「あたしが魔女になるわ」
「……はーっ……」
リアンは一つ、長めの溜息を吐いた。
「ハル」
「……なに?」
ルシェを撫でていた手を止めて、涙の浮かぶ目でリアンを見上げて小首を傾げるハル。
「あたしが魔女になるわ」
「……?」
「ふん! 嬉しいでしょ?! あたしは望んで魔女になるの。だからあんたが罪悪感を感じる必要もないわけ!」
あまりにも予想外の事を言われて、ハルは理解が追い付かない。
「えっ?」
遅れて理解した内容で正しいとも思えない。
「この話しの何に虫唾が走るって、何も知らない人を騙して魔女にするって事よ。全部分かった上で、あたしが望んで魔女になるわ」
どこまでリアンの言葉を正しく理解しているのか、ハルは固まったまま動かなかった。望もうが望むまいが、リアンがリアンでなくなる事は同じだ。
「そもそもレシピを渡したのはあたしなのよ。知りませんでしたじゃ済まない事をしたのは分かってる。そのせいで誰かの人生をめちゃくちゃにするくらいなら……、いや、あたしはダナ教を盲信して妹が危険な目に合ってるなんて露ほども思わなかった自分が許せないの。自分で散々バカな事をしていてあんたを一方的に責めた自分も大嫌い。そうね、言ってみれば嫌いな自分からの脱却だと思ってくれれば……」
「試して良いかい?」
リアン自身、信じてもらえない事を言っている自覚はある。もちろんふざけて言ったつもりはないが、自分がやらなければならない理由を並べてハルを納得させようと思った。同時に自分も。
簡単な事ではないが、一晩掛けてでも……と、そう思って喋り出したのだが、ハルはさっきまでの涙はどこへやら、涙とは違う何かで目を輝かせてそう聞くではないか。
「いっ……良いわよ……自分で言い出したんだし……」
「待ってて! すぐ用意して来る!」
「えっ……! ちょっ……すぐ?!」
嬉々としてハルは部屋を出て行き、二階へ上って何やらガタゴト準備をしてはすぐにまた戻って来た。両手には薬品の瓶が抱えられている。ついさっきまで怠そうに足を引きずってはこの世を嘆いていた人間のフットワークではない。
「……ったく……、ホントに研究者なんて人種は理解出来ない……」
「じゃあリアン! こっちの小さい瓶から順番に飲んでみてくれるかい?」
笑みまで浮かべて、グイとリアンに怪しげな小瓶を付きつける。
「ちょ、ちょっと! 確かに良いって言ったけど、ルシェやミゼールの時と違って躊躇いなさ過ぎない?! 飲むけど……飲むけどさ!」
あまりのテンポにさすがのリアンもたじろいだ。リアンだってこの世との別れを惜しみたい気持ちはあるのだ。魔女になる事がどう言う事か十分理解したし、死にたがりでもないのだから。
出来れば家族に手紙を残すくらいの時間は欲しいくらいだが……、そんな事をすればハルの罪悪感を刺激するだろうと思い、リアンは小瓶を受け取って蓋を開けた。
「平気だよリアン、これはデュナミスじゃない。デュナミスに耐え得る魔力があるかどうか見極める為のものだ。この薬の配分をだんだん増やしていって……何とも無いようなら望みはある」
「……なるほどね。あたしは黒髪なわけだし、明らかにルシェやミゼールより優秀な器ではないでしょうからね」
それなら薬を試す間に十分心も決められそうだと、リアンは小瓶に唇を近付けた。
「あ、あの……とりあえず、試すだけだから……。どんな結果になってもたぶん僕はデュナミスを使わないと思うけど、でも、リアンがそう言うなら試すだけ……」
「あたしがこれを試す間にあんたも覚悟決めときなさいよね」
そう言って一思いにリアンは小瓶の中身を口の中に流し込み、ゴクリと喉を鳴らす。すると次の瞬間には……、目の前が真っ暗になった。
「リアン?! リアン!!」
必死に叫ぶハルの声ももう届かない。リアンは一瞬で深い深いところまで落ちていた。
そう、リアンは第一段階で卒倒。つまりリアンには普通以下どころか、ごく少量の、ゼロに等しいくらいの魔力しかなかったのだ。
「……大丈夫かい?」
気付くとリアンは以前借りていたベッドの上に寝かされていて、ハルが心配そうに覗き込んでいた。
「うん……気持ち悪い」
いつもは大丈夫じゃなくても大丈夫と言ってしまうリアンだが、まだ視界には靄が掛かっている。今にも吐いてしまいそうに気分が悪くて、そんな強がりも言えなかった。
「ごめん、君にここまで魔術の才能がないとは思わなかったんだ。自信満々で魔女になるって言ってたし、てっきり得意なのかと思ったよ。得意どころか、あの段階で意識を飛ばすなんて……、君魔力ゼロじゃないか。逆に居ないよ、ゼロの人って」
「……魔力はなくても、根性はあるから大丈夫かなって……」
「冷やかさないでくれ」
当然だがリアンに冷やかすなんて気持ちは欠片もない。いたって真剣に足りない部分を根性で補おうとした。割とそうやって生きて来たが、今回は足りない部分があまりに大き過ぎたらしい。
魔術が得意じゃない自覚はあったがそれは潜在魔力とは関係ない。だが……、まさかこんな結果になろうとは。ハルがガッカリしているが、もっと残念なのはリアンだ。覚悟を決めて自己を犠牲にするつもりだったのに、こんなにカッコ悪い結果があるだろうか。
「……あからさまにガッカリしないでよ。デュナミス使うつもりはなかったんでしょ?」
「も……もちろん! でもこんなにも才能がない人って居るんだなって思ったら何だか切なくなって……」
「うるっさいわね! あんなの無理よ! ルシェなら間違いないわけ?」
「同じ薬で試した事があるけどけろっとしていたよ。もう十倍までは何の支障も出なかった」
当然本人には内緒でこっそり試したのだろう。それにしても、もう十倍までは……。その言い方に引っかかる。それはそれ以上を試した時に何かしら支障があったと言う事ではないだろうか。
「そこから先は?」
「そこからは先は……必要がないからやめた。ルシェにはミゼール以上の資質があるって分かったから」
「ふーん……」
リアンは特に鋭い方でもないが、妙に勘の働く事もある。今更取り繕わなくて良いと言ったらどんな言葉が出て来るか分かる様な気がした。




