怪話篇 第十一話 殺人事件
1
「先生、おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、先生」
「ああ、おは……」
「先生、おはようございまーす。先生?」
「先生、どうかしたんですか?」
「あっ、いや。何でもない」
「顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
「先生、……どうかしましたか? 僕の顔に、何か着いてるんでしょうか?」
「いっ、いや。何でもない。ほら、早く教室に入らないと、始業のチャイムが鳴ってしまうぞ」
「はあーい。行こ行こ」
「おはようございます」
「ああ、おはよう。こら、今村も……早く行きなさい」
「おはようございます、先生」
「おはよう」
2
「僕に話って、何ですか?」
「今村。いや、お前は今村じゃない。誰だ、一体誰なんだ」
「誰って、何変な事言ってるんですか? 先生、変ですよ」
「変だって。馬鹿を言え、変なのはおまえの方だ。絶対に、おまえは今村じゃないんだから」
「な、何でなんです。本人目の前にして、訳の判らない事言って。先生は僕に怨みでもあるんですか?」
「お、おまえが、俺にそんな事を言える訳がないんだ。えっ、何が望なんだ。金か、それとも」
「もう、僕には訳が判りません。それに、もうこんな時間だし。先生、僕帰りますからね」
「待て! 待つんだ」
「何で待たなけりゃあ、いけないんですか。そこどいて下さいよ。先生? 先生、何を」
「おっ、おまえがっ、今村でっ、あ、ある筈はっ、ないんだよっ。今村はっ、あの時っ、死んっ、だんっ、だっ。間違えるもんかっ。くっ、首がっ、半分っ、ちぎれてっ、いたんだからっ、なっ」
「せっ、せん……せ」
「もうっ、にっ二度とっ、生き返ってっ、来るっ、なっ」
「…………」
「おまえはっ、死んだんだっ。もう、返ってっ、来るなっ」
3
「先生、おはようございます!」
「おはよう」
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「おはようございます、先生」
「ああ、おは……」
「先生、おはようございまーす。先生?」
「先生、どうかしたんですか?」
「あっ、いや。何でもない」
「顔色悪いですよ。大丈夫ですか?」
「先生、元気なあーい。あれのやり過ぎですか」
「あっ、いや。大丈夫だよ。はは、ちょっと夕べ、飲み過ぎちゃってねえ」
「なあんだ。まだ若いと思って、ガブ飲みしたんでしょう」
「もう、おじさんなんだからね、先生」
「はは、もう授業が始まるぞ。早く教室に入って」
4
「何ですかあ、先生。こんな処に呼び出したりして」
「おまえ、本当は誰なんだ。ええっ、答えるんだ」
「何を言ってるんです。話って、そんな事なんですか?」
「答えろ。おまえ、どうして生きているんだ」
「どうしてって、もう、何変な事言わないで下さい」
「おまえは、今村じゃあない。今村は、俺がこの手で殺したんだからな。それも二度も。絶対に生きてる筈はない!」
「先生、僕を殺したって。だって、僕は、ここに生きてるんですよ」
「うっ、嘘だっ! 俺が殺したんだぞ。最初は、自動車で。つっ、次は、この俺の手で、締め殺したんだからな。なのに、なのに、どうして生きてるんだぁ!」
「せ、先生」
「どうしてなんだー、わぁー」
「わわっ、先生。先生、止めて下さい! 止めて」
「死ね! 死ぬんだ。もう絶対に、生き返るんじゃない」
「や、やめ……」
「グアッ」
「ああ、先生。先生……」
「ううっ、死っ、死ねー」
5
「あれっ? 先生、どうしたんです? こんな処で」
「き、君は?」
「4組の松戸ですが」
「松戸? 松戸京一か? た、頼む、救急車を……」
「先生、怪我してるんですか? 痛そうですねえ」
「そ、そんな事言ってる間に、は、早く……救急車」
「…………」
「な……に……て……だ? 早く、……呼んで」
「ああ! 先生、ひどいなあ。これ、今村君じゃあないですか」
「ちっ、違うっ。俺じゃない。こいつが、勝手に」
「あーあ。こりゃあもう駄目だなあ。ああっ! ひょっとして、夕べこいつを潰したのも、先生ですかあ?」
「ちっ、違っ。それよりも、早く、救急車。ああ、こんなに血が」
「しようがないなあ。これじゃあ、もう直しようがないじゃないですか。どうしてくれるんです、先生」
「どっ、どうしてって。君は、何を言って、ウウ」
「もう! 折角の力作が。これ、夏休みの宿題で提出するつもりだったんですからね! どうしてくれるんです」
「!……な、何をする気だ?」
「ふふ。先生に責任を取ってもらう事にしましょう。今村君の再生用の細胞は、もう無くなっちゃいましたからね。先生、どのみち、救急車を呼んでも間に合いませんよ。まあ、この際だから、先生にサンプルになってもらいます」
「…………」
「安心して下さい。クククッ、前より若々しくしてあげましょうね。でも、生きたままやっちゃうと、人体実験になっちゃいますから。ちょっと待ってて下さいね。今すぐ楽にして……あれ、もう逝っちゃったか。せっかちだなあ」
eof.
初出:こむ 7号(1987年9月)