表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/34

「二十五年契約公女」のあとがき

 2020年12月10日。

 かねてから興味があった「戊辰戦争」と「神聖ローマ帝国」をモチーフとした異世界転生TS長編作品がようやく完結しました。

 今後は少しずつ改稿を行っていく予定です。


 以下はあとがきです。

 ネタバレを多く含みますので、ご注意ください。






【制作に至る経緯】

 本作の制作に至るまで、私は新人賞向けの新作に取り組んでいました。

 以前の長編小説『滾れ! 群山学園TS部』で自分なりに手応えを感じたこともあり、いよいよ応募作を! と意気込んでいたのですが……残念ながら納得のいく内容にならず。

 何度も書き直し、何度も構成を組み直した末に破棄を繰り返す日々でしたね。

 当時の活動報告には「1ヶ月に1000文字も進まない」とありました。完全にスランプです。

 今思えば、原因に思い当たる節はあるのですが……あの頃は自分にプレッシャーを与えようと新作『彼方の夢』を中途半端になろうに載せて、今もなおエタったままだったりと、非常に迷走しておりました。


 公女のアイデアはそんな迷走の中から生まれ出てきたものです。

 元々は「幕末、知多半島の小藩が宇宙人の上陸を阻止するために全国の大砲を集める!」「尾張藩や幕府に怪しまれたら改易されちゃう!」「未来人の力で何度もやり直せる!」といった感じでした。そこから今の形に変わっていきました。

 世界を滅ぼしかねない宇宙人が「破滅」に変わり、未来人が「管理者」になったわけです。


 人気のある異世界転生ジャンルと相性が良さそうだったので、近世欧州+幕末をモチーフに魔法要素を加えた異世界(隣の世界)を作りました。

 あまりモチーフに引っ張られすぎても様式美が多くなってしまいますから、全体の味付けはおおまかに欧州3・幕末3・創作4くらいにしています。

 例えばヒューゲル公領は越後長岡藩をモチーフにしていますが、新潟港のような貿易港は抱えておらず内陸部の領邦です。立地はドイツのテューリンゲンあたりをイメージしています。ラミーヘルム城には特にモデルはありません。



【制作】

 物語の骨子が出来たら、登場人物の詳細や関係を考えていきます。

 情報不足のまま異世界で新たな人生を歩むことになる主人公、心の支えとなる相談役の相棒、相手役のいけすかない青年貴族、周りの人たち。彼らの原形です。


 主人公の井納純一はああいう人のイメージをそのまま形にしています。奇特な性格ではない、少し理屈っぼい、過去にちょっとした挫折を経験した男性です。

 全編を通じて彼の形を保ちながらも少しずつマリーという女性に染めていきました。


 エマについては、当初考えていた性格をすぐに逸脱してしまったので、自然にああなった感じです。

 彼女はメタフィクショナルなキャラクターであり、もう一人の井納純一でもあります。

 幼少期に井納の記憶を取り込んだことで、人格形成にものすごく影響を受けてしまっています。井納の話に「バカなの」とよく突っ込んでいたのはなまじ彼自身をよく知っているつもりだからこそ。

 話し方は『TS部』の鳥谷部に近いですね。


 ヨハンは初めからああいう性格でした。

 理想的な王子様にするのも手だったのですが、キーファー家の苛烈な統治方針と相容れないですし、全く別の物語になっていたでしょうね。

 シャルロッテは抜け目ない商人としての顔と、不器用に恋する女性の二面性から設定を膨らませていきました。

 アルフレッドは青年期の悪童ぶりを体内に秘めた好々爺、イングリッドはよくも悪くも一般的な感性のおばさん。あのまんまです。


 続いて各勢力の主要人物も作り上げていきます。脇役の名前については歴史上の人物に由来していることが多いです。

(例:コンデ公→来んで→けえへんで(大阪弁)→ケーヘンデ公など)。

 制作当初の設定資料を読み直してみると、今とは違った記述が散見されます。本編に全く出てこない登場人物が多数いますし、当然ながら後から考えた人物もいます。


 次はここからプロットを組んでいきます。

 大まかなあらすじを考えていく感じですね。今回は「破滅を止める」という大目標があるので、お話を考えやすかったです。あまり事前に決めすぎると物語の流れやノリを止めてしまいそうだったので、細かい部分などは書きながら決めていくこともありました。


 いよいよ本編を書き始めます。

 一周目では人物名を小出しにするように心がけました。

 これは読者の記憶負担を軽減するためです。世界観の説明に加えて横文字の名前まで覚えてもらうのは大変ですからね……。


 同時に「何も知らない日本人」が別の世界に紛れ込んだ状況を演出する狙いもありました。

 比較的身近に感じられる個人名よりも「兵営将校」「女中さん」など役職で読んだほうが、何となく一歩遠ざかっているように感じられるはず。

 二・三周目で多数出てくる兵営将校たちも、一周目では(先方三家を除けば)ティーゲル少尉とブッシュクリー大尉しか出てきません。

 その場にはライスフェルト中尉やカーキフルフト少尉もいるはずなのですが、初心者の井納には彼ら一人一人の存在を追えるだけの余裕がなかったわけです。


 一周目の物語は、ループ作品にはつきものの「失敗例」になります。

 ただ井納が下手をやらかしたというよりは、歴史の流れに抗えず滅んだ形ですね。

 そういう構成のおかげか、全体的には起伏の少ない穏やかな章になりました。細部の描写も多めです。


 二周目は一周目の出来事を踏まえた内容になります。

 ループ作品としては本領発揮です。

 一周目と同じ説明を繰り返さないようにしながら(仕方なく説明する時は新情報を付け加えるように工夫)、新しい出会いや旅行、「公社設立」「反乱抑止」「三人衆討伐」など大きな変更点が加わることで、大まかには同じ歴史を歩んでいても飽きないように工夫できたかなと思います。自分では書いてて楽しかったです。


 主人公の物語としても大きな岐路を迎えます。

 一周目では阻止できたヨハンとの結婚を交渉の末に渋々ながら受け入れることになりました。ほとんど名目上とはいえ「奥さん」になったわけですね。

 この決断はターニングポイントとなる事件を経て、今後の井納の生き方に多大な影響を及ぼしていくことになります。


 また、これは一周目の途中から漠然と考えていたことでもありますが……特に二周目からは脚本としての完成度の更なる向上を目指すよりも、この『二十五年契約公女』は井納純一がマリーとして生きたらどうなるかのシミュレーションだ、と割りきって描くようになりました。

 一部の映画やテレビドラマ作品のように人物を「魅せる」「際立たせる」ために要素や設定や人名を省いていく引き算の作り方ではなく、どちらかといえば歴史の教科書やWikipediaの歴史項目のような方向の面白さを追求していこうと。

 言わずもがな、歴史の教科書でも内容は省かれています。近年では世界史からメッテルニヒ等を削除する試みが話題になっていましたね。

 もちろん『二十五年契約公女』も引き算をしている部分は多々あります。「設定はあるのに全く出てこなかった人物」が多数いるわけですから。物語の展開や描写等も話の流れに合わせて相当削っています。


 その中でも、私がこだわったのは登場人物の役割を必要以上に集約しないことです。

 具体的な例を挙げます。

 先ほども名前を出しましたが、ヒューゲル兵営には多数の武官がいます。指揮官クラスだけでも六名以上。

 すなわちボルン父子、ベルゲブーク父子、若タオン、ブッシュクリー、ライスフェルト、カーキフルフトほか。

 創作技術的には彼らを一人にまとめることは十分可能です。

 ティーゲル少尉に「公女の護衛」「前線指揮官」「兵営代表」の役割を全て担わせたらいい。公女の成長に合わせて昇進させていけば、違和感もありません。

 ついでにヨハンの恋敵としてマリーをたぶらかす性格に造形すれば、立派な主要人物になりますが……そんな奴がいても面白かったかもしれないけど、こいつはもはやティーゲルではありませんね(あと二周目以降だとエヴリナお母様に抹殺されそう)……とにかく本作ではそういった役割の集約を積極的には行いませんでした。


 舞台設定にしても同じです。

 モチーフにしている歴史があるとはいえ、あんなにたくさん勢力を出さなくても物語は成立します。

 主役のヒューゲル、味方のキーファー、敵勢力のヒンターラント、ラスボスのアウスターカップだけでも何とか描けるかもしれません。

 一周目の時のように「設定上は存在するけど固有名詞を出さない」というテクニックもあります。

 そのほうが展開がわかりやすかったし、各勢力のキャラクターも描きやすかったかもしれない。

 敵役の存在感も際立ったはず。


 でも、あえてそうしなかったのは、端的に言えば『信長の野望』でいう地方モードになってしまう気がしたからです。

 全国モードだと天下統一のために渡島半島から種子島まで行脚せねばなりませんが、そのぶん達成感があります。

 地方モードではクリアできても天下が取れません。


 つまるところ、あまりにも要素の集約をやりすぎると、主人公が救うべき世界が小さく・狭く見えてしまう。

 下手したら身内・仲間内の内輪の物語と見られてしまいかねない。

 それよりは可能な限り大きく見せよう、たくさんの人々が(注目されずとも)それぞれなりに動いているほうが、我々とは別の世界であっても実際の歴史を描いているように感じてもらえるだろう……と考えました。

 もちろん随所に歴史ネタを入れたい! という個人的な思惑も多分にありましたが。


  まあ、どのように描くのが正しいとかではなく、本作においては人物キャラの描写より世界の描写を取る場面が多かったということです。

 今後の作品では、また別の描き方を模索していきます。


 さて、いよいよ三周目。

 こいつは非常に難産でした。

 内容に齟齬が生じないように一周目・二周目を何度も読み直さなければならず、どうしても執筆に時間がかかります。制作中は結構苦しかったです。投稿明けのシミュレーションゲームが一番の娯楽でした。

 そのぶん出来映えに関しては納得できています。

 自分自身が「女性化による心の揺らぎ」を摂取して生きている妖怪なので、主人公の心の変化についてはこだわりました。

 自認、気持ちの公開、一人称を変えるタイミングなどは特に。


 物語としては全体の総決算になります。

 とはいえ前回までの教訓を踏まえた改善話ばかりだと飽きられてしまうため、赤茶毛の乙女に出てきてもらいました。

 思いの外、主人公たちに馴染んでくれたため、制作中はありがたい存在でした(客観的に見ると、城内のほぼ全員と関わりがあり、公女の代わりに城内を取り仕切ったモーリッツはもう一人の主人公のようですね)。

 そんな彼の名前は長岡藩家老の河井継之助に由来します。


 彼以外の登場人物も三周目では大きな変化の波に飲まれていきます。すれ違いから出奔したアルフレッド、大願成就のシャルロッテ、大君となったヨハン。そしてマリーとエマ。

 ラミーヘルム城も城壁と尖塔を喪失し、新たな時代に向けて変貌していきました。


 また三周目は他と比べて戦争が多くなりました。

 公女の所在の都合でラミーヘルム城の攻防戦を多く描いていたので、今回はヘレノポリス・タイクンバウムなど遠方の会戦についても伝聞の形で描写しています。

 執筆中は魔法使いの強弱でバランスが崩すぎないように心がけました。近世の戦場の主役はあくまで戦列歩兵・野戦砲兵・騎兵ですからね。

 このあたりのパワーバランスの感覚は犬村小六先生の『やがて恋するヴィヴィ・レイン』の会戦描写を意識しています。あとは日頃から嗜んでいるボードゲームやシミュレーションゲームなども。

 戦場の動きのイメージはコーエーのゲーム『采配のゆくえ』、戦列歩兵などの細かい描写は映画『パトリオット』『ワーテルロー』を参考にしました。どれも名作です。

 ちなみにラミーヘルム城ですが、作品全体では5・6回くらい攻防しています。イゼルローンのだいたい半分ですね。


 魔法使い……「破滅」の謎については当初から『反転』にすると決めていました。

 シベリア生まれになったのは交易商のシャルロッテが捕捉できそうにないルートがそっちだったからです。

 エピローグで本人が同様の話を語っていますが、井納はストルチェク東部の五大老マグナートコメダ侯と仲良くなっていれば、アウスターカップ入国前にアジャーツキを捕らえられたかも……しれませんね。その場合、大叔父を敵に回すことになりますし、ストルチェク騎兵隊の協力も得られませんが。


 なお井納が管理者に見せられた映像では五人がかりで『反転』の魔法を繰り出していましたが、あれはアジャーツキ以外の魔法使いから「魔法の胃袋」を取り出し(空中に再構築)、アジャーツキの魔法で反転させていた様子になります。

 魔法の胃袋は目には見えない「想定上の存在」であるため、グロテスクな映像にはなっていません。


 そんなこんなで大団円。

 エピローグの会話劇は地の文が多かった本編と良い対比になるかな……と思いつきました。


【結びに】

 制作開始から二年半、振りかえってみれば苦労の多い作品でしたが、前作『TS部』に劣らず多くの方に応援していただけました。ありがたいことです。皆様のおかげで途中で挫けずに済みました。

 公女の物語は終幕となりましたが、いつでも読み返せるように公開しておくつもりですので、時と場所を問わず今後とも楽しんでいただければ幸いです。


 次回作については今のところ未定です。

 来春の某大賞に短編と長編を送ろうと考えており、それが終わり次第、なろう用の作品を作りたいと考えています。

 色々とアイデアはありますから、またお付き合いくださいませ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 二十五年契約公女、本当に楽しませていただきました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ