ルシェはどこ?
ダナは二人も必要ない。
ミゼールがダナになればまた二百年は安泰だ。もしかしたら妹はあの鳥かごには入れられているのかも知れないが、自分が慰め役になって毎日でも会いに行けば……。
「今はダナ教本部に?」
「分からない! ダナの加護を貰った時に妹に会わせてって言ったのに場所もまだ教えてくれない! ニナも知らないみたいだった……」
「ニナ? あのニナかい?」
「元研究者で慰め役のニナよ!」
ハルからしてみれば妙な話しだった。特別強化兵士と言う名のダナ候補が居るのはもちろん知っている。銀髪と言えば極めて有望な器のはずだ。絶対に本部で囲っている筈。ニナも知らないわけはない。
とすれば考えられるのは……。
「何かしらの、過激な実験の結果……、人前に出られない姿になった可能性が……」
「なっ……!」
欲しい言葉をくれないどころか、遠慮の欠片もないハルにリアンは思い切り感情をぶつける。
「人を壊す薬だって分かってて! 何であんたはデュナミスを完成させたのよ!!」
表面上ハルはピクリとも動かなかった。だが心の中はもうずっと、色々なものが嵐の様に渦巻いていて、それを吐き出す事も出来ない。
「その薬をミゼールに使うって分かってからも研究を続けたわけ?!」
リアンがまたハルの嵐を強烈なものにする言葉を投げ入れる。その質問に素直に答えれば、ハルはまたリアンに軽蔑されるだろう。だが取り繕う意味もない。
「そうだよ……」
「……っ最低よ!」
「そうだ……僕は最低だ……。分かっていてデュナミスを作った……!」
リアンからの案の定な言葉を使って、ハルは自分を責めた。渦巻いていたそれを吐き出す様に。
「最初は何も考えていなかった……。ただ、研究が楽しくて仕方がなかった。魔法と科学が混ぜ合わさる神秘に、僕はすっかり魅了されてしまった。デュナミスと言う奇跡を再現出来る可能性に、抗えなかった。そうやって完成した薬が……、デュナミスが一人の人間を壊す事に気付いてからも、それを具体的に想像しなかった。出来なかった。……あの時、ミゼールに出会わなければ、きっと僕は何の疑問も持たないまま、彼女を壊していただろう」
「だったらどうしてくれんの!!」
収まらないリアンはテーブルの一点を見詰めたまま語るハルの胸倉を掴んでこちらを向かせた。
「顔も知らない誰かが苦しむより、自分の夢を選んだってわけね! さぁその責任をどう取んのよ!」
「……君が、ダナ教に渡したレシピは未完成だ……。完全なレシピは僕の頭の中にしかない。僕がこんな崖の上でデュナミスを完成させたとも思っていないだろうし……何より、仕上げが出来る人間がいないと思う……。伝説の魔女ダナ……、その伝承と同等の魔力を生み出そうと思ったらデュナミスを使う前に飲まなきゃいけない前薬があるんだ。その事は書いていないし……」
ハルの言う完全なレシピとは、あくまでダナ教が望む範囲のものである。黒い翼と清浄の雷が撃てる事だ。
「なに悠長な事言ってんのよっ! ダナ教だって十年遊んでたわけでもあるまいし、大きなヒントをあげちゃう事には違いないでしょうが! いい! こうなったらあたし本当の事言ってミゼールをさらって来るわ! そんでもって妹の居場所も聞き出してどっちも手に入れて来る!」
ハルの胸倉を掴んで揺さぶっていたリアンは急に思い付いてすぐさま部屋を飛び出した。
「え……」
されるがままだったハルはリアンの急発進に唖然とする。考えるより先に身体が動いてしまうのはリアンの性分だ。
ガッ! カッ、ガッ! カッ、ガッ……!
「……」
……ガッ! カッ、ガッ! カッ、ガッ!
片足を庇っているにもかかわらず豪快な足音が遠のいて、何故かまた近付いてくる。
「ルシェは?!」
開けたままだった扉から顔だけをひょいと出して、戻って来るなりリアンがそう言った。
この時はただ、聞いただけだ。お上品に話していたわけじゃないのに、どうしてルシェは何事かと顔を出しに来ないのかと。
しかし、ピクリとハルの指先が動いて瞳が揺れた。
「……?」
リアンの質問に答える気配はない。
「ハル……」
リアンは再び部屋へ入って聞いた。
「そう言えばハル、あの夜急いで帰るとか言って居なくなったけど、もしかして何か考えがあったの?」
「……ああ」
「ねぇ……」
ふと……、考えがあると言ったハルが、あの時去り際に見せた口元の笑みと、ルシェの銀髪が重なった。ザワと鳥肌が立つ。
「ルシェはどこ」
今度は質問ではなく、脅す様にハルに言うがやはりハルは答えない。埒が明かないと思ったリアンはいつもルシェが寝ていた部屋へズカズカと押し進んだ。
「嘘よねまさか、そこまで……やれる筈ない……、だから逃げ出したんだから……ルシェ!?」
気持ちを落ち着かせる様に否定の言葉を紡ぎながら見慣れたその扉を勢い良く押し開ける。
小さな木製のベッドの上で、ルシェは居た。ヒヨコの形にくり抜かれたヘッドボードはルシェのお気に入りだ。
「ルシェ……? ルシェ」
居るのに起きて来ない。こんなに豪快に扉を開けたのにそれでも気付かない。
「どうしたのルシェ……」
近付いてその顔を覗き込む。変わらず可愛らしいし、透き通る様な肌も血色は良い。小さな胸も上下しているし、生きている。だけどリアンの声に少しの反応も示さない。少し揺すってみても同じだ。これは明らかにおかしいではないか。
「どうしちゃったのよルシェ!」
ズルズルと引きずる様な音を立ててハルが部屋の入口までやって来た。振り返ってキッと睨み付けると、リアンが何も言う前にハルは扉にもたれながら口を開く。
「僕はこう考えた……」
ズル……ぺた。一歩ルシェへ近付く。
「あいつらよりも先に魔女を作り出して……」
ズル……ぺた。
「ダナの大神殿を浄化する」
「……は?」
「雷を……落とす……」




