第一話「夢の中で」
内田直樹、それが俺の名前である。
気付くと、一人の少女が目の前にいた。
その頬が涙に濡れているように見えた。
『助けてください』
誰に助けを求めているのかわからず、直樹は辺りをキョロキョロと見回す。
すぐに、この空間には直樹と少女の二人しかいないことに気付く。
つまり助けを直樹に求めていることになる。
(ああ、夢か)
延々と続く白い空間。
現実の世界ではありえない光景。
これは夢であると結論づけ、暫くこの夢に付き合うことにした。
まずは泣いている理由はわからないので、話を聞いてみることにした。
少女曰く
『世界の危機を救ってほしい』
その世界は、俺のよく知る世界とは異なる世界。
少女曰く
『神が零せし穢れが世界に災いを齎す』
少女の話を神々しく訳するとこんな感じであろうか。
実際は
『えっぐ……私が運んでた、えっぐ…穢れた魂の瓶をしまう時に、落として割れて……えっぐ、穢れた魂を落としちゃった』
なんとなくドジっ娘であることはわかった。
しかし厨二病全開解釈。
自身の夢であるはずだが、理解困難である。
実際の世界でこんな話を知らない少女にされたら「あ、これ関わっちゃいけない奴だ」と判断し即座にその場を離れる。
『お願い、助けて(うるうる)』
男、内田直樹、童貞。
こんな美少女にお願いされたら断れるわけがない。
「俺は何をすればいいんだ?」
『ありがとう! あなたならそう言ってくれると信じていたわ!』
さっきまでの涙はどこへやら。
小声で「ちょろ」って言ってるのが聞こえる。
これは何か騙されているのでは?
夢の中で?
不安になってきた。
『大丈夫、神イオナの名にかけてあなたを全力でサポートするから!』
神イオナ、少女がそう名乗る。
すると、その姿は少女であろうと思えるが、靄がかかったような形でしか直樹には認識できなくなった。
『あなたには私の管理する世界、あなたからすれば異世界に召喚します。その世界で穢れた魂を打ち倒し、浄化してもらいます』
ああ、さすが夢。
脈絡もなく話は進んでいくと直樹は感心する。
(そういや、この前異世界転移モノの小説を読んだっけな)
夢は深層意識を映し出すという。
確かにこの前読んだ異世界小説は面白かったなと思いながら、夢の会話に付き合うことにする。
「……自分自身で浄化しにいけばいいのでは?」
単純に思った疑問。
『……これは神が世界に与えた試練なので。ただちょっと、ほんのちょーっとだけ私の世界の子には強すぎたみたいなの。そこで優しい私! 困っている愛する子たちのために手を差し伸べることにしたの』
私、超やさしい、流石女神!と自画自賛している。
(いやいや、その問題の根源はお前だろ!)
と心の中では突っ込む。
実際に口にすると話が長引きそうなので、イオナの話を聞くことに徹する。
『そこであなた! 超やさしいスペシャルな神様である私が試練に立ち向かうあなたのために様々な固有能力を授けてあげましょう!』
異世界に行くことはいつの間にか確定で、さらに謎の能力を授けられそうになっている。
「それは神様の子供たちに授けてあげればいいのでは?」
わざわざ直樹が出向くことはない。
その世界の住人にがんばってもらえよと思う。
『神が管理する世界の子一人に肩入れすることは神法第32条で禁止されてるの!』
どこからかともなく取り出した本を目の前に突き出し、その第32条が書いてると思われる場所を指さす。
(読めねぇ……)
直樹の目には意味を成さない線の塊にしか映らない。
表情はわからないが、ドヤ顔で直樹の前に本を突き出しているように思えた。
『でも、天才な私は気づいたのです。違う世界の子にならいくら与えてもいいと!』
「そうですか」
『そういえば、あなた名前は何て言うの?』
「今更だな。内田直樹だ」
夢の中で名前を聞かれるという貴重な経験をした。
『うちゅーだにゃおき? 日本語って聞き取りにくいわね。ちょっとここに名前書いてもらっていい? リスニングは苦手だけど、リーディングは得意なの』
「何だそりゃ、意味が分からん」
直樹の言葉は当然無視され、どこから取り出しのか紙とペンを渡される。
『あ、漢字で大丈夫だから』
どうせ夢だと割り切り。
強引な話の進行にあきれながらも。
内田直樹っと。
自身の名前を書き記す。
書いてから紙の上に点々としたよく分からない記号が書かれていることに気づいた。
瞬間、紙が奪われる。
(紙の上に文字っぽいものが書かれていたような……?)
『ウチダナオキね! これで契約は完了したわ!』
(んっ?)
『さあ、勇者ウチダナオキ! 世界を救いなさい!』
落ちた。
エレベータから落とされるような浮遊感。
悪夢のあれだ。
やっと夢から醒める。
そんな気がした。
『あ、やっば。召喚先間違えた! うわあああああ、何てこと! ええい! 神の威光を食らいなさい!』
少女の声がまだ聞こえる。
暗転。
次話、お昼ごろに投稿予定。
※5/4改稿