ちょっといつもと違う日だと思った。
(あぁ、そういえば、胸の痣まだ消えてないや・・・。)
ファインは、人ごみの中を歩きながら、ふと思った。
今日、ファインは人間の街に来ている。行商人のふりをして、物資の補給に来たのだ。
いかに隠れ住んでいるとはいえ、村での自給自足には限界がある。畑や川、山の恵みで食うに困ることはあまりないが、塩など街に来なければ手に入らない物もたくさんあるので、時々山を越えて適当な街に来る。変に覚えられても困るので、同じ街にはあまり行かないようにしている。
(このまま消えないようなら、やっぱディアンに相談した方がいいかな・・・)
ティグリと並んで先頭を歩いている男に目をやる。
本日のパーティー編成は、ファイン・アウル・コルノの子供三人と、ティグリ・ディアンの大人二人で来ている。
魔族の外見は個人差があり、角が生えていたり、鱗や鰭があったりと見てすぐ魔族と分かる者もいれば、人間とあまり変わらない者もいる。ティグリとディアンは純血の魔族だが、外見は人間とあまり変わらない。
ディアンは、村の大人の一人で30代くらいの外見の細身の男性だ。表情が乏しく、愛想がないタイプでとっつきにくい印象を受ける。村の医者で、皆世話になっている。
コルノは、エルフと人間の混血で、10歳くらいの男の子だ。緑の髪で、少し伸びた髪を首の後ろでちょこんと結んでいる。
ちなみに、ファインとレオンは魔族と人間の混血で、アウルはエルフと人間の混血である。
本当はレオンとスケイルも来ているのだが、レオンは純血嫌いの上、少し魔族よりの特色が強い為、スケイルは皮膚の一部に鱗があり魔族とすぐ分かる為、街から離れた場所で待っている。
人間の街で魔族と知られたら大変なことになるが、ティグリとディアンは落ち着いたものである。堂々と人間の中にとけ込んでいる。時折、ティグリの容姿に女性たちが振り返るが、ティグリはまったく気が付く様子はない。本人は自覚していないが、愛嬌のある男前、爽やかイケメン、それがティグリだ。正直、兄貴分のもてる姿は、誇らしいような、気恥ずかしいような、見てて複雑なものがある。声をかけてくるような積極的な女性が、いないことを祈ろう。
「ファイン、あの店」
「ん?あぁ、かわいー」
アウルが、可愛らしい髪飾りを扱っている露店を指しながら声をかけてきた。
「似合いそうだなって思って」
「うん。あの赤い花のやつはリコス。隣の黄色いリボンはシスネに似合う。あと・・・」
「・・・・・・・・・」
顔を赤らめながらのアウルの言葉に、愛しい義妹たちの顔を思い浮かべる。
幸せそうなファインに対し、アウルはガッカリした顔をする。(なんでだ?)
ふと横を見ると、コルノと目が合う。呆れたような目でこちらを見ている。(・・・なんで?)
前を歩くティグリの背中は震えている。(どうしたん?)
「ファインも似合うよ」
はっきりとした強い声で言われ、アウルに視線を戻すと、真剣な目で見つめてくる。
「そうかな?わたしには可愛すぎる気がす・・・」
「絶対似合うよ。・・・絶対可愛い」
ファインの言葉にかぶせるように、アウルは断言する。顔は真っ赤だ。
優しいアウルの言う事だ。お世辞かなとも思うが、ファインだって年頃の女の子。容姿を褒められるのは、やっぱり嬉しい。
「そっか、ありがと。嬉しいよ」
「うん・・・」
にっかり笑って素直に礼を言うと、アウルは照れくさそうに視線をずらした。
また横をみると、コルノと目が合う。爆発すればいいのに。というような目でこちらを見ている。
(だから、なんでだ!?)
ティグリは、何故かディアンにケツキックをされている。(・・・ホントにどうしたん?)
「俺は薬屋に行ってくる。ティグリ、そっちは任せたぞ」
商店が並ぶ区画まで来ると、ディアンは用件だけ言って、さっさと別行動に移る。
物資を調達するためには、当然お金がいる。村で作った薬を売りに行くのだ。薬は、村ができた時からの資金源で、ちなみにディアンが育てた薬草で、ディアンが作った薬であり、専門知識必須のためディアンが売りに行く。人ごみに消えていく背中の、なんとも頼もしきことよ・・・。
ディアンの背中を見送り、こちらもティグリを先頭に動き出した。村で織った布を売る為に、布を卸す商会を探す。資金源を薬だけに頼るのは危険なため、村では織物や工芸品も作っている。今回は皆で織った織物を持ってきた。
ティグリが、通りすがりのお姉様方に場所を尋ねると、快く教えてくれた。快すぎて、ティグリに熱い視線を送りながら「案内する」と言われたが、丁重にお断る。アウルとコルノが、無言でティグリの背中を押し進む。残念がるが、お姉様方は笑顔で引き下がってくれた。・・・ファインだけは、お姉様方に睨まれたが。さすがのファインでも、これは(なんでだ?)とは思わない。
商会に着き、奥の部屋へと案内された。ここまで背負ってきた荷物を降ろせて、子供三人はホッとする。もっとも、帰りも調達した物資を背負う事になるので、束の間の休憩だ。ティグリは年配の男性と商談を始める。その間に他の従業員が、織物の品質をチェックしだした。ファインは、質問されることに笑顔で答える。子供ばかりとなめられては困るので、愛想は振りまくが隙は見せないよう心掛けねばならない。もっとも、村の織物は質が良く、売れないという心配はあまりない。
ちなみに、資金源が薬だけなのは危険と考えたのはディアンで、織物や工芸品を作り始めたのもディアンで、やり方を皆に教えて軌道に乗せたのも勿論ディアンであり、一番質が良く、高値が付くのもディアンの作品である。・・・ぶっちゃけよう。村の財政はディアンで回っている。最近、焼き物も始めているらしい。どこまでも優秀な男、それがディアンだ。
特に問題なく織物のチェックが終わり、若い従業員がその結果を、ティグリと話している男性に伝える。話しを聞き、男性は織物の質に満足したらしく、笑顔でティグリに顔を戻した。ティグリも爽やかな笑顔で迎え撃つ。商談の本番開始である。お互い笑顔で話しているが、「良い品を少しでも安く仕入れたるぜ。覚悟しろよ若造」「そうはいくか。生活掛かってんだよ。1Gでも多く買い取ってもらうぞ、こら」という心の声が聞こえた気がする。
(あ、これ長くなるパターンだ)
うんざりした顔で横を見ると、アウルとコルノも同じく面倒くさそうな顔をしている。ティグリは三人の様子に気づき、話を中断した。
「お前ら、待ってても退屈だろ。買い出しの方行っててくれ」
ティグリは、そう言うとまた商談に話を戻す。三人は頷いて部屋から出た。
廊下に出て、どうするか話し合う。
「さてと、今回の買い出しは油に塩に砂糖、紙とインク、織物用の糸。あぁ、あとスケイルが新しい斧がほしいって言ってたっけ。どうしよ、順番に回る?」
「糸は、この商会で扱ってるから此処で買えるよ。まずは此処で値切り交渉かな」
「俺が残って糸の買い付けをする。姉さんたちは、他の物を買いに行ってよ」
ファインとアウルの言葉に、コルノがさっさと結論を出す。別行動をとるなら、小さいコルノをティグリの傍に残すのが好ましい為、ファインもアウルも異論はない。コルノも、そのことを理解しての発言だ。嫌な話だが、何かあった時の事を考えて行動することが習慣づいている。。
コルノが従業員に話しかけて案内されて行くのを見送り、ファインたちは外に向かった。
賑やかな外に出て、ファインは一度伸びをする。
「アウル、どうしよっか?効率重視でばらける?そんな大きい街じゃないから、駐屯兵もいないみたいだし」
兵がいるか、いないかで当然危険度が違う。魔族との戦闘に慣れた者などは、見た目が人間と変わらなくても、気配や魔力で魔族と見破ってくるのだ。兵はいなくても自警団が街ごとにあるが、街の自警団にそこまでの猛者はそうそういない。
「・・・兵がいなくても、ファイン一人は心配だよ。男の人に声掛けられても、ちゃんと対処できるの?女の子の一人歩きは、色んな危険があるんだよ」
アウルは、顔をしかめてファインの心配をする。
正直その言葉、そのまま返したい。アウルの方こそ年上のお姉様方にウケそうな顔をしていて、実に心配だ。隙を見せたら肉食系のお姉様方に、お持ち帰りされてしまうのではないだろうか。いや、マジで。
「心配ないよ。真昼間で人もたくさんいるし、ノコノコ付いていくようなまねはしないよ」
思っている事を口には出さず、アウルに答える。以前、近いことを口に出してしまい、アウルを落ち込ませてしまったことがある。あの時は、立ち直るのに一週間以上かかった。申し訳ない。
「・・・絶対だよ。」
アウルは若干納得のいかない顔をするが、別行動を了承する。商会を出る前に道を聞いたところ、紙やインクの店と、油なんかを扱う店は逆の方向にあるらしく、別行動した方が効率がよいのは確かなのだ。
「じゃあ、油とかはわたしが行くから、アウルは紙とインクお願いね」
「ちょっと待ってよ。そっちの方が量があって重いでしょ」
「うん。だからわたしが行くんじゃん」
当然のように告げた言葉にアウルは不機嫌になる。アウルの方が背が低く、力も弱い為、自分が重い方に行くのが当然だと思う女、ファインはそういう奴なのである。
「・・・・・僕が行くよ」
「え?でも・・・」
「僕が行くよ」
「・・・うん」
アウルの絶対譲らない態度に気おされて、ファインは頷いた・・・・・が。
「あ、斧はわたし行くから」
「それが一番重いじゃん!そっちも僕が行くよ!」
分かってくれたと思ったら、全く分かってくれていなかったファインの言葉に、アウルはとうとう声を強くする。
「いや、でもスケイルの使う斧は大きいからアウルには持てないよ」
「・・・・・・・」
あっさり残酷な事実を言うファインに、アウルは沈黙する。口を開くが言葉が見つからない様子でファインを見つめ、悲愴な面持ちで最終的に頷いた。
・・・・結局落ち込ませた。男のプライドを理解できない女、それがファインだ。
ファインは、一人街の中を歩く。問題なく買えた紙とインクを鞄に詰め、人ごみの中を進んでいく。
(アウル、大丈夫かな・・・やっぱわたしが行った方が良かったかな?)
あれだけ落ち込ませておいて、まだ心配している。ファインはアウルのことを、弟として見ているため男として頼るという発想がないのだ。それどころか、姉貴分として守るのは自分の方だと本気で思っている。ちなみに、アウルの名誉のため言っておくと、アウルが特別非力なのではない。ファインが一般的女子の腕力からとび抜けた規格外の馬鹿力なのだ。
考え事をしながら歩いているため、時々人とぶつかりそうになりながら進んでいくと、分かれ道に差し掛かった。そこでファインは足を止める。
商会で教えてもらった鍛冶屋はふたつ。右に進むと日用道具専門の鍛冶屋。包丁や鋸、農具など一般的な道具を扱っていて、斧も置いてある。左に進むと武器専門の鍛冶屋。剣や弓矢、槍など戦うための武器を扱っていて、斧も置いてある。
ファインは分かれ道を見比べて、「ふむ」と考える。
斧の用途は、木材を得るための伐採なのだから右に進むのが本来の正解だ。だがスケイルはガタイが良く力も強い為、一般的な物より大きく頑丈な斧をご所望である。それに、山の中で魔物と出くわす事も無くは無い。木以外のものも良く切れるに越したことはないだろう。
「よし。こっちだ」
若干物騒な事を考えつつ、左の道を進みだした。もしアウルがいたら右に進もうと言っていただろうが、そのアウルはここにはいない為誰にも止められることなく進んでいく。
程なくして店に着く。鍛冶屋だけでなく、この通りは日用品以外を取り扱う店が並んでいるらしく人通りが少ない。その上歩いているのは一般人には見えない者ばかりなのだが・・・。
(うん。やっぱりアウルじゃなくてわたしが来てよかった)とか思っている。そもそもアウルならこの道を進まない。ファインは人の事には危機管理を徹底するが、自分の事になると大雑把なところがある。
鍛冶屋の前に立つ場違いなファインを、通り過ぎる者がちらちら見ているが気にしていない。
そのまま店の中に入ってしまう。当然店の中もファインのような少女は場違いだ。
店の中には所狭しと武器が並んでいる。店内にいるのは屈強な男ばかりで、女性はファイン以外だれもいない。斧を探そうと店の中を進むと、何人かにもの珍しそうに見られる。中には下卑た目を向けてくる者もいて、さすがにそれには警戒した。
全ての視線を無視して商品を物色する。
(んーと、斧オノ・・・。剣と槍ばっかだなぁ・・・斧どこだろ?あっ!弓矢!狩用の一つガタがきてんだよなぁ・・・。新しいのほしいなぁ・・・)
斧を探しながら弓矢の前で足を止める。買い物中に目的外の物に目移りすることは、女性ならよくある事だと思う。・・・この場合、物が物騒だが・・。
(あー、でも弓矢ならエルフの街の方が質が良いのそろってるよな・・・)
しばし迷った後、今度にしようと結論を出し歩き出す。
店の奥の方に進むと重量級武器が並ぶ棚があった。
(斧はあそこだな)
目的の棚を見つけて少し歩みを速める。棍棒、ハンマーの前を横切り、斧に辿り着いた瞬間邪魔が入った。
「ネエちゃん、こんな所で何してんだ?」
・・・・・ガラノ悪イ男ガ行ク手ヲ塞イデイル。
「街のもんじゃねぇな。見ない顔だ」
「あんたみたいな女の子がほしがるもんは、ここには無いぜ」
前に一人、後ろに一人ファインを挟んでガラの悪い男が立っていた。二人ともニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、ファインの顔から足まで品定めするようにジロジロ見てくる。
はい。ベタな展開きました。これ。
(うわー・・・どうしよ。まさかこんなベタな事が起きるなんて・・・・)
「この街に観光ってことはねぇよな」
「あー、はい。商人です」
「へ~。どのくらいこの街にいるんだい?いい所に案内してやるよ」
「いえ、用がすんだらすぐに出発しますんで」
話かけながら距離を詰めてくる。愛想笑いで答えながら退路を探すが、商品棚の並ぶ通路の真ん中で前後挟まれているため退路はない。
前に立つ男は背は高いがひょろりとした細身の男で、高いというより長いという方がしっくりくる感じだ。後ろの男は背は普通だが厚みのあるガッチリした男で、いかにも筋肉を見せたがっている感じの服装をしている。もっともスケイルを見慣れているファインからすれば、見せびらかす程のガタイとは思えない。
退路が無いなら作るしかないのだが、店の出入り口に続く後方は、よりによってガッチリした男の方が立っている。
「そう言わずにちょっと付き合えよ。この店じゃ嬢ちゃんが見ても楽しいもんねぇだろ?俺らと来れば楽しめるぜ」
「そうそう。急いでんならよ、そっちが協力してくれりゃ、その分速く楽しめるぜ」
「ひゃはは。おいおい協力って何させるつもりだよ?」
(・・・・体当たりかませば逃げれるだろうか?でも効くかな?平和的解決より、むしろ一撃でもいいからブチかましてからこの場を去りたい気分だ。んー、でも効くかどうか?)
スケイルに鍛えられているが、訓練や狩り以外で力を使う機会が少なく、村の外で自分の実力が通用するのかイマイチ判断できないのだ。自信はそこそこあるが、裏付ける実戦経験が少ない。
これまでに村の外でからまれた事が無いわけではないが、退路が無い上に人目が無い状況はなかった。ちょっと騒いで人目を集めれば、大抵の奴は引いてくれるのだが集める人目が無ければしかたない。いや、まったく人目が無いわけではないのだが、この店の中にいるのはどちらかというと男達のご同類っぽい人種ばかりで期待できそうにない。店員に期待したいところだが、こちらに来る気配がないので見て見ぬふりをするつもりらしい。
「わたし、お使いで来てるんで・・・」
ちらりと斧に目を走らせる。
「おいおい、嬢ちゃんの細腕じゃ運べねぇだろ。なんなら手伝ってやるぜ」
「なぁに、楽しませてもらう礼だ。気にするこたぁねぇよ」
「いや!ホント結構なんで!!」
「遠慮すんなよ」
ひょろりとした男が、いやらしい笑みを浮かべてファインの腕をつかんだ。背筋にゾワッとした感覚が走る。
(あぁ・・・効くか効かないかはどうでもいい。やるかやらないかだ・・・。よし、やろう)
とうとう接触された事で腹が決まる。目を座らせて拳をにぎった。腹が決まったというより、堪忍袋の緒が切れたと言った方が正しいかもしれない・・・。
どてっ腹に風穴をあけるつもりで拳を叩き込んでやろうと足に力を入れる。だが、そこでファインは動きを止める事になった。
「おい!何をしているんだ!!彼女を放せ!」
突然、第三者の声が響いた。驚いて男達と共に声の方に目を向ける。
ガッチリした男の後ろに、ファインと見た目が同じ年頃の青少年が一人立っていた。物語の中の騎士様が抜け出てきたような容姿でイケメンである。と言うか実際騎士のようだ。腰に帯剣している。
・・・さらにベタな展開きました。うん。