説明したが、それだけの理由で現国王である父が時間を割くはずがないことはアニエスもわかっていた。
セザールの言葉に耳を傾ける。
「此度行われる剣舞祭にはアニエスにも出席してもらいたい」
「それは構いませんが……」
了承の意を示しながらも、アニエスは少し困惑する。
アニエスが国の催事に出席した例は、災厄の際行われた出陣式だけであり、王国の姫という立場でありながら公に姿を現すことはなかった。
アニエスが出席を拒否しているわけではない。
寧ろ、数か月前に行われた災厄を打ち破った凱旋パレードは出席したかったし、王城のバルコニーから遠目でも一目見たいと思っていたくらいだ。
理由は単純。
アニエスがまだ成人してないからである。
第一王子であるガエルの顔が国民に広く知れ渡ったのは十五歳となり成人してからだ。
成人するまで公に姿を現さないというルールは決して王族の仕来りといった重々しいものではなく、父セザールの方針というだけだ。
何故そのようなルールを作ったのか、アニエスは疑問に思いローラに尋ねたことがあった。
「国王陛下は姫様にありのままの国をご自身の目で見てほしいのですよ」
そう、回答が返ってきた。
当時はローラからの答えを聞いても父セザールが何を意図しては分からなかったが、成長し、アニエスはセザールが意図していたことも理解できるようになった。
そして公に姿を現していないために得られる恩恵も。
アニエスは護衛が必ず付いてはいたが、身分を隠し王都の街を比較的自由に散策することができた。
今でも休日にアリス達と街に遊びにいけることに感謝している。
学校内ではさすがに第一王女としてアニエスの顔は広く知れ渡っているが、国民でアニエスの顔を知っている者など殆どいないからだ。
アニエスがセザールの言葉に了承しながらも言葉を濁したのは、剣舞祭に出席することはセザールが決めていた方針に反するように思えたからだ。
また、災厄の時の出陣式と違い剣舞祭では多くの国民が訪れる。
そのためアニエスの顔が広く知られてしまい、街を歩きづらくなるのではという思考に至り、
(街を歩きにくくなるのは嫌だな……)
と内心思ったからだ。
そんなアニエスの心の内を読み取りながらセザールは答える。
「色々と思うことがあるのは分かる。
しかし、今この国に必要なのは国民の士気をあげる存在だ。
……本来であればガエルや勇者殿がその役目を担うはずであったが」
目を細め、北の地で奮闘しているであろう二人をセザールは思っているようだ。
セザールの言葉でアニエスは凱旋パレードがその布石であったことに気付き、更には今その二人がいないという事実に何とも言えない不安感が襲った。
普段、アリスの前では見せない表情でその事実を飲み込むと同時に、セザールがアニエスに剣舞祭への出席を要請したのかを理解した。
「それが私と剣聖という存在というわけですか」
「そうだ。
そして改めて尋ねよう。
此度行われる剣舞祭に出席してもらえるか?」
事情は理解した。
王族の一人として役目を果たすしかないとアニエスは神妙に頷くしかなかった。
アニエスの様子にセザールは満足げに頷く。
一拍置き、ふと、アニエスは好奇心から尋ねてみた。
「お父様、一つお尋ねしたいことが」
「何だ」
「剣聖の者の名は何というのですか?」
「アリス・サザーランド」
「え?」
セザールの思いがけない一言で、素の声をアニエスは漏らす。
(何でここでアリスの名前が?)
「それが新たな剣聖の名前だ」
「どどどど、どういうことですか!?」
礼儀作法など忘れ、アニエスは父セザールに詰め寄った。




