黒い翼
あの苦しい夜を超えて魔女になり、また月が登った。今宵は満月だ。神秘的な明るさが魔女におあつらえ向きである。
リアンとハルは大きめのフード付きマントですっぽりと身を隠したまま、ダナ教本部がある街の中心部へと現れた。
そこは相変わらず黒い翼で溢れ、現司祭、フロディ・スラの肖像が飾られている場所まである。
「趣味悪いわ……」
かつてあんなに素敵に見えていた街並みが今は張りぼてにしか見えない。しかも極めて悪趣味だと思う。見る度に心震わせたあのダナの時計塔も、あの頃の自分を含め全部壊してやりたい程だ。
「さっさと済ませてルシェのとこへ帰るわよ」
すっかりリアンに従うかたちになったハルは素直にコクリと頷く。ルシェが目覚める時には傍に居てやりたい。
まだ時間も早かった事もあり、この辺りはかなり人の通りも多い。さぁ、舞台は整っている……。
時計塔のダナを見上げていたリアンはおもむろにそのマントを脱ぎ捨て、漆黒の翼を広げた。
またその美しさにハルの胸は高鳴るが、リアンにしてみればもう身体の一部だ。
「きゃっ?!」
「え……?」
「なんだ?」
バサリとそこそこの音がして、通行人がリアンに気付くと、その翼に途端にざわざわし始める。まだ騒ぐのは早いとばかりにハルが言った。
「さぁリアン、見せて」
返事の代わりにリアンは羽ばたき、一気に時計塔の天辺まで飛んだ。そしてダナの彫像を足蹴にしてそこへ降り立つと、そこでまたその翼を誇示する様に広げる。
「きゃーっ!!」
「うわぁっ! 何だあれは?!」
「とっ……鳥じゃない……!」
さぁ、いよいよ街が騒ぎ出す。
満月を背に黒い翼を広げ、赤い瞳で街を見下ろすリアンは、魔女として十分な貫禄があった。人はその姿に恐れと憧れを抱いた事だろう。
「……」
リアンはたっぷりと時間を掛けてぐるりと街を見回す。……と、だんだん人が集まって来た。ダナ教の兵士も駆け付けて来たのを見計らい、チラリとハルを見る。ハルが小さく頷いたのを確認して、とうとうリアンは口を開いた。
「我こそは……」
リアンの第一声に、街中の人間が耳を傾ける。
「我こそは魔女。ダナである!」
途端に街がどよめいたのがリアンにも分かった。そしてすぐにシンとなって、リアンの次の言葉を待っているのも、良く分かった。
よし行くぞと心の中で呟いて、リアンは声高く何故ダナがここに居るのかを叫ぶ。
「我は……怒っている! 我の意思を無視して世界を支配しているダナ教をとても怒っている! ので……認めない!」
「うわ、凄い下手くそ……」
思わずハルがそう呟いてしまう程、リアンの演技は稚拙だった。
「我の、せいじゅっ……せっ、清浄の雷を喰らいたくなければ! みんなは今すぐダナ教信仰を、やめなさい!」
人はどんどん集まるが、どうもリアンを恐れる心がなくなって来ている気配がする。本当なら恐れおののいてこの場から逃げ出す人間が居ても良いのだ。
見た目の霊妙さと言葉の未練さがチグハグ過ぎて、リアンの言葉が民衆の心に届いていないのだろう。
このままでは……リアンを知る者が見たらリアンとばれてしまうかも知れない。一応、あの時ルシェが作ったハルの金髪のかつらも付けているが……あまりリアンに喋らせるのは得策ではなさそうだ。
しかし当の本人は、さて次はどんな言葉を喋ろうかと少しだけ楽しんでもいたのだが、ふと下を見ると、ハルがマントを脱ぎ去り、時計塔を囲む塀の上へよじ登ったのが見えた。
塀の上へ立ち、震える足を踏ん張ってハルが大声を出す。
「私を崖上の悪魔として迫害したダナ教よ! ダナの声が聞こえたか?!」
「んおっ?」
予定とは違う展開にリアンは多少驚いた。それに何より、ハルがこんな人前で大声を出し、何かを主張するなんて思わなかったのだ。意外にもハルの優しい声は遠くまで通り、耳触りが良く、演説向きの良い声ではないか。
「真の魔女の加護を受けしは……、この私だ!」
リアンに切ってもらった髪はまだ十分カッコ良く、背も高いので様になっている。
「ふぇ~、わたし……だってさ……」
なかなかの役者っぷりを見せ付けるハルにリアンは思わず肩を竦めてしまう。
「直ちに己が罪を認めよ!!」
ハルはそう言って右手を上げた。何の打ち合わせもしていないがリアンには何かの合図だと分かった。
「認めよ!」
ハルと同じ様に右手を上げてみる。
と、時計塔の近くで魔術による雷が発生してレンガ作りの広場の地面に小さな穴を開けた。もちろんハルだ。誰にも当たってはいない。
「ぎゃああっ!!」
「ダナの雷だ!」
この程度の魔術なら、ダナ教の兵士にはそこそこ使い手は居るだろう。だが目の前に黒い翼で空を飛ぶ、真っ赤な瞳の自称ダナがいたら……それは清浄の雷だと簡単に錯覚する。
この雷をきっかけに街中が大騒ぎになった。
あれが本当の魔女か? そうだ、翼がある。じゃあダナ教は何だったんだ? 騙されていたのか……?
「俺達はダナ教に……騙されていた……!!」
騒然となる時計塔広場。
駆け付けていたダナ教の兵士に詰め寄る者もいた。それを抑えようとする兵士に熱くなる民衆。そこここで起こった小競り合いがどんどん大きくなって行く。
「ダナは争いを望んではいな……っ! わっ!」
場を落ち着かせる為にもう一度雷をと思ったところで、誰かが争いに巻き込まれてハルの立って居る塀にぶち当たった。ハルは塀から落ちて近くに居たダナ教兵士に取り押さえられる。かと思えばすぐにリアンを信じた民衆に助け出されダナの加護をとせがまれる。
「まずいなこれは……収拾が……」
ぶわとハルの周りに風が起きたと思ったら、リアンが時計塔の天辺から降りて来てハルに寄り添った。
「わわ……ダナ様……」
「ダナ様だ……」
「どうか加護を……」
「アールヤ!」
どうやら大半の民衆はリアンをダナと認めた様だ。じりじりと離れて膝を付き、祈りを捧げる。




