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昨日を振り返ってみた。

 前回のあらすじ。人間の街に買い出しに行ったら、ゴロツキに絡まれ大ピンチのファイン。怯えるファインに迫る男の手。諦め掛けたその時、一人の少年が乙女の危機を救った。少年は華麗にゴロツキを撃退し、ファインに手を差し伸べる。見つめ合う二人。高鳴る鼓動。それがファインと少年バレンティアの出会いであった。



「つー話だったら良かったんだけどなぁ」

「良くねぇよ」


 溜め息まじりのファインの呟きにレオンがすかさずツッコミを入れる。

 二人のいる場所は騎獣用の獣舎で、ファインは黒いペガサスのブラッシングをしていた。レオン達と騎獣の世話をしながら話している。話題は当然、前日の買い出しの件である。


 昨日、村に帰り着くとすぐに長老達を集めて、何があったかを報告した。これまでにも、勘のいい者に会ってしまう事がまったくなかったわけではない。街中で気付かれ騒ぎになった事もある。今回は気付かれずにすみ、何事もなかったので長老から厳重な注意を受けて話しは終わった。

 レオンとアウルの文句は終わらないが…。


「お前な、自分がどんだけ危なかったか分かってんのかよ?」

「分かってるって。実際メッチャびびったもん」

 レオンが不機嫌そうな顔で睨んでくる。いつもなら味方になってくれるアウルも、ムスッとして黙っている。ティグリはニヤニヤ笑っていた。他に助けを求めようにも、皆別の仕事でこの場にはいない。昨日の帰路に続いて味方なしだ。そもそも今日の仕事分担を決める際、皆示し合わせてたかのようにさっさと仕事に付いてしまった。いや、示し合わせたのだろう。この顔ぶれになるように。

(みごとなチームワークだ。ただし、そこにわたしは含まれていないがな)


「まあ、出くわしたのがいい奴で良かったよ」

「…イケメンに浮かれやがって」

「ん?」

 レオンの恨みがましそうな声に、顔を向ける。

「ちょっとイケメンだったからって絆されんなよな」

「別にイケメンだから絆されたわけじゃないし」

 ファインは事実無根と訴える。

「…ディアンが迎えに行ったとき、真っ赤な顔でうずくまってたのはなんで?」

「あ、それはイケメンだったから」

「…………」

 不機嫌なレオンに怒られ弁解していると、ずっと黙っていたアウルが話に入ってきた。正直に答えたらまた黙ってしまった。


「お前なぁ…!」

「いやだってさ、見かけだけじゃなくて中身も好青年でさ。キミに出会えて良かった。とか、在り来たりな台詞だけど、天然のイケメンに言われると威力あるよ」

「イケメンなら誰にでもそうなるのかよ!」

 レオンの機嫌はますます悪くなる。

「そんな怒らんでもいいじゃん。レオンやアウルだって、美女や美少女に可愛い事とか言われたら、ドキッとすんでしょ?」

「そ…」

「しないよ!」

 黙っていたアウルが弾かれたように声をあげる。

「僕は他の女の人にドキッとしたりしない!」

「おまっ!!」

 ファインの言葉がよっぽど不服だったのか、顔を真っ赤にして怒っている。アウルの言葉にレオンはギョッとした。ファインも常とは違う勢いに慌てる。

「え?ちょ、ごめん。そんな怒るとは思わな……、ん?あれ、他の?」

「!!!え、あ、それは…」

 焦って謝ろうとするが、ふとアウルの言葉に疑問を感じた。

 アウルは、ハッと自分の失言に気づき慌てる。何故かレオンまで焦っていた。

「他の女の人には…て事は、ドキッとする特定の女の人が…」

 ファインがアウルの言葉の意味を口に出しながら考える。アウルは息をのみ、何かを覚悟した顔になった。

「あ、あのファイン!僕は…いや僕がドキッとするのは…」

「おい、話戻すぞ!!」

 ファインの言葉をアウルが遮り、真っ赤な顔で何かを告げようとするが、さらにそれをレオンがイライラした様子で遮る。

「今はファイン、お前の話だろうが。俺らのことはどうでもいいだろ!!」

「え、うん、あれ…レオンも怒ってる?」

 

 よく状況が分からないファインに、焦りつつ不機嫌なレオン、助かったような邪魔されたような複雑な表情でレオンを睨むアウル。そして三人の横で声を出さずに笑っているティグリ。


「手が止まってますよ」


 お馴染みの声が獣舎に響く。四人の顔が同時に強張った。振り返らなくても分かるが、そっと獣舎の入口を振り返る。黒髪ツインテールが愛らしい義妹が、お馴染みの呆れかえった冷ややかな目でこちらを見ている。その手には水の入った桶が抱えられていた。義妹はしっかり仕事をしている。

「手を動かしながら話してください」

 返す言葉もなく顔を引き攣らせる四人に、それだけ言って義妹はさっさと自分の仕事に戻っていった。


「しっかりしてるよな」

 義妹の後ろ姿を見ながら、ティグリがぽつりとこぼす。その言葉を合図に四人とも仕事を開始した。

ファイン・レオン・アウルの目の端に微かに光るものが見えるが、ティグリは見えないふりをしてあげる。この三人は下の義弟妹にとにかく弱いのだ。よく言えば家族愛が深い。はっきり言えばブラコン・シスコンだ。正直、大人に怒られるよりも心にくる。

 しばらく無言が続くが、すぐにまた話し出すのもお馴染みである。


「えーと、何だっけ?イケメンの話だっけ?」

 ファインが大雑把に話しを戻す。勿論手は動かしている。

「わたしもあれくらいでドキッとするとは思わなかったよ。ティグリでイケメンなれしてるつもりだったし」

「ん?俺?」

 傍観を決め込んでいたティグリが反応する。ファインが頷くと、頭を掻きながら笑った。

「嬉しい事言ってくれんなファイン。俺の事イケメンって思ってたのか」

「うん、まぁね。つーか、その顔でイケメンの自覚ないって言ったら嫌味だよ」

 これと言って照れることなく、ただの事実として告げるファイン。その姿には一切の恋情も感じられない。

 

「お前のイケメンの基準ってティグリなのか?」

 レオンは翼の生えた大型の狼の爪を磨きながら、聞いてくる。

「あー、考えた事ないけどそうかも…。ティグリが街でモテるの見て、イケメンってこういう顔のことなんだなぁって学んだというか…。なんて言えばいいのかな?」

「言いたいことは分かるよ。閉鎖された村で毎日当たり前に見てる顔をイケメンかどうかなんて考えないしね。そもそもイケメンの判断自体村の中だけじゃ分からないから、村の外でそうだって反応されたら、そうなんだなって思うよ」

 言葉に悩むファインに、アウルが同意する。

「村の奴からすれば俺の面なんて見慣れた面だからな」

「確かに外の奴の反応でも見なきゃ、見た目のカッコよさの基準なんて村の中だけじゃわかんねぇよな」

 ティグリとレオンも頷く。外見の美醜の判断など、村に閉じこもっていたらする気も起らないだろう。なんせ洩れなく全員見慣れた顔だ。


「けどティグリが基準だと、お前そうとう基準高めだと思うぞ」

 レオンが微妙な表情で忠告する。

「そうなの?」

「確かにそうかもね。ティグリは僕たち男から見てもカッコいいし」

「しかも見た目だけじゃないしな。なんつーか、内からもにじみ出るイケメンっつーか…」

「さすがティグリ。やっぱ誰から見てもカッコいいんだ」

 三人で頷きあう。その顔に一切の迷いはない。

「ストップ。お前ら時々身内に対してとんでもなくデレるよな、ホント」

 ティグリは弟分たちの一切の含みのない素直な賛辞に、さすがに照れる。兄貴分として慕われているのは嬉しいが、反応に困る。家族愛が深いのはいいのだが、この妹分と弟分たちはたまに素直すぎる好意を向けてくるから照れくさくてしかたない。今も当たり前の事を言ってるだけという顔をティグリに向けている。

 

「俺が基準なら、その会った奴は俺に似てたのか?」

 ティグリは三人のデレに耐えられず、話を変える。

「いや、似てはなかった。なんつったらいいのかな?鍛えられてる感じはすんだけど、ティグリほど逞しくなかったよ。育ちの良さが立ち振る舞いに出てて、いかにも爽やか優等生ってタイプ」

 ファインは自分が感じたバレンティアの印象を思い出して、ティグリと比較する。

ティグリの方がワイルドさがあるというか、雄々しいと感じる。二人とも爽やかイケメンだが、ティグリは頼りになる気さくな兄貴タイプで、バレンティアは真面目な熱血優等生という感じである。


「へぇ~」

 自分で聞いといてどこか適当に相槌を打つティグリだが、ファインは特に気にすることはない。

「育ちの良さって、もしかしてそいつ貴族かよ?」

 レオンが嫌そうな顔で「顔がいい上にボンボンかよ」とブツブツ言っている。

「どうだろ。育ちがいいのは確かだと思うけど、貴族って感じはしなかったな」

「じゃあ、騎士の家系か商人の次男坊とかかもね」

 首を傾げるファインにアウルが別案を答える。家を継がない商人の次男・三男が騎士団に入るのはよくある話だ。だがファインの記憶にあるバレンティアは、どこか世間知らずというか、俗世なれしてない雰囲気があり、情報と人間観察に秀でている商人の家で育ったとは思い難い。

(名門騎士の家系がしっくりくるな)

 ファインが頭の中で納得していると、黒いペガサス―名はアム―が身じろぎをした。考えている間手が止まっていたらしく、ブラッシングの催促のようだ。

 ファインはアムに笑いかけて、ブラッシングを再開する。


「爽やか優等生タイプのイケメンか…」

 ティグリがニヤニヤ笑いながらファインを見る。ファインは手を動かしながらティグリに意識を向けた。

「ファインはそういう奴が好みのタイプなのか?」

「えぇ~?」

「「!?」」

 いかにもからかう気満々のティグリだが、ファインは慌てるどころか作業の片手間に反応する。むしろレオンとアウルの方が慌てている。ギュンという効果音がしそうな勢いでファインの方に顔を向けていた。ティグリはそんな二人の反応に笑いを堪えている。どうやら、からかうターゲットは二人のようだ。


「好みではないな」

 二人が固唾を飲んで答えを待っていたのに対して、ファインの答えはアッサリとしたものである。一切の照れも迷いもなく言い切った。

「そうなのか?珍しくファインが年頃の娘らしい反応したから、てっきりそうなんだと思ったぞ」

 ティグリはファインの答えにホッとして力を抜く弟分達を横目に見ながら、つまらなそうに反応する。

「いやいや、ないよ」

「イケメンだったんだろ?」

「そうだけどさ。客観的に見てイケメンだと判じただけで、特別好みかというと……違うかな」

 ファインはティグリの質問に改めて考える。頭の中でバレンティアを思い浮かべるが、やはり違うと思う。

「まぁ、そうだよな。ファインにいいとこの坊ちゃんとか、ぜってぇ合わねぇし」

「うんうん。ファインにはもっとこう…身近なタイプの方が……いいんじゃないかなぁ…なんて」

 レインとアウルが嬉しそうに同意した。レオンは普段の調子を取り戻し、小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、アウルは頬を染めながら手をモジモジさせている。

 ファインはレオンの小馬鹿にした笑みに少しムッとしたが、自分でもそう思うから反論はしない。昨日から不機嫌だった二人の機嫌が直ってる様子に安心する。

 そんな三人の和やかな空気に、爆弾を落とす男が一人…。


「じゃあファインの好きなタイプってどんな奴なんだ?」


 ティグリだ。弟分たちの恋路をからかう気満々の兄貴分は、ニヤニヤと笑っている。

 レオンとアウルは露骨に固まった。ファインはそんな二人に気づかずキョトンとしている。

「好みって言われてもなぁ…」

「何かあるだろ」

「そんな事言ったって考えた事ないし」

 ファインは考えてみるが、これといった答えが出ない。レオンとアウルは、ホッとしたような残念なような複雑な心境である。

(まぁ、ファインならそんなもんだよな)

 ティグリは、妹分の春の遠さに苦笑する。このままでいてほしいような、年頃の娘として心配のような、複雑な兄貴心だ。ついでにもう一つ質問したらからかうのは終わりにしようと、口を開く。


「なら、この村の中でファインが一番カッコいいと思うのはだr」

「スケイル」


「「「……………」」」

 即答だった。ティグリが言い終わる前に言い切った。まさに即答だ。

そもそもティグリは答えが返ってくるとは思っていなかった。「急にそんな事言われてもなぁ…」とか、「よく分かんないよ」とか、そういった反応を予想していたのだ。もしくは長老というこの村では超えられない存在を無難に答えるかである。あと、ほんの少し自分だったりしてと可愛い妹分の反応を期待したりもしたのは、兄貴として当然の事だと主張しよう。

 だから、こんな事になるなんて思っていなかった。言い訳にしかならないが、ワザとではないんだ。

こんな重苦しい空気にしたかったわけでは決してないんだ。


「ス…スケイル…さん?」

 ティグリは顔を引き攣らせてファインに確認する。その顔は青ざめ、目が泳いでいる。

「うん。スケイルが一番カッコいいよ。マジ憧れる」

 ファインはまったく空気を読まず笑顔である。

「そ、そうか。いや、でもスケイルさんって…。勿論スケイルさんがすごいのは分かるけど、あー、その、なんだ…」

 ティグリはますます顔を引き攣らせて言葉を濁した。弟分たちの方を見れないでいる。

「いや、わたしだって勿論スケイルとどうにかなりたいとか思ってるわけじゃないよ。なれるわけないし。ただスケイルが一番男らしくてカッコいいというか、わたしの理想?みたいな?」

 ファインは顎に手を当て、言葉を探しながら話す。ティグリの顔色は悪くなる一方なのには、気づかないようだ。

「あー、ファイン。そろそろこの話は…」

「って事は、スケイルみたいなタイプが、わたしの好みのタイプってことなのかな?」

「!!!!!」

 話を終了しようとしたティグリに気づかず、ファインは疑問形で結論を出す。

ティグリは声なき悲鳴を上げた。全身嫌な汗をかく。


 ティグリは一回深呼吸をして、レオンに目を向けた。

 レオンは顔を強張らせて俯いている。その顔はティグリと同じように青ざめ、目が泳いでいた。その眼の泳ぎ方は、明らかにある一方向を気にしているのが分かる。そちらを見たいが、見る覚悟ができないといった様子だ。その心境はティグリにも分かる。ティグリもその方向を見る覚悟ができないからだ。

(そうだ。レオンはまだいい)


 スケイルという男がどんな人物なのかというと、まず強面である。それから長身で筋肉ムキムキ。男臭い。渋い。力持ち。屈強。武闘派。堅気に見えない。男らしい。男の中の漢。などなどいくつかの特徴が挙げられるが、これら全てをひっくるめて短くまとめる事が可能である。


 短くまとめよう。スケイルという男は……………アウルと真逆のタイプである。


 上で挙げたスケイルの特徴に、一つとしてアウルと一致するものは存在しない。


 ティグリは覚悟を決めてアウルに目を向け、すぐにこの事態を生み出した自身の発言を後悔する。少し前の自分をタコ殴りにしたいと強く思った。

 アウルの顔色は青ざめるのを通り越して、白くなっていた。表情は完全に消え去って、無である。眼は焦点が合っておらず、虚ろで何も映していない。まるで生気が感じられず、人形のようだ。呼吸しているのか疑いたくなるくらい、無生物じみているが、不思議と全身から伝わってくるものがある。

 絶望感だ。


 ティグリはアウルからソッと目を逸らした。掛ける言葉が見つからないようだ。顔色がますます悪化している。レオンに至っては、両手で目を覆ってしゃがみ込んでしまった。


「!?ちょっ!レオンどうしたの!?」

 ファインがギョッとする。

「……お前はちょっと黙ってろ」

 レオンは力なく呟いた。

 

 レオンとアウルは日頃から張り合っている関係だ。勿論恋敵である相手の恋路を応援などするはずがない。それでも兄弟同然に育った家族であることは変わりない。ファインとアウルがくっ付こうもんなら、全力で邪魔してやると思っているが、アウルが絶望のどん底に落ちればいいとは決して思っていない。むしろ誰よりもアウルの気持ちが分かる分、居た堪れない。


 レオンにはまだ成長期という強みがある。鍛えたらスケイルのような屈強な男に成長する可能性は、充分ある。だがアウルの未来にそんな希望は、ほぼない。アウルはエルフと人間の混血なのだから。

 エルフは三種族の中で、最も寿命が永くそれ故に成長が最も遅い。見た目が美しく体の線が細いのが特徴的で、その見た目に似つかわしく腕力が弱い者が多い。強面で筋肉ムキムキで巨体で力自慢の武闘派なエルフなど、突然変異と言ってもいい。

 つまりエルフの血を持つアウルは、体質的にスケイルのような男になるのは絶望的なのだ。


「ファイン」

「ん?」

 ティグリはファインの肩に手を置き、向かい合う。ファインはキョトンとした顔でティグリを見上げた。

「ティグリ、なんかすごく顔色悪いけど?」

「うん、まぁ俺の顔色はほっといていいから。あのな、本当にスケイルさんなのか?間違いないのか?」

 ティグリは藁にも縋る思いで、ファインに発言の撤回を求める。

「えー。スケイルじゃダメなの?」

「いやダメじゃない。ダメじゃないけど…結論は急がなくていいんじゃねぇかな?もっとよく考えてみようぜ。な?師匠としての尊敬の念とごっちゃになってっかもしんねぇし」

 どうにか違う答えになるよう誘導を試みる。

「尊敬の念…そう言われると…そうなのかなぁ?」

 ファインはティグリの言葉に迷いだした。そんなファインの反応にレオンが顔を上げる。アウルの瞳にも微かな光が戻った。

「別にスケイルに惚れてるわけじゃねぇんだろ?だったら好みだって結論出さなくてもいいだろ?もしかしたら全然違うタイプを好きになるかもしんねぇんだし」

 レオンがティグリの援護に加わる。


「そもそもスケイルみたいなゴツイのが好きって、強い男に守られたいって女の好みじゃねぇのか?お前ってそんなタイプか?」

 レオンは若干偏見の入った意見を言う。勿論レオンにはその自覚がある。今重要なのは言ってることが正しいかではなく、ファインに好みのタイプが違うと思い込ませることなのだ。

「いやいや、自分の身は自分で守りたいかな」

「だろ?やっぱ違ぇんだって。お前のそれは師弟間の尊敬なんだよ。アウルもそう思うだろ?」

 ファインの答えにレオンは結論付け、今だ事の成り行きを力なく見つめているアウルに同意を求める。


「う、うん。僕もそう思うよ、ファイン」

 アウルは、弾かれたようにレオンの言葉に同意する。その顔には生気が戻っている。

 アウルはちらりとレオンに目を向ける。レオンは口の端を上げ肩をすくめただけで、すぐにアウルからファインに視線を戻す。アウルも口の端を上げ、すぐにファインに視線を戻した。アウルはレオンに礼を言わないし、レオンもアウルに礼を求めない。男の友情がここにある。

 

「そっかぁ。三人が言うならそうなのかも」

「「絶対にそうだ!」よ!」

 あっさりと意見に流されたファインに、レオンとアウルは力いっぱい同意する。

 ティグリは三人を見ながら、顔をゆるめた。凍りついたような空気がいつも道理に戻り始めてホッとする。

 その時獣舎の中に、二人分の気配が入ってきた。


「あらあら、賑やかねぇ」

 テスタとスケイルだ。スケイルに関しては、まさに噂をすれば影である。

テスタはニコニコ笑いながら、スケイルは無言でファイン達の方に歩いてくる。

 

「どうしたんですか?二人とも」

 まだ仕事時間なのに現れた二人に、ティグリが代表で質問する。

「ふふ。この顔ぶれだと話に夢中になって、手が止まってるかもしれないから見にきちゃった」

 笑顔で答えるテスタに、ファイン達三人は誤魔化すように苦笑する。ティグリだけはビクッと体を強張らせて、冷や汗を流した。


 テスタはこの村の大人の中でただ一人の女性で、子供たちの母親役をしてくれている。

常に笑顔を浮かべている、ゆるふわ系美人だ。めったに声を荒げる事がなく、優しく穏やかな女性である。今もファイン達を注意するような発言をしたが、怒っている雰囲気は一切なく怖いところはどこにもない。

 だが何故かティグリは昔からテスタに対して、過剰なまでにビクつくのだ。ファインはティグリの反応に首を傾げる。


「なんて冗談よ。スケイルが皆に話があるから付いてきただけなの」

 テスタは悪戯っぽく笑いながら言う。ティグリの肩からホッと力が抜けた。

「話ってなに?スケイル」

 ファインはスケイルに質問する。スケイルは一度頷き答える。

「また街に出かける事になった」

「また?昨日行ったばかりなのに?」

 アウルが目を見開いて疑問を口にする。ファインとレオンも同じ気持ちで顔を見合わせた。

「何かあったんですか?」

 ティグリも不思議そうな顔で質問する。


「斧が壊れた」

 スケイルの簡潔な答えに、「あ~」と一同納得する。

 

 スケイルの使っていた斧はガタが来ていて、昨日新しい斧を買う予定だった。だが知っての通り昨日は斧を買う事が出来なかったのだ。それ故、スケイルは古い斧を今日も使う事になったわけだが、斧はもたなかったようだ。斧は見事にその生涯をまっとうした。


「明後日、魔族の街に出かける。ファインとレオンはどうする?」

 スケイルは二人に顔を向ける。どうやらファイン達に買い出しについて来るか聞きに来てくれたようだ。今回はいつもの買い出しとは違うから、荷物持ちは多くいらない。同行するかは二人の自由意思で決まる。ちなみに魔族の街なのでアウルは初めから同行不可であり、ティグリはすでに買い出しの頭数に入っている。大人組最年少、下っ端の暗黙の了解だ。


「はいはい!行きたい」

 ファインは元気よく手を挙げる。ファインは基本的に村の外に出かけるのが好きなのだ。

そんなファインにレオンとアウルは顔をしかめる。

「お前、昨日の今日でよくのん気に言えるな」

 レオンは昨日危険な目にあったばかりなのに街に出かけたがるファインに、そのことを指摘する。

「あんな出会いそうそうないって」

 ファインはあっけらかんとしている。

「それに今度は魔族の街だし」

 人間の街と違い、魔族の街なら混血だとばれても誤魔化す方法があるのだ。


「それだけじゃないでしょファイン。そもそも二人組の男に絡まれたの忘れたの?」

 アウルは少し怒った顔で言う。日頃ファインの味方に付いてくれるアウルだが、昨日の件は許容しかねるらしい。

 ファインは、「うっ!」と顔を引き攣らせる。昨日帰り道でゴロツキに絡まれた件は黙っていようと決めていたが、村に帰ってあっさり話す結果になってしまった。もとより育ての親である長老たちに、隠し事が成功したことなどないのだ。


「お前は隙だらけなんだよ」

「はあ!?んなことないし」

 ジト目で睨んでくるレオンにファインは口を尖らせる。

「そんな事あるでしょファイン。実際昨日、絡まれたんだから」

「アウルまで…」

 レオンとアウルは二人がかりでファインの街への同行を諦めさせるつもりのようだ。


「勝手に向こうが話しかけてきたんだからしょうがないじゃん」

「それが隙があるってことだろ」

「今回はたまたま助けが入ったから良かったけど、そう都合よく助けなんて来ないんだからね」

「うぅ~」

 二人に攻められファインは項垂れる。大人組は苦笑して見守るだけで、助けるつもりはないようだ。


「た、たしかに助けてもらったけど、自分でどうにかしようしたんだよ」

 ファインは必死に弁解した。拳の握り、二人にうったいかける。

「ただどうにかしようとした瞬間に助けに入ってくれて、何も出来なかっただけなんだよ」

「自力でどうにかできたって言いたいのかよ?」

「そ、そうだよ。助けがなくても自分で何とかしてたよ、あれくらい」

 ファインは勢いで強気に出る。


「バレンティアがあと一瞬助けに入るのが遅かったら、腹に風穴あけるつもりで拳叩き込んでやってたもんね!」

 胸を張って自信満々に言った。


「「………」」

 レオンとアウルは凍りつく。ティグリも顔を引き攣らせてファインを見た。スケイルは満足そうに肯き、テスタはニコニコ笑っている。

 場が静寂に包まれた。ファインだけが状況を分かっておらず、首をかしげる。



「ちょ、タンマ」

 レオンが静寂を破る。額に手をあて考えた。過去にファインから受けた拳の破壊力(手加減付き)を思い出す。手加減してあの威力なら…。

 ものすごく怖い想像に行きついた。


「スケイル!スケイル!!」

 レオンはバッと顔を上げ、スケイルを呼ぶ。

「どうした?」

「あのバカが腹に風穴あけようってくらい本気で人間の腹に拳叩き込んだらどうなる!?」

 ファインを指差しながら質問をぶつける。


「当然風穴があくだろ」


 スケイルは当たり前のことのように答える。レオン・アウル・ティグリは青ざめた。


「ははは。やだなぁスケイル。ホントにあくわけないじゃん」

「お前はちょっと黙ってろ!馬鹿力女!!」

 空気を読まず笑っているファインに、レオンがビシッと指を指しながら叫ぶ。


「た、助けが入ってくれて本当に良かった…」

 アウルが手で口を覆いながら言う。その体は震えていた。

「あぁ。いけ好かねぇけどマジで感謝すんぜ。イケメン騎士」

 イケメンがファインを助けた事は面白くないが、アウルとレオンの二人は心の底から感謝した。もしバレンティアが助けに入っていなかったらと思うとゾッとする。

 あやうく白昼堂々、大事件が起こるところだった。しかも犯人は身内である。


「スケイルさん、ファインにちゃんと自分の実力を自覚させた方がいいですよ。というか自覚させてください。お願いします」

 ティグリが縋りつくようにスケイルに懇願する。

「うむ。確かに自分の実力を把握するのは必要だな」

「あらあら、色々無自覚なところも可愛いじゃない」

「勘弁してくださいテスタさん」

 ふわふわした笑顔のテスタに、ティグリは眩暈をおこす。


「みんな何の話してんのさー?」

 ファインは頬を膨らませてふて腐れる。レオンとアウルは顔を突き合わせてブツブツ話しているし、ティグリ達は何か話し合っている。蚊帳の外にされてつまらない。


「「お前の話だろーが!!」」

 レオンとティグリが怒鳴る。その顔には青筋が浮かんでいる。アウルも怒鳴りはしなかったが同じ表情だ。

「!???」


「お前ぜってぇ街に行くな!!」

「ファインも危ねぇけど、ファインを襲う奴がもっと危ねぇよ…」

「ファイン、おとなしく留守番しよう。お願いだから」

 何も分かっていないというファインの態度に三人は、ファインを街に行かせてなるかと心の底から思った。


「えー。やだよ。絶対ついてくから」

「色んな意味で危ないから我慢してファイン」

「ちゃんと気を付けるって」

「何を気を付けないといけないか、自覚してないだろお前?」

「わかってる!」

「その即答が分かってねぇんだよ!」

「絶対行くから。スケイル、頭数に入れといてね!」

「……」

「なに勝手に言ってやがる!スケイル、入れんなよ!」

「……」

「あらあら皆元気ねぇ。ふふふ」

「絶対行くー!」

「行くなー!!」


 ファインを街に行かせないようにする三人と、絶対に街に行くと主張を曲げないファイン。黙って双方の意見に頷くスケイルに、ふわふわのほほんと笑っているテスタ。

 完全に場がワチャワチャし始める。


 そんな収集がつかなくなった獣舎に騎獣たちの鳴き声が一斉に響いた。


 騎獣たちは言葉を話せない。だが言いたいことはその場の全員に伝わった。






 仕事しろ。







 



 






 

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