「イグドラシルの種」その7
エレベーター2
モナは弟をしっかりと抱きとめ落ちないようにするので精一杯だった。エレベーターの手摺は、モナにとっては高い位置にあって踏ん張りが利かないのだ。
そのとき、モナの背中を大きな手が掴んだ。と、見る間に二人は怪物の背中に乗っかっていた。二人が慌てて怪物の長く伸びた髪の毛を掴むと、怪物はするすると鉄骨の間を登っていく。
いつしか怪物は、非常階段を見つけてそこを駆け上っていた。踊り場に来るたび怪物はスピードを落とさず方向転換するため、モナは今にも振り落とされそうな弟を片手で支えつつ、怪物の髪の毛にしがみついていた。
やがて雲がかかっている所にさしかかった。雲の中に入ると怪物はバテてきたのかスピードを落とし、踊り場で立ち止まった。
穴の反対側の壁面に太陽の光があたり、雲を透かしてぼやっと白く光っている。その光を怪物が見ている隙にモナたちは怪物の背中から降りて体を伸ばした。力をこめて掴まっていたので体中がぎしぎし音をたてる。
モナは怪物の様子を探るため前にまわって怪物の顔を見上げた。
「危ないよ、お姉ちゃん」
「へーきよ」
覗き込みながらモナは思った。本当にこの怪物は悪者なのだろうか?
モナは自信が揺らいできた。
怪物は相変わらずボーッとした表情で反対側の光を見つめている。そのときモナは気づいた、怪物の額にあるものは目ではないことを。目と思っていた場所から何か白いものが生えている。角?と思った瞬間、その白いものがぐにっと動くのが見えた。
怪物は再び大声を上げたかと思うと頭を柱に打ちつけ始めた。モナは何とか怪物の側から逃出し弟のもとへにじり寄った。
気温が上がってきたせいで雲が薄くなり反対側が良く見えるようになり始めると、怪物は頭を打ち付けるのを止めて再び階段を駆け上っていった。
二人は取り残された。
「行っちゃった・・・。ねえ、放っておこうよ」
「駄目よ。放っとけない」
セリは姉の正面に回りこむとじっと顔を見据えて言った。
「どうして!」
「だって、あのこはペペルギス・タウタレリじゃないんだもん」
セリは泣き出しそうになって。
「ペペルギス・タウタレリだって姉さんが言ったんじゃないか。だから怖い思いをしてもついて来たのに。今さら違うだなんて・・・」
「ごめん・・・」モナは弟をぎゅっと抱きしめた。
「でもね、あのこは額に角があったの。ペペルギス・タウタレリにはそんなもの付いてないわ」
「そんなの解んないじゃん」
「怪物は私達を助けてくれたのよ。それこそ自分だけ逃げてしまえば良いのに」
「でも・・・」
「ごめんね。怖い思いさせちゃって・・。でもあれはね、頭に角が生えてきて痛くて仕方が無いの。だからあんなことするのよ」
モナはしゃがみ込み弟の目を見つめて言った。
「だから助けたいの。・・・゛セリはここで待ってて」
モナはそう言うと立ち上がり弟を残してエレベーターホールに向かっていった。
簡易昇降機
エレベーターホールに着いたモナは、緊急と書かれた扉を見つけてその中から得体の知れない機械を引きずり出した。それをズルズルと開口部へ引きずって行きテキパキと組み立てるとレールに挟み込んだ。
それはエレベーターが故障などで使えないときに使用する簡易昇降機だ。モナは父の目を盗んで何度か使ったことがあった。しかし大人が使うのを前提として作られているので、モナには扱いづらい。安全ベルトは腋の下に潜らせなくてはならないし、操作盤は顔のまん前だ、しかも、足をかけるところと言えばただの鉄の棒なのだ。前に使ったときは三階ぐらいしか昇っていなかった。が、今回は残り後五十階ぐらいだろうか、はたしてそれだけ長い間体力がもつか自信は無い。でも、先に登って行った怪物に追いつくには他に方法が無かった。
モナは再度各部分のチェックをして、安全ベルトを体に滑らせ鉄の棒に足を掛けた。
そして、やはり一人では心細かったのだろう一抹の期待を込めて振り向くと、セリが立って居るのが目に入った。モナが黙って手を差し出すと弟は小走りに駆け寄ってきて簡易昇降機に飛び乗った。