「あなたのいない日」のあとがき
2022年7月11日。
苦闘の末に完成しました。
本作は元々短編小説として作成したものです。第一話『あなたのいない日』で完結していました。
そこから、もうちょっと描けるかな……と大枠のプロットだけ固めて続きを作り始めました。
大枠といっても「毎回誰かの不在を描く」「恩人を出す」「大男とケリをつける」「山田の家族と再会する」程度であり、途中のあれこれはキャラクターが勝手に動いた結果が殆どです。
なのでクライマックスで二人が押っ始めた時には、そんなつもりなかったのでビックリしました。佐奈川が「なんで!?」と目を丸くした気持ちがよくわかります。なんで三木道山とか言うん……?
このようにキャラクターを走らせると、ともすればまとまりに欠ける物語になってしまうことがあります。そこでコースアウトしない程度に競馬場のような走行レーンを設けたりするわけですが、本作のレーンは相当広いものになりました。
群像劇を目指すのであれば、もっと意図した形で登場人物同士をぶつけたり、起伏を作れば良かったのかもしれませんが、みんな勝手に走ってしまうので理想通りには行かず……そのぶん彼らなりの味が出たかな、とは思います。
普段はもう少し段取りを重視した描き方をしていますから、勉強になりました。相当苦闘しましたが……。
作品全体の雰囲気としては月刊誌の青年漫画(少女漫画出身の女性作者)を想定しながら描いていきました。強烈な大阪弁にかき消されている気がしなくもないですが、自分なりに相当寄せています。西炯子先生の『たーたん』みたいな作品、好きなんです。
大阪弁についても、普段は多用しないのですが、本作では(横須賀出身の佐奈川以外は)方言で話し、方言で物事を考えています。
大阪弁は読み言葉ではなく話し言葉ですから文面にするのは向いてません。以前、埼玉県民の方に指摘されてから、めったに使ってこなかった──『群山学園TS部』の舞台は大阪の日本橋なのに誰も大阪弁を話しませんでしたが、本作では縛りを外しました。この点は「とっつきの悪さ」に繋がってしまったかもしれず、相変わらず悩ましいところではあります。
ちなみに大阪弁といってもクラシックなコテコテスタイルではなく、今の世代に合わせた台詞作りを心がけています。
今の女の子なんてテレビの影響なのか、だいたい語尾に「さー」って付けますからね。一部の単語と独特のイントネーション以外は共通語と変わらなくなってきています。
登場人物について少し。
彼らの苗字は野球選手の名前に由来します。これは仮でつけた名前が自分の中で定着してしまった為です。
メインキャラの浅井・山田・野口は一時期の阪神捕手陣から。
香奈の娘・夢の名前は「愛おしい」「(不在でも)胸を離れない」→「浅い夢だから」という連想で決まりました。村下孝蔵です。香奈は何となく香奈っぽいから香奈です。
ユウイチは元ヤクルトのブラジル代表選手から。野口という選手がヤクルトにもいたので、そこから繋がりました。
比屋根家は元ヤクルトの琉球スプリンターに由来します。沖縄っぽい苗字ですが、設定上は浪平の祖父が大正区に移り住んだ世代にあたるため、移住四世となる愛海・美海はあまり意識していません。
ユウイチの同僚・村田の由来は不明です。本命修一、対抗真一。
佐奈川の苗字は野球選手ではなく、過去の作品に出てくるキャラクターから流用しました。暁美という名前は『魔法少女まどか☆マギカ』のヒロインから。
TSジャンルに関する部分でいえば、今作では「山田」を保ったまま完結しています。これは前作『二十五年契約公女』では75年かけて心身ともにマリーだと自認するようになったのに、たかだか数年で……というメタな理由もありますが、男性から女性に変わる際の「心の揺らぎ」を摂取して生きる妖怪・生気ちまたであっても、彼の性格を考えた時に「香奈」になりきることはないなと思ったからです。
作中でも描写していますが、山田の表面的な部分が削り取られて、香奈として見える形になっていたとしても彼の中核はあくまで山田であり、彼の中で「苦労を押しつけてきた」存在である本物の香奈に対する感情が存在するかぎりは相対的に「山田」であり続けるのではないか。
きっと「山田」のいない日は来ない。
(だからこそユウイチが「山田」を許容し、変わらなくていいと言ってくれたのは、山田にとって大きかった)。
この点、『二十五年契約公女』では苦労を押しつけてきたのが神様に近い存在でしたから、構図が異なります。
娘・ユメに対する感情にしても、やはり香奈の存在を抜きには語れない存在であるため、山田は愛していながらも実は微妙な想いがあったりします。作中の子供描写の解像度や密度がちょっぴり低く、ユメの考えていることをほぼ描いていないのは、(当然ながら私が子育てしてないのもありますが)二人の間に隠しきれない距離があるからです。
ユメのほうはあーやんのことが大好きですが、いつかそのあたりの齟齬が波風を起こすかもしれません。いずれ大阪に戻ることもあるでしょうし、新しい家族も出来ます。彼らの行く末にはまだまだドラマがあります。
あとがきとしてはそんなところですかね。明白な悪人を出す・大阪弁を多用するなど普段やらないことをやり、書きたいことは書ききったので作者的には満足しています。




