第十話「召喚魔術」
俺は城に戻るとローラに文句を垂れていた。
「ローラさん、冒険者に登録するのに年齢制限あるの知ってて教えてくれなかったでしょう?」
「私は冒険者ギルドの場所を聞かれたので教えただけですよ?」
ニコニコと受け応えるローラ。
俺はそれを恨まし気に見る。
「アリス様、ではお詫びも兼ねて昨日約束した人工触媒の生成をお教えしましょう」
「本当か!?」
それは願ってもないことだ。
冒険者の夢は一旦置いといて知識欲を充たすことにしよう。
(でも、あと五年間は迷宮探索はできないのか)
五年後に冒険者になったとして迷宮に潜れるランクに達するまで何年かかるのやら。
ちょっと残念だ。
その間にこの呪いを解く方法を探したほうがはやいかもしれないな。
ローラに先導され、城内を移動する。
どこに向かっているか皆目見当がつかない。
行く先行く先が行ったことのない場所だ。
辿り着いた場所は中庭だった。
「この辺でやりますか」
ローラはポケットから空の瓶を取り出す。
一個は俺に渡し、もう一個を地面に置く。
「では、アリス様見ていてください。
――依り代をここに移せ《生成》」
淡い光が空瓶を包む。
光が消えると、瓶には赤い液体が満たされていた。
『看破』により『人工触媒生成』というスキルを習得した。
「今見て頂いたのが人工触媒を生成する術です。
この術は土属性の魔術ですが、厳密には水属性との複合魔術です。
液体内に貴金属を含有、さらに自らの魔力を内部に込めます。
今生成した人工触媒は赤い色ですがこれも選択することができ――」
ローラの説明は続く。
「――というのがこの魔術です。
ちょ、ちょっと語りすぎましたね」
ローラは珍しく気まずげに目を逸らす。
魔術のことになると我を忘れて語ってしまうのは悪い癖なのです、と謝る。
知識が豊富というより、もしかして魔術オタクなのか?
「口で説明しても、魔術は使ってみないと感覚を掴めませんからね。
アリス様は、土魔術と水魔術は何か使えますか?」
「今使えるのは聖魔術ばかりだな。まぁ大丈夫だろう」
俺は瓶を地面に置く。
(要は自身の魔力を液体にするイメージ?でいいんだろ)
チートな能力のおかげで詠唱すれば後は精霊が気を利かせてくれるわけだが。
「《生成》」
一節、呟くと魔術は完成した。
瓶を一瞬だけ光が包むと、中にはローラと同じように赤い液体が満たされていた。
ローラは目を丸くする。
「すごい……」
ローラの口から声が漏れる。
「ちゃんと人工触媒を生成できてますか?」
ローラに尋ねる。
ローラは瓶を手に取り、魔力を軽く流してみる。
「問題ありません……、私は人工触媒でこんなにきれいに魔力が通るものを初めて見ました」
二度、三度確認するように魔力を通す。
最初は驚きが勝っており、ローラの表情は固まっていた。
「さすが、アリス様、いえ勇者様。その武勇伝は王都内でも噂になっていました。
上位魔術を無詠唱で行使し、剣術も右に並ぶ者はいないと。
噂には尾鰭がつくもの……と、少々私も侮っていました」
が、徐々に嬉々とした表情に変わり、子供のように無邪気に喜び始めた。
いつもの畏まったメイド姿からは想像できない。
「すごいですよアリス様! 初めて使う魔術を略式詠唱で!
しかも私の人工触媒よりもずっと純度が高い!
魔術を詠唱してから術が具現化するまでの時間も短い……!」
すごい!すごい!を連呼する。
「今日は人工触媒の生成で終わりと思ってましたが、ついでに簡単な魔法陣もやっちゃいましょう」
鼻歌交じりに、ローラはしゃがみ込み指で地面に魔法陣を描いていく。
「これは土魔術の基礎で、土の棒を生成する魔法陣です。
この文字が精霊との契約文で、この部分が魔力の循環を――」
と、魔法陣の部分を指しながらローラは説明していく。
(ファンタジーの皮を被ったプログラムみたいだ……)
術と違い魔法陣は自分で描くしかない。
その内容をなんなくでも理解しようと努力する。
分からないところをローラに尋ねながら、魔法陣の理解に努めた。
(精霊文字は……ヘルプに聞けばいいか)
ミミズ文字にしか見えない精霊文字。
これは加護をもってしても意味を理解できなかった。
「うん。なんとなくは理解できた」
「では、実際に魔法陣を起動してみましょう」
ローラは先程生成した人工触媒がはいった瓶を逆さまにし、描いた魔法陣の中央辺りに垂らしていく。
「このぐらいの小さな魔法陣ならこんな量でいいでしょう」
ローラは瓶の1/4くらいを垂らした。
瓶をしまい、ローラは両手を前に突き出し、人工触媒に魔力を通していく。
「魔力を通して、描いた陣に触媒を流し込むイメージです」
人工触媒が生き物のように蠢き、指で描かれた跡に流れこんでいく。
「触媒が全体に行き渡ったら、陣全体に均等に魔力を籠めます」
淡く、魔法陣が光る。
中央に収束し、光は消え一本の棒が現れた。
「おお!」
「これが魔法陣を利用した生成ですね」
俺もローラを真似、魔法陣を描き生成してみた。
「できた!」
詠唱だけで発動する魔術とは違い、達成感がすごい。
「お見事です。では応用していきましょう。
まずはですね――」
ローラの熱の入った指導が続いていく。
俺も熱心に聞き入るのであった。
◇
ローラがアニエスを迎えに行く時間だとのことで、その日の魔術指導は終わった。
地面には大量の生成された剣が転がっていた。
ローラと調子に乗ってあれもこれもと色々試した結果である。
普通は剣生成といった魔術は一日に二,三回行使するのが限界だ。
……体内に宿す魔力が人並みを遥かに超えた俺だからできた行為であった。
お陰で主たる金属生成の基礎講座は終わった。
三、四年掛かるはずのものを俺は半日で終えたわけだ。
俺はまず地面に転がった剣を土塊に還す。
ローラは「もったいない……」と残念そうだったが、割とおふざけのものばかりであり、実用性は皆無で場所を占領するだけなので還すことにした。
生成とは違い、生成した剣を握り魔力を抜いてやるとボロボロと崩れた。
ぱっぱと片付け、最後に一つ試したかったことがある。
精霊召喚だ。
素人目でみた昨日の精霊召喚の理論、完成されているように思えたが、本は「召喚には至らず」との結論で終わっていた。
本当は描かれていた魔法陣を再現したかったが、さすがに見ただけでは憶えられない。
(今度、あの本模写させてもらおうかな)
俺には身近な精霊がいる。
ヘルプだ。
ヘルプはどうも自分の中にいる精霊のようだが、具現化できたら面白そうと考えていた。
覚えたての知識を使い適当に魔法陣を描いていく。
と、指が止まる。
「ヘルプって何属性に位置する精霊なんだ?」
精霊は四属性の火、水、土、風、加えて光、闇の六属性に分類されると聞いた。
『私は無属性になります』
無属性ね。
先程の武器生成の魔法陣には「契約対象、土に属する精霊、対価、己の魔力をもって」といった内容の記述をしていたのがだ。
指がとまる。
(何て書けばいいんだ)
俺は悩んだ挙句、精霊語「契約対象」のあとに日本語で「へるぷ」と書いた。
魔法陣の中に日本語が入っていると違和感がすごい。
あとは武器生成の魔法陣を適当に改変する。
完成した魔法陣に触媒を流し込む。
(さぁどうなるか)
魔力を籠める。
魔法陣は先程と同じように発光し収束したが、何も起きない。
「そんな簡単にはいかないか」
『一瞬、私の方は発光した瞬間に違和感を覚えましたが……』
何かしたらヘルプに魔術により呼びかけが行われたのだろうか?
色々と条件が足りないのだろう。
俺は推測しながら、やはり昨日の本をもう一度読んでみようと決意する。
「ヘルプと対面できたら面白そうだけど、気長にやるしかなさそうだな」
『その日を楽しみにしています、マスター』
淡々とした口調のヘルプだがその声は少し嬉しそうに聞こえた。




