第二十七話「ガルネリ工房」
捕まえた人攫いをどうするか、俺は考えていなかったが、ローラが関係各所に迅速に連絡し、到着した衛兵に引き渡された。
救出したサチ以外の少女も、身元を調べ、無事親のもとへと帰ったそうだ。
後から聞いた話で、俺はジンが前回剣舞祭の優勝者であることを今更ながら知る。
初めて剣で対峙した相手がよりにもよって対人のエキスパートであったわけだ。
人攫い事件の翌日。
俺は一人、第四区の鍛冶区を訪れていた。
鍛冶区は学区の南側、商業区の西に位置し、文字通り鍛冶が盛んな区画だ。
冒険者街でも鍛冶を営む店は多くあるが、そちらの店はどちらかというと装備の点検・修理が主だ。
鍛冶区の特色はやはりオーダーメイドの武器・防具を扱っている点。
街並みも異なり、客に商品を見てもらうという面構えをしておらず、店の入り口は簡素な扉があるだけ。
店というより工房と言った方が正しいのかもしれない。
鍛冶を営んでいることを示すのは扉の上に立つ、工房主の名前が簡潔に記されたプレートのみだ。
さて、そのプレートを頼りに俺は目的の工房を探していた。
(二十番通りのガルネリ、ガルネリ)
それらしき工房の前で立ち止まると、プレートを見上げ、また隣の工房の前で立ち止まり、プレートを見上げるという作業を繰り返す。
(あった、ガルネリ工房! ここだ)
ようやく目的の工房を見つける。
俺がこうして鍛冶区に足を運んだのはウィンドウショッピングをしに来たわけではない、剣を造ってもらうためだ。
陛下から下賜された剣が至高の一振りであることは間違いないが、こと対人において俺はしっくり来ないと感じてしまった。
魔物相手であれば、圧倒的なステータスにより一方的な蹂躙となるため、正直剣に対する依存度は小さい。
下賜された剣に対して失礼だが、頑丈であれば何でもよかったのだ。
しかし、対人では物足りなく感じてしまった。
特にジンから貰った腹への蹴りで痛感した。
予想せぬ攻撃であったこともあるが、ジンへ一撃を加えようとすると、俺の小さい身体では接近しないと攻撃が届かなかった。
今の剣も俺の身長からしてみれば、長すぎる部類ではあるが、更に長さが欲しいと感じた。
幸いなことに身体は小さいが、その身体からは想像できないほどの力を発揮でき、本来は手に余る重さの剣でも俺ならば楽々扱うことができる。
もう1つジンの戦いから感じたことは、剣での戦闘が俺のイメージと合わないということ。
俺の記憶、イメージにある剣は懐かしき故郷日本の刀である。
以前、魔術により剣を生成した時も多くが刀の形をしていた。
ただ、魔術により生成した剣は、赤との戦闘でもぽっきり折れてしまった過去があるように、耐久度に難があった。
結局、あの後陛下から剣を下賜され、頑丈である剣は魔物相手であれば最高のパートナーであったため、不満を感じる機会がなかったこともあり、今更ながら俺は自身にあった剣を造ってもらおうという考えに至ったのである。
俺はほくそ笑む。
(先日の迷宮で稼いで今なら懐に余裕がある。
せっかくだ最高の刀を鍛えてもらおう!)
腕のある鍛冶師の知り合いなど俺にはいなかったが、
「いい鍛冶師を紹介してくれない?
紹介してくれないと、サチちゃんに、君のお父さんに足で蹴られたって泣きつく」
と、ジンに言ったところ快く工房を紹介してもらえた。
そうして訪れたのが「ガルネリ工房」である。
しかし、やっと見つけた目当ての工房を前に、俺は扉を開けるのに躊躇していた。
中が見えぬ固く閉ざされた扉からは、「一見様お断り」の雰囲気が漂っていたからだ。
どうせならジンに同伴してもらえばよかったのだが、さすがに知り合ったばかりの相手に、そこまで頼むのは気が引けた。
いつまでも扉の前で立っていてても埒が明かない。
覚悟を決め、俺は工房の扉に手を掛けた。
「お、お邪魔します」
ゆっくりと扉を開け、中を窺う。
工房の中はうす暗い闇に覆われていた。
時間帯は昼前であるが、店内の窓にはカーテンがかかっており光が入らなくなっていた。
観察すると、目の前に簡素な受付机。
横には剣が乱雑に傘立てのような筒にたてられていた。
中に入り、扉を閉める。
扉を閉めると光源がなくなり更に暗くなる。
「すみません!」
店内に従業員がいないかと思い声を張り上げる。
しかし、反応は一向に返ってこない。
(留守かな?
にしても入口の鍵をかけないなんて不用心な)
これは出直すしかないかな、と考え、店を出ようとした時であった。
カーン!カーン!
金属がぶつかる甲高い音が店内に響いた。
音を聞いた瞬間は、静寂からの突然の大きな音に俺は驚いたが。
(何かを打ってる?)
工房の名に相応しい環境音。
音は店の更に奥から聞こえてきた。
好奇心が勝り、俺は店の奥へと進んでいく。
音が聞こえてくる手前にもう一つ扉があった。
その扉を俺はそっと開き、中を覗き見る。
見えた光景は、想像した通りの光景。
扉の先の部屋は赤い光で照らされていた。
漏れ出る光に伴い、その照らす光から熱を感じる。
熱い。
部屋の奥、轟轟と火が燃えており、その前に一人の男が座っている。
小柄。
しかし、その四肢は分厚い筋肉で覆われている。
(ドワーフ族、初めて見た)
顎髭を蓄えたその男は俺が覗いていることなど気付く素振りもなく、一心不乱に鎚を振るう。
カーン! カーン!
規則的に、ある種の音楽のように響く音。
そして鎚が振り下ろされる度に周囲の魔力が踊っているように見えた。
その魔力は男の手元、灼熱の赤い塊に集まっていく。
鎚をが振り下ろされる。
魔力が発散され、また集まる。
『すごい、火精霊達が踊ってる』
脳内に精霊を視認できるヘルプから思わず感嘆の声が漏れる。
その光景と同じものを見ることができないのが少し残念だが、それでも目の前で広げられる光景はどこか幻想的に映った。
男が鎚を振るうのをやめるまで俺はその光景をじーっと見ていた。
※5/11追記
次回更新5/12(土)




