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フェイクウィッチ  作者: 焼肉一番


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9/20

悪魔

 その夜、リアンは行動を起こした。

 幸い月が大きく輝いていたのでランプは必要ない。そっとベッドを抜け出し、廊下にある不自然な扉の前に立つ。手を伸ばしノブを回したが、どうやら鍵が掛っているようだ。


「想定内ね」


 杖は便利だったが音が出る事を考慮してそろりそろりと、今度は家の外へ抜け出す。二階からの明かりが地面に反射していて、すぐに二階に誰か居る事が分かった。万が一このタイミングでぼんやり窓から外を眺めている様な事があれば厄介だ。

 何となく、ハルならそんな事をしていそうだとも思ったので、二階からの死角になる、一階の壁面に貼り付くようにして家の側面へ移動する。

 そうしてそこから顔を出し、もう一度二階を確認してみたが外を眺めていると言う事はなさそうだ。

 おそらく、あの廊下にある扉が二階への階段なのだ。景観の為に階段を隠したのだとしても、ただ寝る為だけの部屋なら鍵まで掛けるだろうか。玄関扉にだって鍵を掛けない家だと言うのに。

 それだけではない。リアンの足を診る為の医療道具等を見かけた事がない。石膏で固める程の処置が出来るならそこそこの医療用品が揃っていても良いと思うのだが、それらは二階にあるのではないだろうか。


 夜な夜な……リアンと、一階のリアンの隣の部屋に寝ているルシェとが寝静まった後、ハルは一人二階で何をしているのだろう。確かめたかった。

 二階の屋根は緩やかな傾斜を描いていたが一階の屋根は地面と平行な作りである為、登ってしまえば踏ん張らずともハルの居る部屋の中が覗けそうである。ぐるりと家の後ろまで壁伝いに歩き、どうにか一階の屋根部分に上がれないかと探索する。


 探索の末、リアンが手に入れたものは中に肥料が入った樽が一つ。蓋は付いていないので樽の淵に上手く立てれば一階の屋根に手が届く。いやその前になかなかの重量があるその樽を丁度良いポイントまで運んでいければと言う条件も付く。蓋があれば転がせもしたのだが……。

 とにかくやってみようと樽に手を掛けグッと力を入れた途端、石膏が取れたばかりの足に痛みが走った。


「……っ!! ~~~~~っっっ!!!」


 声を押し殺し、足を抑えながら転げ回っては全身から噴き出した汗を拭う。さすがにもう少し足が良くなってから出直そうかとも思ったがリアンは唇を舐めてもう一度樽に手を掛けた。


「明日やろうは……バカ野郎……!」


 リアンは今まで、何度もそう言っては自分を鼓舞して来た。そうやって自分を追い込んで追い込んで、魔術も使えないのに十代でダナ教の一員になった。その方法はある意味でリアンを大きく成長させた事は間違いないが、今の状況で言えば、これでまた負傷してしまう事の方がバカ野郎である。

 何度かトライして、持ち上げる事を諦めて少しずつ押し進める方法へ変えてみた。それでも踏ん張る度に足は痛むが、やっているうちにコツを掴んだ。あまり足に頼らず上半身を有効に使う。


 ず……ずず……ずずず……。


 目標ポイントまでじりじり樽が移動する。時々進行方向へ回って削り取られた地面の土を払い、また押す。そうして少しずつ進み、とうとうバカ野郎は目標地点まで樽を動かす事に成功したのである。


「よっしゃ……」


 中身がたっぷり入っていたお陰で、樽の淵に立つと言う行為はすんなり出来た。どこに体重を掛けても樽はどっしりとそこに居てくれる。

 リアンはいよいよ一階の屋根に手を掛けた。ここまで来ればダナ教兵士のリアンにとっては軽いもの。簡単に腕の力だけで屋根に這い上がり、物音を立てない様にそっとそっと屋根上を歩く。


「イメージは……猫よ……そう……猫……あたしは猫……にゃん」


 猫になり切ったリアンはハルの居るであろう部屋の外壁まで接近すると、そこにそっと耳を押し当てた。中に人の居る気配がする。

 窓側に回って中を確かめようとしたその時、微かにハルの声を聞いた。もう一度耳を押し当ててみると、それは何かの詠唱の様だった。


 魔術を行使する際に、効力の増加や時間の短縮の為に詠唱する事は多々あるのだが、それをするのは実は魔術初心者である。未熟な魔術を補う為のもので手練であればあるほど詠唱は省略しても同等の魔術が扱えるようになる。簡単な術であれば、だが。

 家を建てたり、農耕に役立てたりして、まるで手足の様に魔術を操るハルが今更……。


 何かの間違いだろうといよいよ窓側に回るリアン。一階の窓に比べて小さいが十分中の様子は分かるだろう。そしてそっと片目だけで中を覗き見ると、窓以外は本棚に囲まれた様な部屋で、中央の大きな机に向かうハルの横顔が見えた。そして両手をその机の上にかざしている。

 こちらに気付く気配はなかったのでもっと顔を出して良く確認するとハルの肩は小刻みに震え、その両手からは何か黒いものが溢れ出ていた。

 黒いと言っても実際に色が付いていた訳ではない。リアンがそう感じたのだ。良くない、黒いものが出ていると……。

 そして唇からは聞いた事もない詠唱が紡がれていてその一言一言に気分が滅入って来る。


「気持ち悪い……」


 思わず、うっと口元を抑える。吐いてしまいそうだった。それでも目が離せない。

 机の上に何があるのかは分からないが、確認出来ないくらいに小さなものと言う事は確かだ。その小さな何かにひとしきり黒い何かを注いで詠唱を終えると、ハルは自分の下唇に親指を押し付けて首を傾げ……そのまま動かなくなった。

 どうやら何か考え込んでいる様子だ。

 その目は前髪に隠れて見えなかったがふいに、ハルが机の上に視線を留めたまま、親指を唇に押し当てたまま、顎をあげ、その目が露わになる。


「はっ……」


 思わず、息を吸い込む。

 机のそれを見下ろすハルの目はどうみても正気ではなさそうだった。

 あんな、聞いているだけで吐きそうになる詠唱をしていたのだ。それでケロッとしていたらそれはそれで正気ではないだろう。なのでリアンはある程度の覚悟をしていた。今自分は、能天気そうに見えたハルの……ヤバい部分を見ているのだと。しかしハルの目はリアンの想像を遥か超えていたのだ。


 ――悪魔――


 出て来た言葉は、散々ダナ教で教え込まれた言葉だ。崖の上には、悪魔が居ると……。

 やっぱりそうなんだ、とリアンは思い知った。あんまり優しい声で話すから、ルシェもハルを信頼しているから、だからもしかしたら違うんじゃないかとダナ教を疑った自分は愚かだ。


「アールヤ……!」


 悪魔じゃないなら、あんな目で何かを思案する筈がないじゃないか。

 恐ろしい……とも違う、不気味……とも違うのだが、その両方であり、言い方を変えればとことん真っ直ぐで純粋なのである。正気を失っていると感じさせるほど、とことんまでに。

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