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ゴミの宝物

「おまえさぁ、結婚と考えてねぇの?」

「はぁ?」

おれは素っ頓狂な声で答えてしまったが、それは変な質問をする相手が悪い。

おれが飯を買いに街を歩いていたら、たまたま大学時代の懐かしい友人と再会した。こいつとはお互い小さい頃からの腐れ縁であり、お互いのことをよく理解しあえる仲でもあった。

こいつがすでに結婚していて、子供もいる。良い仕事も暖かい家庭も作ることができて、人生良好の毎日を過ごしているとか。

そんな折に、おれの結婚がどうとか、ちゃんちゃらおかしい話である。

「………おまえさ、家どうなってんの?」

「もちろんちゃんとしているぞ」

「たとえば?」

「おれが今使っている割り箸、何週間も使い続けてまだしっかり使える。カップ麺も食べ終わったら洗って干して簡易プラスチック器になる」

おれは使い古した割り箸を、いつも胸ポケットにしまって持ち歩いている。外食で割り箸しか置いていない店に入った時、新品を使わないようにするためだ。

さらに、とボロボロのリュックからラベルの付いていないペットボトルを取り出した。

「このペットボトル何か月も使っているけどいまだに壊れない。これなら水筒なんて買わなくてもいい」

「………うん、よくわかった。つまりそのままなんだな」

こいつの言いたいことはわかる。世間一般的から言えば、俺の家はゴミ部屋なのだとか。足の踏み場もなく、使い道のないゴミを溜めてばっかりの家で生活する不衛生の迷惑極まりない存在。

だけど、ちゃんと大切に扱ったらいつでも使える。使えるものを使えないと言って捨てる方がどうかしている。

友人はため息ひとつ、思い出したように顔をあげた。

「そうだ。掃除機ほしくないか?景品で当たったのがあるんだけどさ」

「まぁ、いいけどどんなものなんだ?」

「自動の掃除機で本人がいないときでも掃除してくれる便利な物だぞ」

「ル○バじゃないのか?」

「ロバッコだそうだ」

日本製品のネーミングが変なのは今に始まったことではないが、これはあまりにお粗末すぎやしないか。

「うーん、まぁ、貰える物は遠慮なく貰うけど」

「んじゃ、後で家に送るぜ」


後日、いい腰掛になりそうな段ボールが届けられてきた。友人の言っていたルンバ三世だろう。

運搬業者さんはおれの部屋に入りたがらないまま、玄関先で荷物を受け渡してさっさと行ってしまった。

脱ぎ散らかしたたくさん靴を足でどけて、ロボットの入った腰の高さまである段ボール箱をじろじろと見降ろした。

「まぁ、使ってみるか」

新しいものをすぐに使ってみたくなる性分は昔も今も変わらない。

段ボールを慣れた手つきで分解していき、紙テープと段ボールに仕分けしていく。紙テープは接着面に糊が残るように慎重にはがしていく。段ボールと紙テープは簡易座布団の貴重な材料だ

丁寧に仕分けした後、中から寸動なロボットを抱え上げた。寸動といってもさほど体積はなく、置く場所に困ることもなさそうだ。とりあえず居間の空いているところに下し、さっそく起動ボタンを押してみた。すると、ロボットは低く唸るような音を立ててがたがたと震え始めた。

〝……この度はロバッコをご利用いただきまして、誠にありがとうございます〟

畳んだ段ボールの中にあった説明書を取り出して、やたら細かい文字をいちいち追ってぽちぽちと操作してみる。ちなみに、今は昼だから開けたカーテンからの光しか明かりがない。細かい字とにらめっこするのは疲れる。

「これでよし」

最後の決定ボタンを押すと、ルンバ三世は勝手に動きだした。

ロバッコはドラムにローラーがついたような造形で、腹のところから何かを掴むためのアームが伸びて、ドラムの中に押し込んで分別するという物らしい。

(………ゴミ回収車を家庭用に作られたもんか)

分別した物を一度外に戻して取り込みやすい形に置き換えて、再びアームで取り込んで圧縮。圧縮したものは手のひら大大きさの立方体になって吐き出される。

そういえば、とおれは小さい頃に観た映画のワンシーンを思い出した。

その映画は、地球がゴミに覆われてしまう未来に働くロボットの話だ。そのロボットは意思を持っていて、最後は地球でみんなが幸せになる結末。

その映画に出てくる人間は、みんな物を大切にすることを忘れた人類だった。その結果にゴミが溢れて、ロボットが生まれた。

みんながゴミだのなんだの言おうと、大切に使えばまだまだ使える物ばかりだ。それをみんなが大切に使えたら、地球がゴミで溢れることなんてないのではないのか。

「………あー、らしくね」

こんな小難しいことを考えるなんて性に合わない。

使えそうなものを使う。ただ、それだけではないか。

今思えば、掃除機なんておれには無縁の物ではないかとも思う。だが、貰える物だったらなんでも貰う性格が災いした。

おれが一人で考え込んでいる間に、ロバッコは周りに取り囲む物をぽいぽいと勝手にドラムの中に放り投げて行ってしまっている。

「簡易型プラスチック容器を勝手に捨てるんじゃない!」

〝正確には発泡スチロールです。元々、このゴミは即席麺の容器であり、後に再活用されるために製造されている物ではありません〟

よく話す機械ですこと。

「でもいままでそれを使ってちゃんと使食えていたから!壊れても代わりならあるし経済的だろ」

〝これは市販で出回る一般的な容器とは異なります。また、この容器はカップ麺の器という役割を果たし終えているのです〟

「それをおれがうまく再利用しているじゃねぇか!勝手に捨てるなよ!」

〝市販の容器とは丈夫であると同時に、コーティングされた表面に汚れがこびりつかないために作られています。発泡スチロールではいくら洗い流そうとも菌の温床になり、いずれあなたの体を蝕むでしょう〟

「ええい、難しいこというな!」

がたがたと機体をゆらして無理やり吐かせようとするが、そんなうまくいくわけもなく。

〝容器なら丈夫な物を買って使えばいいではないですか。こんなゴミでも大切に使えるなら、どんなに安物でもちゃんとあなたに使われることで報われるでしょう〟

そう言っているうちに、簡易型プラスチック容器はバリバリと音をたてて壊されていった。


それからというもの、おれの大切に再利用していたゴミを捨ててしまった。おれの文句にいちいち反論するあたり、融通のきかないロボットを相手にするのは本当に疲れる。あれよあれよという間にドラムの中に消えていき、無残な残骸が立方体の中に混じってゴミになって捨てられていく。

電源ボタンを押そうとも考えたが、いつのまにか取説がロバッコに捨てられてしまっていた。

〝取扱説明書を何度も見るのは時間の無駄です。一回読んだら覚えるつもりで読まなければ、これからの人生の大半を無駄にしますよ?〟

「ロボットの言うセリフじゃねぇ!」

蹴り倒そうとしても、ひょいとかわすところもロボットのできることではない。厄介な物を掴まされたと、深く後悔した。

ロバッコが来てからわずか三日、おれが再利用していた物をすべてゴミ扱いされ、すべて立方体の廃棄物になってしまった。


そして、またある日のこと。

ロバッコがトロフィーをゴミとして立方体のゴミに変えてしまった。

そのトロフィーは、おれが学生時代に友人と一緒に勝ち取った、卓球の優勝トロフィーだ。トロフィーを見る度にあの頃を懐かしんでいた物をゴミ呼ばわりするロバッコには腹が立った。おれは残ったトロフィーを死守して、ロバッコの手の届かないところに保管した。

おれが何を言おうとロバッコは引き下がることを知らず、トロフィーを出せと寄ってくる。

「ゴミなんてないだろ。いい加減止まれよ」

〝そもそも、先ほど私が捨てたトロフィーという物ですが、これは本当にあなたの大切な物なのでしょうか〟

散々怒鳴りあった挙句にこれである。

「はぁ、なんだよ。そんなこともわからないのかよ」

〝わかりません。その物に対する思い入れなんてロバッコの知るところではありません〟

頭に血が上って、ロバッコを殴った。だが、ロボットのボディには大して傷がつかず、鍛えてもいないおれの手がじんじん痛むだけだった。

「あのな、おまえはおれが大事にしている物を捨てるのが仕事なのか?」

〝いいえ、違います。私は、掃除をしているだけです〟

ロバッコはそれだけ言って、また掃除に取り組み始めた。

とはいっても、この部屋にゴミと呼べるものはほとんどなく、残るは一般的にも本当に大事な物が残っているだけだ。

ロボっこはそこらへんに散らかっている衣服までにも捨て始めた。ボロボロな物も、まだ使える物もいっしょくたにドラムの中に放り投げる。

「………それはまだ使えるんじゃないのか?」

〝使い古した衣服も、ダニやカビの温床になりかねません。この劣悪な環境に放置されていたら、むしろ病原菌の繁殖は当然のことです〟

なんでも屁理屈こねて、結局ロバッコはあれもこれもゴミ扱いする。いままで長く使っていたものが急になくなって、家の床のほぼ全面が見えるようになっている。

急に寂しくなった部屋。

物も、心も、何もかも物足りないおれ。

それを意に介さないロバッコ。

はじめてこの家を手に入れた時は、たくさん物を置けると張り切っていたおれに残っている物はなんだ?

心にぽっかり穴が開いて、そこから有象無象のゴミをロバッコが取り除いていったかのように、おれの宝物だったものは全部捨て去られた。

残っているのは、冷蔵庫などの必要最低限な家電と、思い出のトロフィー。

トロフィーももちろん大切なものだ。捨てられるわけがない。

(だが……)

必要な物かと言われたら、必要な物でもないのかもしれない。大切な物とか、そういった思い入れを抜きにしたら………

〝トロフィーを使って何か調理でもしたんですか? トロフィーがそれほど使い勝手のいいものには見えないのですが〟

「……トロフィーは大事な宝物だ」

〝宝物というものは飾り、持ち主の顔をよくするだけのものです。 あなたが今まで大切な物と呼んでいたゴミより、さらに実用性に欠けた無用の長物です〟

ロバッコはじりじりとおれを追い詰め、壁際にまで迫る。

〝あなたはトロフィーに対してどのような思い入れがあるのでしょう?〟

「おれの青春だ」

〝青春……つまり、あなたの過去を思い出せる物をトロフィーという形にして、それを宝と呼んでいるわけですね?〟

「そうだ」

〝それはゴミです〟

おれはかっと目を見開いて、眼を持たないロボットを睨みつけた。

〝思い出、青春、過去……時間が経つにつれて自然に風化していく記憶を、物に置き換えて保存しようなどと、なんと資源の無駄でしょう。 あなたの物を大切にするという言い分は、自分勝手に無駄かどうかと決めてしまうことなのですか?〟

「なにがいいたんだよ」

〝あなたからすればゴミでない物は、世間一般からしてみればゴミ。では、世間一般からゴミでないものは一体なんでしょう〟

「それは、生活必需品とか……あと、トロフィーとか」

〝世間とはいわゆる他人の集合です。 様々な意見が織り交ぜられ、様々な価値観が入り乱れる集合体なのです。 では、他人があなたの青春の証であるトロフィーを大切なものと理解する人、理解しない人はどの程度いるでしょうか?〟

「理解する人の方が多いに決まっているだろ」

〝つまり、少なくとも理解しない人もいる〟

「違う! 理解しない奴は頭がどうかしているやつらだ!」

〝これが世間です。 他人同士の価値観の食い違いによって、新たな価値観が生まれる。あなたの理解しない人に対する考え方は、他人と共通する考え方であり、共通しない考え方でもあります〟

おれはロバッコが何を言いたいのか全く分からない。ただ、その無機質な声に内心震えるだけしかできなかった。

〝結局、あなたは他人なのです。 他人とは違うとは言いながらも、他人に共感してほしい、他人に理解してほしいと思っている。 あなたは個人ではないのです〟

「……おれがトロフィーを大切にしているのは、おれの意思だ」

〝いいえ。 もはやあなたは自分の答えに自信を無くしています。 その答えは世間の答えであり、あなたの答えではないのです〟

ロバッコから伸びてくるアームが、おれが隠しているトロフィーに近づこうとする。

「やめろ……やめろよ!」

〝あなたは正しく認識する必要があります。 トロフィーがいかに無価値で、実用性がなく、無駄なものかを〟

ロバッコはその言葉を最後に、後退して他の部屋に回っていった。

おれはトロフィーを取り出して、その文字に掘られたことばをなぞった。

このトロフィーを大切に思うことが世間の考え方で、それはおれの意思じゃない?

「冗談じゃない」

しかし、このトロフィーを眺めているうちに当時の光景が思い出されていった。

確か、この大会は審判のミスでおれに一点入って、その流れでおれが優勝した試合だった。当時の俺なら実力の成果だと言っていたかもしれないが、今になって思い出してみれば、なんて虚しい優勝だったんだろう。

このトロフィーがおれの青春であることには変わりない。だが、このトロフィーに対する価値観が確実に変わってきていることに気付いて、おれは身震いした。

あの試合を見ていたら、誰がこの金のトロフィーを美しいと思うだろうか。もしかして、おれは金のトロフィーを欲しいために、卑怯な手を使ったのかもしれない。それで負けた相手はこんな金おトロフィーを見たところで、いい思いをしないだろう。

おれはそれを持って、ロバッコのところに行った。

「……おい」

ロバッコが振り返り、おれはルンバ三世のアームにトロフィーを握らせた。

〝いいのですね?〟

「……それはおれのトロフィーだ。だけど」

トロフィーがドラムの中に消えていく。

「それには、たくさんの価値がある。無価値という価値まである」

立方体になって、俺の足もとに転がる。

「それは、ゴミと同じ価値までもある」

〝その通りなのです。 ゴミはすべてゴミ捨て場に消えてしまえばすべてゴミなのです〟

うねるアームを最後に、幕を閉じるようにおれの視界が遮られた。


【ゴミ置き場で独身男性の遺体】

近年、独身の若者の間で増加しているごみのマナー問題。その問題の解決に先駆け、ダストカンパニーのコンパクト型自動掃除機、その名もロバッコが若者の間で大活躍している。奇妙なことに先日発見された男性の家には、そのロバッコしかなかった。また、別の事件で似たような事件も起きており、いずれも家にロバッコしか物がないという共通項がある。ダストカンパニーは事件の関連を一切否定しており、ロバッコの販売を中止するつもりはないと発表している。


「ふ~ん」

雑誌を見下ろして読む目線の向こう、自分の一歩前の人の足が前進したのを見て、それにつられて自分も動き出す。

(並ぶんじゃなかった・・・)

うまいラーメンを食べたいと思い立って二時間、いまだに長蛇の列の真ん中らへんに並んでいる。

適当な雑誌のくだらない記事でも気晴らしになるかと思ったが、新鮮な記事になかなか巡り合えない。美味しいラーメンにもありつけない。

たまたま休みをとれたからいいものの、これが仕事の休憩時間だったら最悪だ。

(ま、仕事なんてないけどな)

仕事を辞めて東京の親戚に世話になる前の、なじみ深い地元の最後のラーメン。明日には引っ越ししなければいけないが、最後くらいラーメン食っていきたい。

まだ長引きそうな行列を目に入れないようにと、さっきの記事にまた目を通す。

(そういえば・・・)

東京の親戚の家にはいろんな家電製品があると聞いていたが、ロバッコもあるんだろうか。

さっきの記事には独身の若者の間で増加しつつある、なんて言っていたが。

(確認してみるか)

 親戚の家の電話にかけて、ワンコール、ツーコール

「あ、もしもし?」

「おう、おまえか。どうした」

「いや、おまえの家に家電製品がたくさんあるだろ?ロバッコってやつあるのか?」

「あ~、あれね」

 電話口の向こうから含み笑いが聞こえてきて、耳障りな音に顔をしかめた。

「おれの家を預かるときの心配事か?」

「そんなんじゃないけどな。で、どうなんだい」

「ないよ。必要な家電製品はうちの新居に移してあるから、あの家にあるのは古い家電ぐらいだよ」

 そうか、と軽く息を吐いた。

 古い家電しかないと言うことは、ロバッコは多分ない。

「まぁ、ロバッコは贈答用でもらったやつがあるから、それを置いていくよ」

「え」

「あそこの家に掃除機とかなくてな。たまたま贈答用に貰ったのがあるから、それ使ってくれ」

 ちょ、と言う間にスマホの電池が切れ、行列がまた一歩進む。

 多少の不安はあるが、よくよく考えてみればそこまで心配するところでもないだろう。


 もう少しだけラーメンを待って、考えるのはその後にしよう。

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