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ユカリの思い出

作者: ムニプニ

ネタバレにならないあらすじの書き方をいい加減勉強します。あとネタバレならないようなタグのつけ方。

 堪えきれない感情がノートからあふれ出したから私は部屋を飛び出した。

 代えのストックが切れてしまっていた。昨日までは確かにあと一冊あったのに。

 余っていたのは青色が二冊、赤色が一冊だけ。青色はダメだ。それは数学の色だから。赤色もダメだ。そっちは英語だ。緑なら理科で、黄色は国語。そういうきまりなのだ。社会? あれはダメだ。それは私のお昼寝の時間だ。お昼寝にノートなんて広げていたら汚してしまう。

 だから、五色セットのB罫ノートの紫色。あのくすんだ紫色じゃないとダメなのだ。

 そんなわけで私は走っていた。一冊のノートを手に入れるために、全力で。体育は苦手ではないつもりだけど、アスファルトとグラウンドじゃスピードが全然違う。グラウンドと違って硬くて熱くて走りにくい。しかも障害物が多い。まるで毒の沼地だ。自分のHPと周囲に気を配っていないとすぐにばたんきゅーだ。

思うように走れない私の体がもどかしかった。勇者ならこれくらいの距離、なんてことないんだろうな。でも、私は勇者じゃない。勇者ならこんな感情に揺れることはないのだろうか。

 私は昔から感情のアップダウンが苦手だった。喜ぶのも怒るのも苦手だった。感情が薄いというわけじゃなくて、むしろ感情は豊かなほうだ。そうじゃなくて感情のコントロールが苦手なのだった。

 嬉しいことがあると舞い上がってしまう。それはもうものすごい勢いで舞い上がってしまう。天井知らずなのだ。大気圏を超えて周回軌道にのるくらいならまだいい。いずれ再突入して燃え尽きるから。太陽系を突破して遥か遠くまですっ飛んで行ったら取り返しがつかない。

 怒りも手強くて、見え滾るマグマのようにフツフツとお腹に溜まる。これを早いうちに吐き出さないと大変だ。冷えて固まったら重たくて仕方がない。ずっと胃もたれしてしまう。はがすときは痛くて仕方がない。できたばかりのカサブタみたいに肉までくっついてくる。

 同じように悲しい時は沈む。空間が歪むくらいに落ち窪む。楽しければいつまでも笑い転げていられる。笑いだけでも馬鹿食いしたみたいに。だから、感情は適当なところで吐き出してケリをつけないといけない。早いとこ自分と切り離して思い出にしてあげないと、お互いのためにならない。喜び続けるのも、怒り続けるのも疲れちゃうのだ。

 いつからか私はとめどない感情をノートに吐き出すようにしていた。最初はチラシの裏に書いて捨てていたんだけど、どうしても忍びなかったから。最初に紫のノートを選んだのは偶然だった。一番余っていたのはそのノートだっただけだ。ノートには思いついたことを書いた。というより何も考えずに書き出した。箇条書きのこともあれば、作文風のこともあるし、紙が真っ黒になるまで何度も同じ言葉を書いただけのこともあった。鉛筆の時もあればマーカーのことも。色鉛筆やクレヨンのこともあった。全部気分次第なのだ。その無秩序さが私の中でカチリとはまって気が付けばチラシはノートに二階級特進して、社会はお昼寝に左遷されていた。

 気が付けばそのノートも数十冊を超えている。よくもまあ、これだけ書きなぐったものだと思う。日々そんなに喜怒哀楽を味わっているのだろうか。大した人生だと思う。自分のものなんだけど。たまに見返してみるとこんなこともあったなあって懐かしくなったり、なんでこんなに怒ってたんだろうと馬鹿らしくなったりする。でも、その時の私にとっては抑えようがない感情だったんだから大切にしてあげようと思う。

 だから、紫のノートじゃないとダメなのだ。あのノートじゃないとしっくりこない。たった一冊のノートを手に入れるために五冊パックは不経済な気がしなくもないけど、背に腹は代えられない。どうせそのうち他の色も使うんだから問題ない。

 息を切らしてやっとアスファルトの沼地を抜けた私は近隣で唯一の大型書店に来ていた。大型書店にはなぜか文房具屋が入っている。勘弁して欲しい。いつもシャー芯買うたびに立ち読みしちゃうから。でも悲しいことに田舎にはここくらいしかまともな店がないのだ。昔は個人商店みたいなのがあったけど、いつの間にかコンビニになっていた。他の店は三キロ先だ。勘弁して欲しい。書くことがまた増えた。

 最短経路を通るには新刊コーナーを横切る必要がある。この配置は絶対トラップだと思う。新刊の誘惑という魔物に出会うように仕向けられた罠。負けたら最後お金を盗まれてセーブポイント行き。そこまでかけた時間も水の泡。性質が悪い。でも、今の私は沼地を一つ走破してきたばかりだ。スライムに苦戦する駆け出しとは違うのだ。ちんたらしてる余裕はないのだ。

 私は新刊コーナーの粘っこい吸着力を、それこそ第三宇宙速度で振り切り、文房具コーナーへ向かう。すぐにノートのパックを掴みレジへ向かおうとする。そこで警鐘が鳴った。私の中でざわざわとした違和感が肌を駆け巡る。何か重大なことを見落としている気がしてパックに目を落とした。確かにいつも通りの五色パックだ。いつも通りの五色パック。

「……いや違う」

 A罫だった。

 思わずパックを投げ捨てそうになるが、堪えた。この子達には罪がない。単なる八つ当たりにしかならない。私はパックを元の場所に戻しお目当てのB罫パックを探し始めた。探し始めたのだが、見つからない。いやそもそも見つけるとか見つけないとかそういう問題じゃない。普通は並べておいてある。そうじゃなくても近くにはある。片方だけのほうが珍しい。だから見つからないというほうが変なのだ。

 というか、A罫の横に不自然な空きスペースがあった。丁度新刊の並べ替えのためにいったん空にされた本棚みたいな。あるいは、全部売り切れてしまった後のような。

 自分でも驚くほどの瞬発力で最寄りの店員に駆け寄った。どっちかというとつめ寄った。アルバイトのお姉さんだったからちょっと焦っていた。だがそんなことにかまっている余裕はない。こっちは胸が張り裂けそうなのだ。収まるどころかさっきから悪化してるのだ。早く愛しの紫のノートに会わせて欲しい。

 店員さんはシドロモドモになりながら、全部売れてしまったことを白状した。在庫もないらしい。新学期でもないのに在庫ごと全部売れるとか管理不足なんじゃないのか、と問いただそうとしたら、店員さんがある男の子が全部買い取っていったと教えてくれた。

 ストン、と何かが落ちた音がした。何かはよくわからないけどたぶん腑に落ちた。私は半泣きの店員さんに丁寧にお礼を言い、店を後にした。次の目的地は決まっていた。数多のダンジョンを踏破した勇者を待つのは最終決戦だ。

 私はヤツの家に向かった。あいつは逃げも隠れもせずにふてぶてしく笑っているのだろう。自分が優位にあるという余裕がそうさせるのだ。いいさ、好きなだけ慢心しておけ。その毛だらけの心臓に聖なる剣を突き立ててやる。

 チャイムを押してすぐにおば様が出た。私はいつも通り丁寧な挨拶をして中に入れてもらう。それから借り物の猫の仮面で笑う。とびっきりの笑顔だ。優しいおば様には申し訳ないけど、今は被り物で我慢してもらうしかない。フツフツと胃液が音を立て始めているから。

 おば様はすてきな笑顔で、あの子なら上にいるわよ、と教えてくれた。私は丁寧にお礼を言い、二階へ向かう。階段から一番遠い東側の部屋。それが魔王の部屋だ。

 私は勢いよく扉をあけ放った。なんなら蹴破りたいくらいだったけど、ここは魔王の城である以前におば様の家だから自重した。

「やあ、遅かったね。待ちくたびれたよ」とコイツは不敵な笑みを浮かべる。傍らには財宝の代わりにうず高く積みあげられたノートの山。本当に嫌な奴だ。

「どんな風にいじめられたいか教えてくれる? それの十倍嫌な方法を考えるから」

「まあ、そう怒るなよ」

「怒るわよ。あんた確信犯でしょ」

「宗教的意図はないよ」

「ああ、被虐趣味に目覚めたんなら早く言ってくれればいいのに」

「解った解った、そんなに怒らないでよ」肩を竦めていう。「こうでもしなきゃ会ってくれないだろ」

 どうせ連休明けから学校で会うというのに、どうしてこんな嫌がらせをするのだろう。そんな考えを見透かしたかのように魔王は笑う。

「こうでもしなきゃ、二人きりで会ってくれないだろう」

 それはそうだ。できることなら学校でも会いたくはない。

「ユカリ、あんたケンカ売ってるならそういえば」

「めっそうもない」

「あてつけにもほどがあるでしょ」

「何が? お年玉や貯めてたお小遣い全部使ってノート買いあさったことなら、別に何か悪いことしたわけじゃない。ちゃんとお金を払ったんだから。少しは社会の勉強したらどうかな」

「あいにく社会は肌で感じて、自分で学ぶことにしてるの。机の上で学べることなんて所詮その程度のことよ」

「実に君らしい意見だね」

「ところで、お願いがあるんだけど私にノート一パック分けてくれない」

「嫌だね」

「じゃあ、お金払うから」

「嫌だ」

「じゃあ」私は深呼吸をした。「一冊だけでいいから」

「素直にこれが欲しいっていいなよ」と、ユカリは紫色のノートを取り出した。

 心臓を掴まれた気がした。鋭い爪が心臓の表面をなぞる。忘れていた。私は勇者じゃなかった。やっぱり舞い上がるとロクなことがない。鋼鉄の心が欲しい。そう強く願った。

「そろそろだと思ったんだ。あれから二日。君のことだからストックが無くっている頃じゃないかなって」

 魔王は爪で私の左心室をノックする。デリケートなんだからやめて欲しい。

「君はいつも何かあるとノートに書いてるからさ。僕のことだけじゃなくても、二日あればノートが無くなるんじゃないかって」

 ヒラヒラと目の前で揺れる紫のノートが、とても心臓に悪い。息が苦しくて辛かった。

「前から聞きたかったんだけど、どうして紫色のノートなの」ユカリはどこか問いただすように言った。

 私は、答えられない。ひどく居心地が悪くて逃げ出したかった。でも、もう逃げ道は塞がれている。今逃げたところでどうせ捕まってしまう。

「君にとっては別に紫色のノートじゃなくてもよかったんじゃないのか」

 ユカリの言葉には容赦がない。勘弁して欲しい。

「君には緑色のノートなんかも悪くないんじゃない」

 ユカリは、センスは悪いけどねと呟いてノートをほおり投げた。

「そろそろ僕だけが喋るのに疲れたんだけどさ。なんとか言ってよ、ユカリ」

 ユカリは――紫はヘラヘラと笑った。そう、私もユカリだった。縁と書いてユカリ。ひどく面倒な腐れ縁だった。

 紫と私は小学校に上がる前からの知り合いだ。仲良くしていた。幼馴染というやつなのだろう。あんまり考えたことがなかったけど。人の前では私は紫のことをムラサキと呼び、紫は私のことをミドリと呼んでいた。他愛もない漢字の間違えだ。でも、二人の時は互いにユカリと呼びあう。それが私達のルールだった。

いつも感情に振り回される私を、感情を表現するのが下手な紫が引き留めてくる。私は紫の手を引いて連れ出してあげる。私が溜め込んだ感情を紫は嫌な顔一つせずに聞いてくれた。別に思いやりじゃなくて紫は思ったことを顔に出すのが苦手なだけだった。だから、私は話し終えた後にいつも紫のお願いを一つ聞いてあげていた。自分で何か言ったりやったりするのが苦手な紫の為に、私が何かしてあげる。そういう持ちつ持たれつの関係だった。

 あんまり幼いころから続けていたせいで、紫色に変色した腐れ縁だった。でも、それは終わってしまう。紫が小6で転校した。私は引っ越しの前日に、紫に詰め寄った。怒りとか悲しさとか裏切られたとか切ないとか、全部一緒くたになって口からでてきた。紫としては溜まったもんじゃなかったのだろう。別に自分だって好き好んで転校するわけじゃない、そう思ったに違いない。でも言わなかった。終始俯いて黙っていた。

 私が全部吐き出して息を切らしていると、紫は顔を上げた。今まで見たこともないような決意に満ちた瞳で私を見ていた。じゃあお願いがあるんだけど、と紫は切り出した。こんな状況でお願いもくそもあるかといいたかったが、私は息が切れていた。

 僕のことを好きになってくれないかな。紫は私にそういった。

 私は逃げ出した。残念ながら、そのお願いだけは聞けなかった。それ以上、紫のことを好きになるわけにはいかなかった。破裂しちゃいそうで怖かった。

 翌日の見送りからも逃げ出し、私は部屋で毛布にくるまっていた。自分の体を強く抱きしめて泣いていた。今にも体がはちきれんばかりに感情が私の中で跳ね回っていた。でも、困ったことにここに紫はいなかった。私の思いを聞いてくれる紫はいなかった。そして、もっと困ったことにこの思いだけは紫には言えなかった。他のどんな感情も口に出せたのに、この思いだけはダメだった。本人に向かって好きだなんて、ベラベラと喋られるはずもなかった。最後の最後まで、言えなかった。

 私は途方に暮れていた。いつか自分自身の感情に食い殺されるんじゃないかと不安で仕方なかった。これからは紫がいないのだ。どうやって生きていけばいいかわからなくて恐怖していた。そんな感情も膨れ上がって私を食べていた。試しにチラシの裏に書き殴って捨ててみた。書いたすぐは落ち着くけど、しばらくしたら元に戻った。だから、余っていたノートに書いてみた。そうすると不思議と心が安らいだ。

 だから、私は紫色のノートを紫の代わりにすると決めた。

それから大きな問題もなく、感情をノートに書き留め私は生きてきた。紫がいなくてもうまいこと生きてこれてしまった。そんなことすら忘れていた。そう、二日前までは。

 二日前、紫が帰ってきた。連休を満喫していた私に挨拶しにやってきた。私は嬉しくなって、紫を部屋まで招き入れた。二人で話しをするのは本当に久しぶりで楽しかった。紫は連休明けから同じ学校に転校してくるらしい。紫も紫で苦労したようで、昔よりも感情を表現できるようになっていた。でも、ヘラヘラとした笑顔がポーカーフェイス代わりになっていて、ちょっと嫌だった。

 喋っていたら喉が渇いたのでジュースとお菓子を探しに行った。戻ってくると、紫が私のノートを見ていた。よりもよって紫色のノートを。私は怒るよりもまず恐怖した。自分が忘れていたこと、忘れようとしていたこと全て暴かれていくようで私は震え上がった。そして、紫にしてきた、している仕打ちを思い出して心臓が痛かった。

 ふーん、と言いながら紫はノートを閉じた。昔から聡いところのあった紫のことだ。全てを察したのだろう。私は思わず目をつぶって言葉を待った。紫の糾弾を待った。だが、

 昔、君のことが好きだったんだ、紫はそう言った。私は恐る恐る目を上げると、紫は笑っていた。とてもさわやかな笑顔だった。

 今も好きだから君の気持が知りたい。紫はそう言って帰った。しばらく私は動けなかった。その日は何も手につかなくて、毛布にくるまって震えていた。

 感情があふれ出したのは今朝になってからだった。ユカリ言う通りストックを使い果たしてしまった。もうノートが無い。この感情を吐き出す場所がない。困ったことに、目の前に紫がいる。

「ねぇ、君の言葉で聞かせてよ」

 やめて欲しい。私の胸は今にも張り裂けそうなんだ。

「困らせてごめん。でも、今聞きたいんだ」

 謝らないで欲しい。謝るのは私のほうだ。全部忘れようとしていた。楽になろうとしていた。自分から向き合おうなんてこれっぽっちも考えていなかった。

 気が付けば私は泣いていた。気が付いてしまったら、堰が切れた。泣き喚く私に紫は笑いかける。ゆっくりでいいから君の話を聞かせて欲しいと言う。私はその言葉が嬉しくてまた泣いた。泣いて泣いて喚いてから、紫におかえりを告げた。紫はただいまと言って、嬉しそうに笑った。


 私は弱い人間だからこれからも感情を溜め込むことはできないだろう。そんなことをすれば破裂してしまいそうだ。

 だから、この思いは忘れないようにちゃんとノートに書き留めておこう。

 大切な思い出になるように、こうしてきちんと書き留めておくのだ。


最初の一行が降ってきたから衝動的に書いた原稿です。所要時間は二時間半くらい?

プロットなしでとりあえずストーリーだけで終わらないように、オチめがけて蛇行運転しました。

推敲してません!!

すいません!!

(朝見直したらどうせ後悔するんだろうな)


誤植訂正

後書き:所要時間は一時間くらい?→所要時間は二時間半くらい?

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