あらわれた天使
リアンには年の近い妹も、年の離れた妹も居る。
年下の面倒を見るのは得意だし嫌いではない。それにルシェとのお喋りは予想以上に楽しく、気付けばすっかり花を咲かせていた。
本当は異性になんてそう興味はないし、どちらかと言うと色恋なんてロクでもないと思っているのだが、ふんふんと話を聞いてくれるルシェがとても可愛い。お姉ちゃんと呼ばれるのも、妹達を呼び起こさせるのだった。
「……て事でー、野性的であっても最低限の身だしなみは不可欠だって事が分かったわね?」
「分かりました。不潔は良くないです!」
ルシェが激しく頷いていると、部屋のドアが開いて出掛けていたハルが入って来た。朝早くに、少し離れた畑で農作業をしていたのだがその姿は清潔とは言えないだろう。
「なんだか楽しそうだね。外まで笑い声が聞こえたよ」
「あっ! お帰りなさいハル。すぐに身体を拭いてください。不潔なのはダメですから」
すっかりリアンに影響されたルシェは早速ハルにダメ出しを始める。
「あー、待って待って。畑仕事してたんでしょ? それで汚れるのは仕方ないわよ。むしろ野性的と言っても良いわ」
「なるほど!」
「問題はそこじゃない……」
えっ? えっ? と、ワケも分からずリアンとルシェの顔を交互に見るハル。リアンの方は何やら企んでいる様な顔ではないか。
「ちょっと来て」
その顔に妙な迫力を感じて、ハルは大人しくリアンに従い、ルシェと入れ替わる様にしてベッド脇の椅子に座った。ハルがなんだい? と言い切る前にリアンはおもむろにハルの眼鏡に手を伸ばしてそれを奪い取る。
「わっ! ちょっ……! それがないと何も見えないんだ! 返してくれ!」
ハルがそう言いそうな事くらい、この眼鏡の分厚さから言って分かりきっていたので、リアンは何も動じなかった。
「ほらね、やっぱり。あんたパーツは良いのよ」
ハルの訴えを綺麗にスルーして、リアンは偉そうに自分の顎を撫でながらハルの顔をそう評価する。
鼻筋は通っているし、輪郭も、唇の形も悪くない。薄汚れた眼鏡のレンズで常に隠れているが瞳は知的な印象である。ついでに言うと背もスラリと高い。
「ハルはイケメンって事ですか?」
ルシェが嬉しそうにリアンに聞く。
「いいえ、イケメンってのはねルシェ、顔が良いって事じゃないのよ。全体のバランスが必要なの。つまりは……これよこれ」
言いながらリアンは肩口から前へ下がっていた、ハルのまとめられた髪をがしりと掴んだ。少し持ち上げて毛先をチェックする。
「ほぅら、こんなにボサボサで痛んでる。これってこだわって伸ばしてるワケじゃないんでしょ?」
リアンも別に必要以上に見た目にこだわる方ではない。年頃の女の子と比べればかなり無頓着な方だろう。なので、手入れも出来ないような髪なら切ると言う選択をした。ハルはそれさえ出来ていないのだ。
「はは……切るのが面倒と言うか……、上手に切れないし。それなら伸ばしてこうやってまとめておけば邪魔にならないだろう?」
「まぁそんなとこじゃないかと思ったけど……知ってる? 金髪ってハゲやすいんだって。もちろん長髪にしてたら尚更よ」
「はは、そんな。医学的な根拠は……」
「まだ二十代でハゲちゃ可哀想です!」
リアンの言った事はもちろん嘘だったが、ターゲットのハルではなくルシェが盛大に騙された。
「大丈夫だよルシェ、そんなに急になくならないよ」
そんなルシェに、ハルは相変わらず緩く笑うがリアンが畳み掛ける。
「甘いわね。そうやってまだ大丈夫まだイケると思っているうちに自分で判断が出来なくなるのよ」
「どっ……どうすれば……」
「ルシェ? 何だか一日でずいぶんリアンに影響されやすくなっていないかい?」
いちいちリアンの言葉に反応するルシェに、ハルは困惑してそう声を掛けたが結局ルシェは次のリアンの言葉にもすぐに反応し、行動に起こしてしまうのだ。
「ハサミ持って来てくれる?」
「分かりました!」
「ルシェ?!」
それから……ハルが早々に観念した事もあり、ものの三十分だっただろうか。毛先は痛み、ボサボサで、艶のなかったハルの金髪はすっかり生まれ変わった。
「ふぅ、クラウドマッシュワイルドツーブロック……ってとこかしら。ほほほ」
「お姉ちゃん凄いです! ハル! めちゃくちゃカッコ良くなりましたよ!」
「ふっふーん、家族の髪を切るのはあたしの担当だったからね。あ、ああ、たぶんね、そんな記憶がある様な気がするからやってみたら出来たって感じよ」
そう言いながらリアンは慣れた手付きでルシェに持って来てもらった手鏡をハルに渡した。ハルは手鏡を色んな角度に傾けては自分の髪を確認し、いよいよリアンに向き直る。
「確かに大したものだねリアン!」
まだ眼鏡を外したままのハルは、自分でやっておきながらだがだいぶ男前が上がっていて、少しだけ照れ臭くなったリアンはそっぽを向いてこう軽口を叩いた。
「ま、これでしばらくは薄毛防止になるわね。髪質が細いから将来的には絶ーっ対絶ーっ対ハゲますけどー」
「お姉ちゃん! ルシェのも切って下さい!」
ベッドに座ったままハルの髪を切っていたリアンの横に、ルシェがぴょんと飛び乗って自分の髪を差し出す。
ルシェの髪はとても艶やかな銀髪で、天然で緩やかなウェーブが付いていた。そのまま伸ばしていてもなんら問題はない様に思えたリアンはこう提案する。
「ルシェの髪は綺麗よ。切るのはもったいないから……そうね、少し毛先を整えてあげる」
「それじゃ嫌です~。ルシェもイメチェンしたいです」
「えええ~もったいないよぉ~」
ハルにもやってあげて欲しいと頼まれ、しぶしぶルシェの髪にハサミを入れるリアン。あまり切り過ぎない様にと思ったが途中で短い髪もかなり可愛いのではと気付き、大胆にカットした。するとそこには……、魔女ダナの使いとして教会のステンドグラスに描かれている様な、クリクリの天使が現れたではないか。
「ぐはっ……! あたしは天使を生み出してしまった……!」
「とっても似合ってるよルシェ」
「鏡見せて下さい! わっ! 本当! ルシェ別人みたいです! お姉ちゃんありがとう!」
「素材が良過ぎたわ……。あ、ちょっとここ長いのが一本……」
そう言ってルシェの髪を整えながら、リアンははたと思ってしまう。
――あれ? あたし何やってるんだろう……――
正直、リアンは今二人との時間を楽しんでいた。ダナ教の兵士が、崖上の悪魔と楽しく過ごして良い筈がない。
「また伸びたら切ってくれますか? お姉ちゃん」
天使がそう言って小首を傾げる。
「うぅっ……! まっ……まぁ厄介になってるからね、ご飯も食べさせてもらってるし、この足じゃろくに家の事も手伝えないから、あくまでその借りを返すと言う意味合いでまた切ってあげるわ。決して善意とかじゃないの。分かった?」
「良かったねルシェ、また切ってくれるってさ」
「はい!」
「ねぇちょっとさっきあたしが言った事ちゃんと理解した? ねぇ?」
何とかこの状況に言い訳を付けたいリアンだったが、二人の中ではまた切ってくれると言う事実だけが大切らしい。とても満足した様に微笑み合い、そろそろご飯の用意だと言って部屋を出て行ってしまった。その後姿を見送りながら、リアンは溜息を吐くのであった。




