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フェイクウィッチ  作者: 焼肉一番


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8/18

兆し

 それから十数日が過ぎ、観察の結果二人の生活がどんなものなのかだいぶ分かって来た。

 基本的にこの崖の上から出て行くことなく、ここで生活出来る用意が揃っている様だ。

 食料は自給自足。野菜を育てるには劣悪な環境の筈だが出される素材はどれも美味しい。おそらく水の魔法や土の魔法を有効的に使っていると思われた。


 家が建っている場所は崖上の、一番高いところだが、そこからそう遠くはない場所に森に降りられる緩やかな傾斜のルートがある。一旦街からは離れて森の奥へと降り立つのだ。そこで肉の調達も可能だろうが、二人には肉を食べると言う概念がない。


 必要なものを作り出せる器用さもあり、服はもちろん、自分の嗜好の為にぬいぐるみを作ったり、木や石を削ってボードゲームを作ったりもしている。この前切ったハルの髪さえとってあって「ルシェが金髪だったらこんな感じかぁ」と、即席でかつらの様な物を作り出し、鏡の前でファッションを楽しんでいるのを見かけた時は本当に感心したものだ。


 そしてお風呂事情はかなり贅沢だった。行こうと思えば毎日でも行ける距離に温泉があり入浴が可能なのだと言う。中央都市でも個人の家に風呂があるなんてのは一部の富裕層だけであり、一般的にはお金を出してお風呂屋さんに行かねばならない。リアンもよく冷たい井戸水で頭を洗っていたものだ。

 街に降りなくても……、言い換えるなら、人の手を借りなくてもこんなに豊かな暮らしが出来るのだ。ならばわざわざ煩わしい人間関係を築くことなく、ここでルシェと二人だけで暮らしていても不思議ではない。


 ちなみに、一度もきこりらしい動きを見せた事はない。おそらく本人達もそんな設定は忘れてしまったのだろう。

 ただ、まだ分からないままの事がある。

 初日に家の外観を確認した時に、確かに二階があった。けれど、二階への階段が見当たらないのだ。足の石膏が取れたらそのあたりを探ろうとリアンは待ち侘びていたが、とうとう今日、その日がやって来た。


「ゆっくり曲げ伸ばしをしてみて」


 石膏が取れたリアンの膝元に顔を近付けてハルがそう指示する。

 リアンはハルに言われた通りにゆっくりやったつもりだったが痛みが走って身体がビクリと跳ねた。


「もっとゆっくり、本当にゆーっくりだよ」


「ゆ~~~~……っくり……」


 口に出して意識しながら曲げて、また伸ばす。違和感はあるが痛みはなかった。少しずつ早く出来る様になって、またハルに注意されてしまう。


「やっぱり若いから早いね。だいぶ良いみたいだけどあんまり無茶はいけないよ」


「分かってるわ!」


 言いながら試しにとその場を歩き回ってそれが無茶だと言われるリアン。しかし今までに比べて十分動ける様になった事が嬉しかった。


「それとこの杖を補助代わりに使うと良いよ」


 渡されるままにそれを使ってみるが、あるとないのでは大違いである。石膏が取れただけでもかなり身軽になったが、杖も使えばもうどこへでも行ける様な気分だ。


「どうしてこう言うの早く貸してくれなかったのよ! すごく便利だわ!」


「はは、それを渡したら君は何だか無茶をしそうだったからね。せめて石膏が取れるまでは大人しくしててもらおうと思ったんだ」


「人が悪いわね」


 そう言ってハルを睨むが、その目に怒りは感じない。


「きっとそのお陰で格段に早く良くなったと思うよ」


 そうしてその晩、リアンはルシェと共に温泉まで歩き、療養の為にもゆっくり温泉に入る事にした。


「ハル~、覗きに来ないでよね?」


「あはははは! そんなバカな!」


 こうやって子供扱いして笑われる事は分かっていた。リアンは真面目だが人を笑わせるのも好きだ。妹達を笑顔にする為の鉄板のギャグだってある。だからこれはリアンからハルへのリップサービスの様なものなのだ。


「でもさ、身体を自然の景色に溶け込ませる幻影魔法って意外と簡単だって聞いたわよ?」


「あははは! ああ、そうだね、でも幻影を破る魔法もそれ以上に簡単だし、出来ると思うけど試した事もないよ」


「ふぅん? 使い様だと思うけどなぁ」


 子供騙しだよとハルは笑い飛ばし、早く温泉に行っておいでとリアン達を送り出す。


「はーい」


「行って来ますね、ハル」


 自分の足で移動出来る喜び、気持ちの良いお風呂、可愛いルシェ。さすがにまだ包帯は取れていないので片足を出したままの入浴だったが、あまりのリラックスに石膏が取れたらやろうとしていた事なんてどうでも良くなってくる。だけど、それを先延ばしにしたらきっと……。

 お婆ちゃんになってもこの崖上でのんびり暮らしている自分を想像して首を振る。違う、自分がなりたいのはそんなのではないと。


「お姉ちゃん、怪我が治っても、記憶が戻らなければここに居てくれますよね?」


 ルシェの言葉にドキリとする。


「えっ? えぇ……どうかなぁ。あんまりお邪魔してても悪いし……」


「悪くないですよ! ルシェお姉ちゃんに居て欲しいです。あ……でも……記憶が戻った方が良いですから……えーと……良くない事を言いました……」


「ぐうぅ……」


 ルシェの可愛らしい葛藤にリアンはたまらず唸った。そしてまた一から心を作り直さねばならなくなる。自分はここでお婆ちゃんになりたいワケではないのだからと。


「ねぇルシェ……、ルシェはここでずっと、ハルと二人だけで暮らしてて良いの?」


「えっ?」


 ルシェの表情が曇る。


「あっ……ああいや、ハルは優しいし頭も良いし、ルシェを大事にしてるのも分かる。だからルシェが良いなら全然良いと思うんだけど……」


 そこまで言って、本当に良いのだろうかとリアンは思った。ルシェにとって、この状況は普通ではない。普通ではない事自体、ルシェは気付いていない。ここからルシェを連れ出せるのならその方が良いのではないか。


「もっとたくさんの人が居る所で暮らしてみたいとは思わない? あたしだけじゃなくて同年代の女の子もたくさん居る所。もちろん男の子も。きっと楽しいわよ」


「ルシェは……」


 リアンからふっと視線を外し、湯船に浮かぶ自分の顔を眺めてはそれを波立たせる。


「ルシェはハルと一緒に居ます。たくさんの人より、一人だけのハルが良いです」


 そう言ってまた顔をあげたルシェは笑っていたが、どこか寂しげだ。自分がその方が良いと言うより、ハルの為なのではないだろうか。何故だかそう感じた。やはりどうにも、ルシェにとってこの状況は良くない気がする。

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