破壊と再生
「で、ルシェみたいな才能がない人がデュナミスを使うとどうなるの? 死ぬの?」
「死ねないよ」
「死ねない?」
まるで死にたいみたいな言い方をするハルにリアンは片眉を上げる。
「デュナミスは大きく分けて、潜在魔力に作用する成分と、肉体に作用する成分の二つだ。だから潜在魔力のない君が使っても清浄の雷と呼ばれる程の魔法は使えない。そのくせ身体には大きな変化が現れるだろう」
まったくもって飲む意味がない。ハルはそのつもりで説明したのだが、リアンはハルの言葉に身を乗り出した。
「それって……一目見て魔女と分かるような?」
「そうだね。民衆の思う魔女ダナの特徴は黒い大きな翼だ。あとは真っ赤な瞳とか……。バカバカしい話だけど、もし姿を見せるなんて事になればそう言う部分も作る必要があった」
何か簡単な事の様に聞こえるが、ハルは歴史に名を残すであろう天才魔法科学者だ。ただの人間に翼を授けるなど、普通は出来る事ではない。
なるほどハルは天才だと改めて感心して、リアンは自分がデュナミスを使う意味を思い付いた。
「おどしにはなるわね」
「……リアン?」
リアンが独り言の様に言った言葉の意味を、やっぱりハルは理解出来ない。
「出来損ないの魔女だけど……あんた、死ぬ覚悟であたしをコントロールしなさいよ!」
ビシッと人差し指をハルに向けてそう言うリアンの瞳に迷いの色はなかった。
「見た目だけ魔女のあたしを表に立たせて、あんたが後ろでこっそり人を傷付けない程度の魔術を披露する、ほら得意だったでしょ? 本物の魔女はここに居る! って民衆を味方に付ける、そんでもってダナ教の化けの皮を剥がす! どう?」
今思い付いたにしてはなかなかの作戦だとリアンは満足げに腕を組む。しかしハルは当然やろうやろうとは言わない。
「どうって……。ダメだよ、最初からデュナミスは使わないって言っただろう? 清浄の雷を撃てなくてもリアンの許容範囲以上の魔力を強引に生み出すんだ。自我が崩壊するのは一緒なんだよ?」
「だからあんたに死ぬ気でコントロールしてって言ってるの!」
「死ぬ気でとか……またそんな根性論みたいな事を……。さっきそれでどうにもならなかったじゃないか」
「別にこれは根性論じゃないわよ! ルシェはあんたを信じてた。だからあたしもあんたを信じてみる。そんだけ。それしか思いつかないだけ」
「……」
ハルからしてみれば、リアンのそれはまるでふざけている様な発想だ。
だけど違う。それしか思いつかないと言って少しだけ目を伏せたリアンの横顔は真剣そのもので、どうにか大切な人を守りたいと言う健気な思いの到達点なのだ。
ハルはもっと他に良い方法はないだろうか、そう思って、思い続けて、気付けば事態はもう待ってくれないところまで来てしまった。
「僕なんかもう……何も思いつかないよ……」
「だったら、やるしかないじゃない」
ハルはリアンが卒倒する直前、自分に言った言葉を思い出した。
――あたしがこれを試す間にあんたも覚悟決めときなさいよね――
リアンの様な大胆さは時に必要だが、自分にはない。だけどリアンと一緒なら、肝が据わる気がした。
「……分かった。絶対君を、悪い魔女にしたりしない」
ハルの言葉に、リアンはニィと口の端を持ち上げた。
「ま、信じるわよ、それしかないし!」
そしてハルはとうとう、人生を掛けて研究したデュナミスの精製を始めた。保存が出来るものではないらしく、調合と、ハル自身の魔力と、様々なものを混ぜ合わせてデュナミスは作られる。例えレシピがあっても簡単ではない。ダナ教には仕上げが出来る人間が居ないのではと言ったのはこの部分だ。
「ルシェには強大な魔力も背負ってもらうつもりだったからその為の前薬も飲ませたけど、君の場合は必要ない。これがデュナミスだ。覚悟が出来たら飲んで欲しい。ただし保存が出来る物じゃないからタイムリミットは……」
「覚悟なら出来てるっての」
ここで時間を掛けたら余計な事を考える。自分も、ハルもだ。そう思ったリアンはひったくる様にハルの手からデュナミスを受け取るとすぐに口へ運ぼうとした。
「ああっ! 気を付けて! 君の場合、魔力がゼロの身体を大きく変化させるワケだからとても苦しい思いをすると思う!」
「……もぉぉ~~! 何で覚悟が鈍る様な事を言うのよ!」
「ごめっ……」
「でぇぇい!!」
ハルが謝る前に、リアンはもうデュナミスを全部口に含んでゴクリと飲み込んだ。
「ぷはぁっ」
「ああっ! リアン……、君って凄いよ……」
「やらいでか」
言葉の意味は良く分からないが、リアンの父が生前何か思い切った行動を起こす度にそんな事を言っていた。分からないままにリアンも使う様になったのだが……、いつもの様に、言った後不敵に笑う事は出来なかった。
「うっ?! ぐぅぅ……あああああ!」
リアンの身体に入った霊薬デュナミスは、器としてのリアンの品定めをするように、ゆっくりゆっくり細部までしみ渡ってはあらゆる細胞の破壊と再生を繰り返す。
「ああっ……! うあ……ああっ」
すぐに立っていられなくなり、ゴロゴロと床を転げ回る。気が狂いそうになる痛みを紛らわそうとその床を叩き付ければ、制御出来ない力が床に大穴を開けた。
「リアン! 苦しいだろう……ごめん、でも……どうにも出来ないんだ……。鎮静剤や保護剤を調合すればデュナミスの成分……」
「うがああああ!!!」
ごちゃごちゃと小難しい事を言い出したハルに黙れと言いたかったが、開きっぱなしの口から出たのは大量の唾液と獣の様な叫び。
「ぼっ……僕を殴って気が紛れるなら構わない!」
何をどうしていたって痛い。指先まで痛い。
作ったハルにはその苦しみが想像出来るのだろう。紛らわせる為に殴れと言うが、今は力の制御が出来なくなっている……今後もまた出来る様になるか分からないリアンに殴られれば首から上が飛ぶかも知れない。
「ふーっ! ふーっ! ふーっ……!」
「ごめん! ごめんよリアン! やっぱり止めようか! これからどれだけ君が苦しむのか分からない! 耐えられないなら今すぐ僕が殺してあげるから!」
悶え苦しむリアンを見て簡単に覚悟の崩れたハルの狂った提案は、まだ自我を手放していないリアンの耳にちゃんと届いた。ギロリと、意志を持ってハルを睨み、首を横に振る。
「リアン……! リアン……!」
うろたえる事しか出来ないハルに、今度はゆっくり、縦に首を振る。
大丈夫、耐えてみせる……と。
「分かった……! 分かったから早く自我なんか手放すんだ。僕が絶対に、君をコントロールしてみせる……!」
「ぐうぅ……ぐ……」
そうして、苦しみ続けて気絶しては、また身体をビクリと跳ねさせて苦しんで、また気絶してを何度も繰り返した。そんなリアンから目を背けそうになるのを堪えて、ハルも必死で言葉をかけ続けた。届いているかはもう、分からなくなったけど。




