わたしにとっての世界とは・・・
穏やかな平和に満ちた村に、轟音が響きわたった。
ティグリは畑の雑草を抜く手を止めて、音の発生源を見つめ固まる。
轟音を響かせた張本人、ファインは鼻歌まじりで畑へと向かってくる。その背後には轟音の犠牲者、レオンが物置小屋の壁に叩きつけられていた。
「・・・・手加減したんだよな?ファイン?」
響いた音の大きさと、ぴくりとも動かない弟分の姿に心配になり、ティグリは顔を引き攣らせながらファインに確認する。
「したよ?」
ファインは「なんでそんなこと聞くんだろう?」という顔で首を傾げながら答えた。
「・・・手加減してあれか・・・」
(やっぱ間に入ってやればよかったかもしんねぇな・・・)
ティグリは日々逞しく育っている妹にゾッとする。横を見るとアウルが青い顔をして固まっている。さっきまでレオンの所業に怒っていたアウルも、動かなくなった義兄弟の姿に自業自得と突き放すことは、さすがにできないようだ。
(いや、ファインの腕っぷしにショックを受けてるだけかも・・・こいつ、ファインに夢見てるところあるからな・・・・。)
人の夢と書いて儚いである。異性に対する夢など早めに醒めておくに越したことはない。
「ごめんね。遅れた分頑張ってやるから」
ファインはレオンを捕まえてぶん殴っていた分、畑仕事に遅れてしまったことを謝罪しながら畑に入る。もうすっかりレオンのことは気にしていない様子だ。
アウルはちらちらとレオンを見ながら、ファインの隣に移動する。
「その・・・なんか久しぶりに大きな一撃だったね?ずいぶん怒ってたけど・・・えっと・・レオンはファインの・・・着替えを・・・・・・」
アウルはファインに話しかけたが、後半は言葉に出来なかったようだ。顔を赤らめて聞きずらそうな表情でごにょごにょ言っている。ファインの怒り様に、着替えのどの段階で見られたのかが気になったが、聞いていいものか迷っているらしい。
ファインはアウルの様子に首を傾げながら、雑草を引っこ抜いていく。
「んだよ。お前も興味あんじゃねーか。おチビちゃん?」
声に反応して振り向くと、レオンが復活していた。小馬鹿にした表情に余裕を感じさせる声で話しているが、手はお腹に添えられ足もまだふらついていて、まったくと言っていいほどカッコついていない。呆れた眼差しを向けられても強がらないわけにはいかない。男の子ですから。
「きょ、興味とかそんなんじゃないよ!レオンみたいに下品でもなければ馬鹿でもないんだから」
アウルは真っ赤になって言い返す。
「レオン、立てるならさっさと畑手伝ってよ」
ファインはいっぱつぶん殴ったので、もうレオンの所業を流している。あまり後に引きずらないタイプなのだ。
「へーへー」
レオンはテキトーに返事をしながら、アウルに近づき肩を組んだ。
「ちなみに俺が見たのは上半身下着姿だぜ」
アウルの耳に口を寄せて、耳打ちする。
「!!!なっ!本っ当に最低だね!!ファイン、もう2・3発殴った方がいいよ!!」
「おまっ!知りたがってたから教えてやったんだろうが!あんなん何発もくらったら原型なくすぞ!」
怒るアウルに、レオンも怒鳴り返す。
「ちょっと待て。乙女の一撃に対して大袈裟すぎだろ。てか、ちゃんと加減したし」
ファインはレオンの発言に口をとがらす。
「どの辺が乙女の一撃!?乙女だったら普通ビンタだろ!横っ面引っ叩いて紅葉が咲くくらいだろ?拳を腹に叩き込むとかゼッテー違えから!」
レオンがたたみ掛けるように言う。その姿には必死さがある。
「つーか叩き込まれた時、俺身体浮いたぞ!自分より背の高い男殴って身体浮かせるって、どんだけ拳に力のせてんだよ!?しかもそのまま壁に叩きつけて!一瞬息止まったぜ!それで手加減って、お前はいったい何目指してんだよ!?」
久しぶりに受けたファインの一撃が予想以上に強く、本気でビビったレオン。
レオンの言葉に、アウルとティグリも思うところあってファインに目を向ける。
「・・・いや、別に何も目指してないけど・・・。スケイルに護身術教えてもらってるだけじゃん」
ファインは「なに大袈裟に言ってんだ」と云う顔でさらりと言う。
3人は畑の奥で黙々と仕事もしている男性を見つめた。
男性はスケイルという村の大人の一人である。筋肉質で背が高く、いかにも鍛えている身体をしていて、外見年齢は30代後半というところの、男らしい強面だ。正直畑仕事よりも武器を構えている方が似合う、堅気には見られずらい容姿をしている。いかにも傭兵とかにいそうな男だ。武骨な印象を受けるが、子供たちから慕われている。身を守る術を子供たちに教えていて、ファイン達も指南してもらった。レオンとアウルはもう教わっていないが、ファインは今も教わっている。所謂、師弟関係である。
スケイルはずっと我関せずと畑仕事をしていたが、3人の視線に顔を上げた。
「・・・ファインは筋がいい」
どこか満足気な表情で頷きながら言う。だが3人が求めている言葉は、そういう事ではない。ファインは褒められて顔がにやけている。
「いや、違います。そういう事が聞きたかったんじゃなくて、スケイルさんはファインをどこまで鍛え上げるつもりなんスか?つーか、ファインは今いったいどんくらい鍛えられてるんスか?」
ティグリが代表で聞き、スケイルは少し考える素振りをする。
「そうだな、今はまだまだ未熟と言わざる得ないが、光るものを感じる。生まれ持った才能を生かすために、基礎を固めているところだ。ファインには間違いなく天賦の才がある。今なぞただの通過点で、本当に強くなるのはこれからだ。いずれ、俺が持つ全てを伝授するつもりでいるぞ」
「スケイル・・・」
満足かつ誇らしげに言いおった。特に大柄でもなければ筋肉質でもない女の子が、筋肉ありまくりのガッチリ大柄強面男の強さを、将来的に受け継ぐと言いきりおった!・・・言われた本人は嬉しそうに目を輝かせている。
「いやいやいや!どこまで鍛えるんだよ!今で未熟って、殺人拳でも教えるつもりか!もうそれ護身術じゃねーよ!身を守る為じゃなくて相手をしとめる為のもんだろ!」
「・・・鍛えるのも鍛えられるのも、個人の自由と思って気にしないでいたけど、まさかそこまでいってるとは・・・」
「・・・・・・・」
レオンは若干涙目で叫んでいる。自分の命に関わるのだから必死だ。ティグリは頭を抱え、アウルはどこか虚ろな目をしている。
「スケイルさん、ファインは女の子なんスから、もうちょい加減というか・・・お手柔らかに鍛えた方がいいんじゃ・・・」
「しかし、ファインの才能をほっとくのは惜しいぞ。俺を超える事だって夢じゃない」
「ホント!スケイル?わたし、そんなに才能ある?」
ティグリはさすがに義妹の将来が心配になって口を出すが、さらにとんでもない事を言われた。可愛い義妹が目の前の屈強な男を超える日が来るかもしれないとか!しかも義妹は嬉しそうだ。余計に頭を抱えることになった。
「お前、喜ぶところじゃねえだろ!マジで何になりてぇんだ!?」
「なにさ。師匠であるスケイルに褒められたんだから、喜ぶところだろ!」
レオンとファインの言い合いが始まる。一悶着おきそうだ・・・が。
「手、止まってるんですけど」
冷ややかな声が響いた。
全員が黙り、声の方へ眼を向ける。黒髪ツインテールの女の子が呆れかえった眼でこちらをみていた。
「・・・しゃべってても畑の雑草はなくなりませんよ」
ため息まじりに正論を吐いて通り過ぎていく。その手には野菜の入った籠が抱えられていて、隣に自分よりさらに小さい子供を2人従えていた。
きっちり仕事をしながら義弟・義妹の面倒もしっかりみている義妹の正論が、心に刺さる。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
「・・・雑草抜こうぜ」
「・・・・・・うん・・」
無言でへこむファイン達にティグリが声をかけ、全員手を動かしだす。ちなみに、もともとスケイルはちゃんと手を動かしながら話していたので、苦笑するだけである。
畑仕事を再開するが、途中からずっとしゃべらないでいるアウルが気にかかり、ティグリは声をかけるべきか迷っていた。アウルは、ファインの力の話になってから思いつめた表情で黙っている。
理由はわかってる。だが今ここで指摘しても逆効果なのは分かっているので、言葉の掛けようがない。
「どうしたもんかな・・・」
答えはでないまま、黙々と雑草を抜いていく。
「お前さ・・・ちゃんと目的があって鍛えてんのかよ?」
「まだ言うか・・・」
黙って手を動かしていたが、少し経つとまたレオンが絡んできた。愛しい義妹に呆れた瞳を向けられてブルーだというのに。ファインは目を細めてレオンを睨む。
「レオンだってティグリから戦闘魔法教わってるじゃん。アウルも魔法の勉強してるし。同じじゃんか」
口を尖らせふて腐れたように言うとレオンと目が合った。レオンは普段の茶化すような雰囲気のない、真剣な目でファインを見ている。
(あ・・・これマジの話だ)
直観的に周囲の気配を探った。
「・・チビ達なら近くにいねぇ・・・」
ファインが周囲に視線を巡らせていると、レオンに先手を打たれる。レオンとて朝食の席での失敗を繰り返すつもりはないようだ。つまりチビ達に聞かせたくない話題だと確定したのである。アウルとティグリが様子を窺ってくる気配を感じる。
「俺は目的があって鍛えてんだよ。いざって時、純血共と戦うためにな」
レオンの言葉にファインは眉を寄せる。やっぱり荒っぽい話だった。
「わたしだって、いざって時は戦うよ。下の子たちを守らないとだし・・・」
「本当に戦えんのか?」
言い返すが、レオンにすぐ聞き返される。とっさに言葉がでない。
「生きるか死ぬか。殺るか殺られるかの場面で戦えんのか?気絶させりゃ終わりって思ってんじゃねぇよな?」
黙っているとレオンは、どんどんたたみ掛けてくる。それでも言い返す事ができない。
「ちょっと、いい加減にしなよ。そうならないように隠れ暮らしてるんじゃないか」
ファインが答えを返せないでいると、アウルが間に入ってきた。
「もしもん時の話をしてんだよ。まさかいざとなったら、村を捨てて逃げればいいとか言わねぇだろうな?」
「・・・敵意に敵意で返しても事態を悪化させるだけだよ。争わないですむ道を進むべきだ」
「んな道あるかよ!そんな理想論でチビ共守れるわけねぇだろ」
「レオンはあの子たちに争うところを見せるつもりなわけ?それに相手にだって家族がいるんだよ」
「そんなん知るかよ」
「レオン!」
二人の言い合いが始まるが、何も言えない。ただ黙って二人を見つめていると肩に手を置かれ、身体を引き寄せられた。突然の事で驚いて相手を見ると、ティグリが優しい瞳でファインの顔を覗き込んでいる。まるで安心させるように肩に置かれた手に少し力がこめられた。
「レオン アウル」
ティグリに声を掛けられ、二人はハッとする。そのまま言い合いを止めてファインとティグリの方に顔を向けてきた。
レオンはファインの顔を見て、一瞬目を見開きすぐにバツの悪そうな顔をして俯く。ファインは自分が今どんな表情をしているのか気になった。レオンにあんな顔をさせてしまったのが情けない。
レオンが黙ったまま近づいて来る。ファインの目の前で足を止め、ファインの額に自分の額をコツンとくっつけた。
「悪い・・・熱くなった。・・・・別にお前に戦わせてぇわけじゃない・・・」
額をくっつけたままレオンは静かに言う。普段だったら”おでこコツン”なんてイベント、アウルが止めに入るが黙って見守っていた。
レオンは数秒そのままの体勢でいたが、スッと身を引いて離れると背を向けて歩き出した。
「チビ共の方、手伝ってくる」
誰かに何か言われる前にそう言って、さっさと行ってしまう。この話は此処までだという意思表示なのは、皆分かっているので止める者はいない。
ティグリにそくされ畑仕事を再開する。手を動かしながらファインはため息をつく。この手の話題になると、いつもこうなるのだ。
レオンは純血を嫌っている。もちろん村の大人たちは別だが。はっきりと純血に対しての敵意がある。普段は軽い態度をとるが、本気で村の皆を守りたいと思っていることを知っている。村を守る為なら本当に戦う覚悟を持っている。
アウルは争いを好まない。村の子供達の為にも争いは避けるべきだと思ってる。それに純血だからと一括りにして憎むのは良くないとも言っている。争うくらいなら逃げた方がマシだと思っているようだ。
二人とも考えが違うが、村のためを思っているのは一緒だ。
じゃあ自分はとなると答えが出ない。どちらの意見も間違っているとは思わない。でもレオンのように純血も憎みきる事も出来ないし、アウルのように平和主義に徹する事も出来ないでいる。どっちつかずで二人の意見を聞いているだけ。自分の答えのないままどっちの味方をしても失礼にしかならない。
その上その手の話になっても、結局答えが出せない自分に周りが折れるなり庇うなりしてくれるのだ。甘やかされている自覚はある。レオンにバツの悪い思いをさせて申し訳ないと思う。
それでも答えは出ないんだ。どこか純血達の争いを遠くに感じているのかもしれない。わたしにとって、この村が世界の中心で、村の外は世界のおまけのようなものなのかも。
(実際にもしもの時が来たら、答えが出せるのかな・・・?)
時折こちらの様子を気にかけてくれるアウルに笑顔を返しながら、そんな時が来ない事を願った。
結局物語はうごきませんでした・・・