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「イグドラシルの種」その3

  倉庫の中


ゼクタの家は縦穴の中腹にあいた亀裂の中にある。いくらか空気が薄く、人が居住できる限界に近いのだが、仕事柄地上との往復が多いので自然と住み着くようになったのだ。

ドアを勢いよく開けて、バスケットを持ったセリが出てきた。どうやら電話が来る前に朝食は出来上がっていたらしい。十歩も歩かないうちに倉庫の扉の前に着くと、のぞき穴から中をのぞいてみる。しかし夜が明けて辺りが明るくなったとはいえ、光が入らない倉庫の中はよく見えない。声を掛けてみても、まだ寝ているのか返事がなかった。姉がそんなにネボスケでないことを知っているセリは、心配になって鍵を開け、中を覗きこんでみた。

 セリがもう一度姉の名を呼ぶと、ガタカダと何かが奥のほうへかけて行く音がした。不審に思って中に入り音がした方を伺ってみる。

 もう一度声を掛けようとしたとき、セリは急に後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれ、手に持ったバスケットを取り落としてしまった。

「しーっ、静かに」モナだった。「いいこと、声を出しちゃだめよ」

 口を塞がれたままうなずくと、やっとモナは手を離した。セリが暗闇になれた目で辺りを見回すと倉庫の中がめちゃくちゃに荒らされている事に気がづいた。

「何があったの・・・」

「ペペルギス・タウタレリよ」

 セリは、その場に凍り付いてしまった。怪物が出現したことにではなく、姉が禁を破って禍禍しき厄災の息子にして破壊の神たるペペルギス・タウタレリの名前を短く言ってしまったことに対してショックを受けたのである。

「姉さん!」

「いまさら言っても遅いの。それより、どうしたらいいと思う?」

 モナはそう言いながら、さっきセリが落とした食事を拾い集めバスケットに放り込むと、倉庫の奥のほうへ進んでゆく。

「どうするの、ねえ、どうするの」

 セリは、姉の様子をうかがいながら恐る恐るついていった。


  奥へ


倉庫の奥に行くと、立てかけてあった鉄板が引き倒され、ぽっかりと黒い穴が開いていた。ここからあの怪物が入り込んだのだろう。ここは倉庫といっても、横穴に蓋をしただけの簡単なつくりの為、抜け道が結構あり、鉄板でふさいでおいたのだった。

「ねえ、どうするの」セリがもう一度聞いた。

「あいつをやっつけるのよ」

「!」セリが声のない声をあげた。

「いい、お父さんを呼んできて」

 セリは、ただ首を振るだけだった。

「まだ帰ってきてないのね。じゃ、なおさらあたし達で何とかしないと!」

「でも・・・」

「いい、この食べ物であいつをおびき出して上まで連れ出すの。そしたらあいつは太陽に焼かれてしまうわ。」

 モナはセリの顔を覗き込んだ。その顔にはありありと恐怖の表情が浮かんでいる。

「ついて来なくってもいいのよ。」

 そう言うとモナは穴の中に入っていった。

中はよりいっそう暗い。隙間から幾らかの光が忍び込んでくる倉庫と違い、まったく光が射さない穴の奥は、さすがのモナでも怖気づいてしまう。

 その恐怖を振り払うために、モナはさっきの怪物のことを考えてみた。とっさにペペルギス・タウタレリと思ったけれど、本当にペペルギス・タウタレリなのだろうか。ペペルギス・タウタレリの本当の姿は母のお話からでは正確には判らないのだ。でも、大きく裂けた口、爛々と光る目、両手は前にだらんと落として手の甲を引きずっている、あの姿はペペルギス・タウタレリに間違いない、と思う。壁を手で探りながら進める足が止まっているのに気づいたとき、モナははっと息を呑んだ。穴の壁に巨大な影が映りこんだのだ。

「おねえちゃん・・・」

 セリの手にした懐中電灯が、モナの背中から光をあて、その影が浮き上がっただけのことだった。

「驚かさないでよ!まったく。」

 モナは動揺を隠すため、勢いよく弟の手から懐中電灯を奪い取ると、洞窟の奥を照らしてみた。動くものは何もない。

「せっかく明かり持ってきてあげたのに・・・」

「いいから、ついていらっしゃい。」

 お互いの心細さをそれぞれ悟られまいとするように、二人はギュッと手をつないで奥へと歩いていった。

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