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第二十九話「道場」


 ジンがどうしてここにいるのか、問いかけようとしたが、ジンの娘サチの出現により出鼻を挫かれた。

 サチはにへらと嬉しそうに微笑む。

 純粋な目を向けられ、俺は少し気恥ずかしい。

 その視線から逃れる様にジンの方へと目を向ける。


「どうしてここに?」


 何故ここにとは聞かない。

 ジンに工房の場所を聞いたのは俺だ。

 昨日の今日で工房を俺が訪れる保証はないが、高い可能性でここに来るとジンは予想したはずだ。

 俺の問いにジンは肩を竦めて答える。


「娘が嬢ちゃんに会いたいって駄々をこねるから連れてきたわけだ」


 まぁ、俺も聞きたいことがあったしなと小声でジンは付け加える。


「……今日はちゃんとサチちゃんから目を離さないようにね」

「反省してるって……」

「?」


 その返答にジンは苦笑い。

 サチはきょとんとしている。

 昨日、人攫いのターゲットとなってしまったサチだが、そもそも腕のたつジンが側にいれば被害者になることはなかったはずだ。

 理由を聞いたら、なんとこの男、鍛冶区で剣を眺めるのに夢中になり、娘から目を離したと言うではないか。

 父親に構ってもらえず、所在なさげに鍛冶区を一人ウロウロしていたサチは人攫いに目を付けられ、事件に巻き込まれてしまったというわけだ。

 それを聞いた俺は軽蔑の眼差しをジンに送った。

 当の本人、サチは状況をいまいち理解できておらず、ジンの父親としての威厳が傷付かなかったのは不幸中の幸いか。

 サチは俺の目の前でニコニコと笑っていたが、少し不満げに頬を膨らませる。


「アリスちゃん、父上とばっかり……。

 私と遊びましょう!」


 ずいっとジンとの視線を遮るように、サチが身体を潜り込ませる。

 さて、どうしたものかと俺は思いつつも。


(うっ……、断りにく)


 サチの無邪気な笑顔を見て、肯定するしかなかった。


「はい、サチちゃん」


 ニコリと、俺は微笑む。

 その返事にサチはぱーっと顔を綻ばせる。

 俺の本性、戦闘中に見せた凶暴な一面を見ているジンは何とも言えない複雑な表情をしていた。


「アリスちゃん、こっち!」


 右手を握られると、サチになされるがまま。

 手をひかれどこかに連れていかれそうになる。


(って流されてる場合じゃない! 

 俺は剣をつくってもらうために、今日ここに来たのに!)


 サチの純粋無垢な目を向けられ、流されている。

 やっぱり用事があったと断ろうと、口に出す前に、後ろから付いてきていたジンが俺の顔から察したのか、小声で。


「ガルネリの旦那、朝から剣を打ってたんだろ?

 今日は諦めろ。

 一仕事終えて、今頃酒を飲んでて、まともな会話はできないぞ」

「……まだ昼前なのに?」

「腕はいいんだが無類の酒好きでな」


 素面の状態でもまともに相手にされなかった俺。

 ジンの話を聞き、今日は諦めるしかないという結論に至る。

 それに加えて、自身の容姿も相まって今後の交渉が難航しそうなことに溜息を漏らした。

 俺は気持ちを切り替え、手を引き、今も前に前にずんずん進んでいくサチに問いかける。


「サチちゃん、どこに向かっているんですか?」

「んとね、道場!」


 弾んだ声で答えが返ってきた。



 ◇



 緩やかな傾斜となっている道を登っていき、ようやくサチの足が止まる。


「到着!」


 サチが足を止めたと同時に俺も足を止める。

 周囲の家と比べると、やや広い敷地。

 壁で囲まれているが、俺達が立つ目の前には硬く閉ざされた扉。

 白で統一され、アーチ状の立派な門構え。

 

"タチバナ流道場"

 

 門の頂点部分の少し下に金属プレートが掲げられ、そう記されていた。

 

「ここに来るのは久しぶりだ」


 ジンは前に出ると、ポケットから鍵を取り出す。

 鍵を差し込む。

 ガチっと金属が落ちる音。

 続いて扉を押し広げる。

 開くや否や、サチは中へと駆けこむ。


「さぁ、入った入った」


 ジンに促され、俺も中へと入っていく。

 が、すぐに足を止める。

 先程、ジンが来るのは久しぶりといっていたが、目の前には雑草が生い茂った空間が飛び込んできた。

 サチも勢いよく中に入ったものの、自身の背丈に迫る雑草という予想外の障害物に足を止めている。

 雑草の奥に母屋が見えるが……。


「久しぶりってレベルじゃないだろう」


 思わず素の声が漏れる。


「まぁ、ここに来るのは四年振りだな」

「何で四年も放置したんですか……」


 呆れて俺はジンを見上げる。


「災厄のせいで、若い連中は皆駆り出された。

 剣の腕など鍛えている時間はなくなり、道場は閉じた」


 どこかジンは寂しそうに、答える。

 その言葉から、ジンのいう若い連中は帰ってこなかったのだと察した。

 俺がこちらの世界に来てから、人の死というものを実感する機会は少なかった。

 勇者ナオキ――俺が常に矢面に立ったタイミングから、災厄関連での死傷者はゼロだ。

 だが、俺がこの地に降り立った時、王国が滅亡する寸前であったことは知っている。

 

(本当に災厄の爪痕は大きいんだな)


 気を取り直す様にジンは声を上げる。


「サチに剣術を教えようと思ったが、こりゃ先に道場の掃除が先だな……」

「むう、せっかく父上に剣を教えてもらう約束だったのに」

「雑草だけでいいなら、私が片付けましょうか?」

「一人でどうにかできるレベルじゃねえだろ」

「サチちゃん、ちょっとこっち来て」

「んーなに、アリスちゃん?」


 俺はサチを手招きし、呼び戻すと、そのままジンの横に立っているように促す。

 顔にクエスチョンマークを浮かべながらも素直に従う。

 それを確認すると一歩前に出る。


「《風刀(ウィンドカッター)》」

「なっ!」


 俺の詠唱により荒れ狂う風の刃が顕現。

 コントロールされた風の刃がたちまちに、目の前に生い茂った草々を刈り取る。

 一瞬の出来事。

 ジンは俺が、軽い口調で、魔術を行使したことに驚く。

 本職を剣士と思っていたジンは二重の意味で驚いた。

 刈り取った草を、風系統の魔術で目の前に集める。


「《煉獄(インフェルノ)》」


 単詠唱。

 それには見合わないほどの肌を焼く、圧倒的な熱量が発生した。

 たかが草に使う魔術ではない。

 集められた草は跡形もなく消え去る。

 

「《煉獄(インフェルノ)》」


 先程と同じ単語を口にする。

 今度は地面に残った雑草の残りを根こそぎ焼却した。

 ここまで僅か十秒にも満たない。

 俺の魔術により、草に覆われていた視界には広く整地された空間が現れていた。

 これが本来の道場の風景なのだろう。

 母屋にも蔦が巻き付いたりしているが、あれを魔術で焼き払うと、大惨事になりそうであったので自重。

 

(とりあえず、広場だけ確保できたらいいだろ)


 一仕事終え、振り返る。

 振り返った先には硬直したジン、対照的に「何今の、すごい!」とはしゃぐサチ。

 暫くし、我に返ったジンが声を出す。


「驚いた……。

 一体、嬢ちゃん何者なんだ?」


 昨日と同じ疑問を再びジンは投げかけるのであった。

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