「僕は、ハル。こっちはルシェ」
「ルシェのせいです……」
とても細い、幼い少女の声。
「違うよ、僕のせいだ。もっと別の方法にしたら良かったんだ」
優し気な青年の声。
「でも……ダナ教の人達は風で優しく吹き飛ばしても、水を掛けて牽制しても、何度も襲って来るから……だから少し乱暴でも強力な炎魔法を披露した方が良いって……ルシェが言ったんです……。ハルはずっと反対してたのに……」
「でもルシェの言う通りだよ。最終的に賛成したのは僕だし、もっと威力を抑えれば良かっただけだよ」
「違う。風の防御魔法の上からならハルの言う通り丁度良い牽制だったんです。ルシェが見落としたから……」
「違う違う、ちゃんと僕も確認してから撃てばよかったのに全部ルシェに任せてしまって……」
「確認も何も、ハルはルシェの防御範囲にきちんと撃ってくれたんですよ。ルシェがもっと後方まで気を配っていたら良かったんです」
何て優しい……いや、お人好しそうな二人だろうか。
聞こえてくる声にリアンはそう思った。会話の内容は良く分からないが、お互いがお互いを思いやっているんだと感じる。
身体はずっしりと重く、瞼さえ上げる事が出来ない。だけど何だか、二人のお喋りは心地良い。
「仕方ないよルシェ、あんなに遅れて来る人が居るなんて思いもよらないじゃないか。そもそも……考えてみれば彼女が傷付いたのは僕の炎のせいじゃないじゃないか」
「確かにです……。別動隊ならもっと数が居る筈だから気付けたかもですが、彼女は一人でした。つまり部隊から落ちこぼれてしまっていたんですね」
「何馬身も離れていたからね、結局他の兵士にも見捨てられたかたちだったしお荷物扱いされていたのかな」
心地良かった筈のお喋りが何だかチクチクして来てリアンはううんと唸る。
「あっ、気が付いたかな?」
ここは一体どこなのだろう。自分の身体はどうしてこんなに重いのだろう。何だか考えるのがとても疲れる……。
「ルシェお水を持ってきます!」
その声と共に小さな足音が離れて行く。水と言う言葉に、ひどく喉が渇いている事を自覚させられたリアンは、とうとう重い瞼を上げた。
「水……」
そう発した声は掠れていて、喉にも痛みが走る。
「すぐ持って来てくれるよ」
寝たままのリアンを覗き込んだのは、優しそうな青年だった。
ずいぶん分厚い眼鏡を掛けているが、レンズ奥のグレーの瞳は美しい。しかし、その瞳に良く似合う金髪は、つまらない物の様に無造作に一つにまとめられ、到底美しいと言える様な艶はなかった。
「お水ですよ」
その青年の後ろからひょっこり、今度は銀髪の少女が顔を出す。
見た目通りなら七歳くらいの、まるで天使の様な、どこか中性的な美しさを持った少女だ。
「かっ……はっ……! ゴホゴホッ……!」
少女を見たリアンは思わず、幼い頃に生き別れた一番年下の妹の名を叫ぼうとして咳込んだ。ヒリヒリ貼りつくような喉の痛みに耐えるうち、そんな筈はないと冷静になる。
良く考えれば、三歳の時に別れたのだから顔かたちが今はどうなっているか分からないし、あれから九年経つのだから今はもっと大きい筈だ。
しかし、妹以外に見た事のないその珍しい髪色に思わず錯覚してしまったのである。
その少女の手には木製のカップが握られているが、リアンはそれに手を伸ばす事が出来ない。
「支えてあげるから」
察した青年がリアンを抱き起こし、そこへ銀髪の少女がカップを寄せてくれた。口元に寄せられたカップからそっと啜り、ほんの少し喉に水が流れただけでやっと目が覚めたような気分になる。
奪う様に少女からカップを受け取りリアンは一気にそれを飲み干した。
「はぁっ……はぁっ……何これ、すっごく美味しい」
「ははっ、ただの水だよ」
「本当に?!」
「本当だよ」
「だとしたら奇跡ね。この辺の湧水って事? 街に持ってったらこれだけでお金になるんじゃない? だって尋常じゃなく美味しいのよ! 商売にするべきだわ」
青年と少女は顔を見合わせ、そしてクスリと笑い合った。まさかリアンが目覚めた直後からこんなに元気に喋り出すとは思わなかったし、その内容も、美味しい水を売って商売を始めろと言われるなんて思いも寄らなかったのだ。
「残念ながら商売にはならないと思うよ。この水は本当に、どこにでもある普通の水だからね。ただ君は丸二日も寝ていたから、身体が水を欲して……」
「二日?! そんなに寝ていたの?! 大変!」
リアンの中から水の話しは綺麗にすっ飛んだ。さっきまで支えられていた身体を跳ねさせ、華麗にベッドから脱出……の、つもりだった。
だがその身体を支える為の足に力が入らない。勢いがついた身体を、結局また青年に支えられたのだ。
「うわはっ……!」
「おっと危ないよ、急に無茶しない方が良い」
「そうです。あなた全身ひどい怪我なんですよ。特に足は、何かに踏み付けられた様で骨まで達していたんです」
「骨まで……?」
気絶してしまった後の話しだ。
逃げ遅れた馬に、リアンの足は踏み付けられたのである。脛当ての上からだったのでグチャグチャにはならずに済んだが、かなり重症なのは間違いない。
それにしてもだ、丸二日も、連絡もなしにダナ教から離れるなどあり得ない。
理由だって最悪だ。作戦途中に負傷して見ず知らずの青年と少女に介抱されていたなんて、カッコ悪いを通り越して解雇ものだ。
そこまで考えて、リアンははたと気付いた。この青年と少女は、一体何者なのだと。
「あなた達は誰?」
ころころ変わるリアンの興味の対象に、優しい二人は困惑した表情を見せた。いや、困惑したのはそれではなく、単純にその質問に対してかも知れない。
「僕は、ハル。こっちはルシェ」
どこかぎこちなく、青年はハルと名乗った。そしてルシェと紹介された少女もまた、ぎこちない笑顔でペコリと頭を下げた。
「そう、ありがとうハルにルシェ。あたしを介抱してくれたのね」
「そうそうそう」
「うんうんうん」
二人が小刻みに頷く。どうにも不自然だ。
「あたし、どこに倒れてたの?」
「んっ?」
明らかに聞こえていると思えたが、ハルは聞き返した。
本当はリアンだって自分がどの辺で気絶したかなんて分かっている。しかし、あんな、崖上が目視出来るくらいの森の中を偶然通り掛かる人間なんて居るわけがない。
「ここはどこ?」
「えっ?」
質問を変えてみたがやはりハルは聞こえないふりをした。それにしてもヘタクソかとリアンは思わずにはいられない。
「ここは人里離れた森の中ですが、ルシェ達は木を切って暮らしている、森のきこりなのです!」
何も言えなくなっているハルに助け舟を出す様に、ルシェがそう言った。
「えっ! 斧もないのに?!」
そう言ったのはハルだ。困っているハルを助けようとしたのはリアンにだって分かったのに、ハルはそれを嘘だと言ってしまったのである。
「斧は今修理中ですから! ね! そうですよねハル! ね!」
「そっ……! そうだったそうだった! 修理してるからないんだった!」
そこまで言われてやっとルシェの意図を理解したハルはそうだそうだと大袈裟に同調してみせたが、それもそれであまりにお粗末なお芝居に見える。
「そう……なんだ」




