「イグドラシルの種」その8
上へ
簡易昇降機は騒音をたてながら昇っていく。
モナは弟を鉄の棒に跨らせて座らせた。上体はズボンのベルトを機械の取っ手に引っ掛け体に巻きつけた。そうすれば落ちることは無いだろう。
騒音のせいか、落ちないように必死な為か、二人は黙ったままだった。
やがて、無事最上階に着くと二人は飛び降り予備室へ向かった。
予備室は外へ出る準備をする部屋で、頑丈な扉が危険な外界から中を守っている。怪物はまだ来ていない。
モナは非常階段に通じる扉を調べてみたが、硬く閉じたままだった。耳を押し当てて探ってみたが何も聞こえない。
ふと気が付くと怪物がエレベーターホールの開口部からもそもそと入ってくるのが見えた。モナとセリがホールに着いたのを見て怪物は外壁を伝い登って追いかけて来たのだった。
怪物にとって扉はもう既に意味をなさないのだった。
モナは慌てて怪物の前に立ちはだかった。セリも気がついてモナの後ろに隠れた。
「外へ出ちゃダメー!」モナの必死の叫びに怪物はきょとんとして見つめている。
「いい?外は太陽の光があたっていてものすごく熱いのよ。そのまま出ると大火傷をしてしまうの。だから下へ降りましょう」
怪物はまだきょとんとしている。
「お姉ちゃん、こいつ言葉がわかるの・・・」
「じゃ、どうすれば・・・」
そのとき怪物が二人の頭の上を飛び越えて外へと通じる扉に飛びついた。扉の鍵は暗証番号になっていて怪物には開ける事が出来ない。でも怪物は無理をして開けようとして扉をがんがん叩いている。
「だめ、開けちゃ」
モナは止めようとして近づいたが怪物の振り回わす手にあおられて飛ばされてしまった。
「お姉ちゃん!」セリが駆け寄り助け起こす。
「大丈夫、たいしたこと無い」
そのとき怪物の手が止まった。と次の瞬間、踵を返すともと来たエレベーターホールへ向かって走り出した。モナとセリは慌てて後を追ったが間に合わず、エレベーターホールの開口部から出て行く怪物を見送るしかなかった。
「後を追うのよ」そう言うとモナは予備室へ走り出し、外へ出る扉の前まで来ると暗証番号を入れ開け始めた。
「防護服!」遅れてきたセリが防護服を引きずってきた。
「着てる暇ないわ」
「でも・・・」
「まだ日陰は残っているはず」
外界
予備室の扉が開いて二人が外へ出てきた。モナの言うとおり、かつて海水を隔てていた巨大な隔壁の残骸が影を落としていた。合間に行く筋かの日差しが洩れてはいたが、まだ気温もそう上がっていず、影の中なら何とか防護服無しで大丈夫なようだった。
怪物は壁をよじ登るのに力を使い果たしたのか、日なたへ向かってのろのろと歩いていた。
「まって、そっち行っちゃダメ!」
モナが怪物の長く伸びた髪の毛を引っぱって止めようとしたが効果はなかった。セリが加わっても、ただズルズルと引きずられるだけだった。
「お姉ちゃんもう諦めようよ」
「イヤ!この子は私達が酷い目に会わせようとしたのに逆に助けてくれたわ。見かけと違って優しい怪物なのよ!」
そのとき、怪物が急に立ち止まって両手を高く掲げると「ブおー」と大きな声で吼えた。 モナが見上げると怪物越しに隔壁の端から太陽の光が差し込み始めるのが見えた。
間に合わない、そう思った瞬間、何か巨大な腕が怪物を弾き飛ばした。
モナたちは怪物の声に驚いて髪の毛を掴んでいた手を離していたため転んだだけですんだが、怪物は遠く飛ばされ隔壁にぶつかって止まった。
「モナ、セリ無事か」
ゼクタが二人に声を掛けた。父は列車が上の駅に着くとすぐさま二足歩行パワーショベルに乗ってかけつけ、怪物をそのアームでなぎ払ったのだ。
「父さん違うのあの子は・・・」
モナの言葉が終わらないうちにものすごい音がして隔壁が倒れてきた。老朽化でボロボロだった上に怪物の激突が引き金となって倒壊したのだ。
ゼクタは何とか二足歩行パワーショベルで支えようとしたが隔壁が大きすぎてパワーショベルごと弾き飛ばされてしまった。
ゼクタはイスから投げ出された。たいした怪我は無かったようだったが右足が隔壁に挟まれて動くことが出来ない。
頭を上げて子供達を捜すと二人がこちらに走ってくる。
「バカ、何やってるんだ。早く日陰に逃げ込め」
「だってー」
モナの言うとおり、辺りに隠れられる日陰はゼクタの元にしかなかった。ゼクタは自分の着ていた防護服の上着を二人に掛けるとぎゅっと抱きしめた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」モナはずっと謝り続け、セリは泣き続けている。
ゼクタは背中が焼けてゆくのを感じた。せめてあと2、3分たてば保安局員が駆けつけてきて、子供達を助けてくれるだろう。自分の命と引き換えてでも二人を守らねば。
その時、ゼクタの後ろで大きな音がした。怪物が生きていたのか?振り向いて確認したくても、二人を庇ったままでは首を回すことも出来ない。そのうちゼクタは意識が遠くなっていった。