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フェイクウィッチ  作者: 焼肉一番


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泣き出す大人

 その日のうちに、リアンはニナの馬で再び崖上を目指した。

 ニナの馬はダナ教から譲り受けた上等な馬で、調教もしっかりされていたので、あの捕獲作戦の時の馬よりだいぶ乗りやすい。

 ただ、捕獲作戦が何度も失敗に終わった事を考えると、ハルは自分のところへ来る者を崖上からすべて把握出来る。恐らくリアンがこうしてまた向かっている事も分かるだろうから、ハルに来る事を拒まれたら終わりだ。

 風で飛ばされるのか火で脅されるのか……、何があっても諦める気はなかったが、崖上まで続く緩やかな坂まで来ても、何の障害もなかった。都合の良い話だがきっとルシェが何か言ってくれたのだろうと、リアンは思った。


「よしよし、ありがとね、ホント良い子!」


 ここまで運んでくれた馬を労い杭に繋ぐと、リアンは改めて崖上の質素な家に一歩近付いた。もうリアンがここまで来ている事はとっくに知れている筈だが、特に出迎える気配はない。それどころか、中から物音一つしない。すっかり日も暮れていたので、街頭もない崖上であればこの時間帯に居ない事は不自然なのだが……。


「まさかの留守……だったりする?」


 何度も触れたその扉を開けて中の様子を覗き見る。


「……す……すみませーん……」


 ハルを連れ戻してやると勇ましくやってきた筈のリアンは、自信なさげにそう言いながら中へ侵入した。


「はぁ……留守とか拍子抜けなんだけど……」


 しかし考えてみれば、この場所はもうダナ教に知られているのだ。いつ居なくなってもおかしくはないではないか。留守ではなくて引っ越しの可能性だってある。そう思いながらいつも三人で食事をしていた部屋へ入ると、常に清潔に保たれていたそこは汚れた食器や良く分からない文字の書かれた書類、薬品等でテーブルも床も荒れ果てていた。

 そして更にはその床に……。


「ぎゃっ……! ハル?!」


 寝ているのか倒れているのか、分からないがとにかくハルがうつ伏せになっていた。

 何事かと近付き、はたまた死んでると言う可能性に気付いて慎重になる。


「ハル……」


 名前を呼んでゆっくり顔を覗き込むと、ハルの顔色は死人のそれではないと分かった。とりあえずはホッとしたものの、ここまで近付かれてもハルはまだ目をつぶったままだ。


「生きてるけど無事じゃないって事? ハル? ねぇハル!」


「……は……」


 おもむろにハルの目が開いて、そのネズミ色の瞳がリアンを捉える。


「……ああ……」


 状況が分かっているのかいないのか、ハルは生返事をしてのそりと上半身を起こした。


「何?」


まるで別人だとリアンは思う。

お節介な程リアンに気を配っていたあのハルは居ない。突然酷い裏切りをしたリアンが目の前に居ると言うのに、てんで興味のなさそうな顔だ。

だがリアンにはその態度に腹を立てる資格はない。幸い出て行けとは言われなかった。ならばせいぜいハルの興味が向くような話しをしてやる事だ。


「魔女は居なかった」


「ふぅん……」


「その代わりに……ミゼールって女性に会ったわ。あんたを待ってる」


「……は……あ……?」


その名は虚ろだったハルの目に少しばかりの光りを宿す。そしてようやく、今度ははっきりとリアンを見るとその顔に苦悶の表情を浮かべた。


「待ってるわけ……ない……」


もともと痩せ気味だったハルは、たった数日でもっと痩せてしまった様子だ。床に転がっていたせいで髪にホコリも付いてる。


「どうして逃げてるのよ。世界の清浄の為に新たな魔女を生み出す事が出来るのにどうして行ってあげないの?」


そんなハルが哀れっぽく見えなかったわけではない。だがリアンは前置きも経緯もなく、単刀直入に今一番言いたい事をハルにぶつけた。どうして、と。


「世界の……清浄……か」


バカバカしい事のように、そう呟いてハハと笑うハル。長い指を自分の金髪の中へするりと潜り込ませ、そのまま重い頭を抱える様な仕草を見せる。


「何を笑うのよ!」


「……」


 リアンの大声に怯える様に、ハルは頭を抱えていた両手を耳まで下ろしてそれを塞いでしまった。


「答えてよ! ミゼールはあんたを待ってるんだってば!」


 構わずもっと大きな声を出すリアン。


「十年よ! 十年もずっとあんたを信じて待ってるの!」


「ああ十年だ……待てるわけないよ……。何も言わずに居なくなったのにどうして僕なんかを信じられるんだ……」


「どうしてもこうしてもないわよ! ただ信じてる! だから待ってんのよ!」


「ぐぅっ……、うっ……うううっ……ミゼール……ミゼール……」


 最初から様子は変だと思っていたが……、リアンに喚き散らされたハルはとうとう情けなく泣き出した。


「え、ちょっ……、ちょっと……」


 大の大人が泣くなんてリアンには想像も出来なかった事だ。大人と呼ぶには何だかハルは頼りなさそうな雰囲気ではあったが、実際は何でも良く知っている、ルシェの保護者としても申し分ない、紛れもない大人じゃないか。メソメソ涙を拭う姿を見てたら、そんなバカな……と、リアンの方はいくらか冷静になった。

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