空を飛ぶ
「さぁ、リアン」
ハルに促され、リアンは朝日の中で思い切り羽を広げる。
「あ……」
飛べる。と、リアンは感じた。何をどうすれば良いか言葉には出来ないが全部分かる。
バサリとそれを羽ばたかせると、簡単に身体が浮いた。翼の力でではない。羽ばたいたのはただのきっかけの様なもので、後はもう、飛びたいと思っているだけだ。
「ああ……! 凄い! 飛んでる……っ! ハル! 飛べるわ! あははは!」
子供の頃に誰しも一度は憧れた、空を自由に飛ぶと言う行為が出来ている。幼い妹達の面倒を見るのに早く大人になってしまったリアンは、その夢の現実に久しぶりに子供の様にはしゃいでいた。
「凄いよリアン! 完璧だ! 方向転換もすいすいやれてるじゃないか!」
その様子を下から見ていたハルも同じくらいに興奮していた。自分の作ったデュナミスの成果なのだ。
「身体が……翼が勝手に動くみたいに自由なの! ひゃっほー!! ほら見ててー! 一回転だって……!」
「あっ! 危ない!」
「ふぇっ?!」
調子に乗ったリアンは、崖上に一本だけ生えていた……ハルが生やしていた果物の木に突っ込んだ。
「うわぁっ!」
翼が上手くコントロール出来なかったとかではない。ただ単にリアンの不注意で、大切にされていた木はバキバキとその枝を折られてリアンと一緒に落ちてしまった。ルシェの大好きな果物の木だったのに……。
「だっ……大丈夫かいリアン?!」
「あいたた……はぁ……はは、まぁね」
ハルが慌てて駆け寄ったが、思ったよりもリアンは平気そうでまたハルは感動した。もともとリアンの身体は頑丈な方だがきっと更に頑丈になっているのだ。そうでなければそこそこ高い木の上から落ちて怪我一つないなんてあり得ない。
リアンにしてみればしなくて良い実験だったが、ハルはついでにとリアンの身体を調べ始めてしまう。
「本当に?! 本当にどこも何ともないかい? 首から行った様に見えたけど! ちょっと触るよ、可動域問題ない? こっちは?」
リアンを子供扱いしていたのは元からだったが、これではもっと酷い。まるで生まれたての赤子の心配をする親だ。実際リアンは魔女としては生まれたてではあるが。
「あーもー、大丈夫だってば! 近い!」
言いながら翼でハルをペシリと追いやる。すっかり手足の様に扱えるではないか。
「とにかく! 一旦休憩よ、一晩中苦しんでたから汗やら何やらで身体中ベットベトだし喉もカラカラ。温泉に行ってくるから着替え貸して」
「ああ……、そうか、ごめんいきなり飛んで見せろなんて言って」
「良いわよ、あんただってヘトヘトでしょ? でも温泉はあたしが先ね! 覗かないでよね!」
「ふふっ……ああ、覗かないよ」
あの時みたいにハルが笑い転げるかと思って言った冗談だったが、ハルはその意図を察したのか少しだけ笑い目を細めた。リアン的には拍子抜けで逆に恥ずかしい。
ダナ教からダナの加護を受けたお陰でお風呂も毎日入れるようになっていたリアンだが、温泉はまた格別だった。
「はぁぁ~~、気持ち良い~」
独り言にしては大きな声でリアンはしみじみ言って手足を伸ばした。
それは間違いなく自分のものだと思えるが……良く見ると爪が分厚くなっている。日頃の栄養不足のせいでいつも爪が割れるのだがこんなところにまでデュナミスの影響が出ている様だ。
正直、これから背中の翼を文字通り背負って生きねばならないと思うと大変だが、爪が丈夫になったのは嬉しい……なんて、わざと、極めて脳天気にリアンは考える。ほんの束の間の休息だった。出たら少しだけ眠らせてもらおう……。
「さて、リアン、これからどう動こう?」
仮眠もそこそこに、長年にわたるダナ教の支配をひっくり返す為に、二人の作戦会議が始まった。世界を変える大作戦だ。しっかりと打ち合わせる必要がある。
「どう動く? 気持ち的にはどうとでも出来そうな気分よ!」
生まれて初めて、リアンは体内の魔力と言うものを感じているのだ。そんな気分になるのも仕方がないが、魔力に恵まれているハルには通用しない。
「やれやれ、気持ちとか気分とか……。根性で清浄の雷も撃てたら……さすがにそう言うのも信じるけどね」
あれからリアンがどんな魔術を使えるかも色々と試したが、潜在魔力の使い方が空を飛ぶ以外にピンと来ていないらしくまだ何も出来ない有様だ。
「バカ言わないでよ。根性で清浄の雷が撃てちゃったらあなた達科学者とか廃業でしょ」
「……確かに。まぁ、とりあえずその翼で自由に飛べたらそれだけで民衆は信じる」
「ええ、だからどう動くも何もないと思うけど。ぐずぐずしている時間も惜しいくらいよ、行きましょ!」
「ええっ! 行くって……! いきなりどこへ?! 作戦は?!」
これは紛れもなく世界を変える大作戦であり、しっかりと打ち合わせる必要がある筈なのだが……。もともと考えるより行動派のリアンは、魔女化によってそこもパワーアップされたようである。




