ハルの横顔
一方的に現れて一方的に消えたミゼールだったから、勝手にもう二度と会う事はあるまいと思い込んでいたのだが、案外あっさり再会の時は来た。
「ハロルド! ニナ!」
「……ミゼール!」
研究で疲れ切った頭を癒す為に、またニナと中庭を歩いていた時だった。
「素敵! 私の名前ちゃんと覚えててくれたのね! 私ったら勝手にきっとハロルドは忘れてしまうだろうって思ってたわ。あなたが聡明な科学者だって事はもちろん知ってるけど、なんて言うか……大事なこと以外は大事にしなさそうって思ったの」
「当たってる」
「ふふふっ! やっぱり! あ……、じゃあ私の名前は少しは大事だったって事?」
「そうかも知れない」
「嬉しいわ! ねぇ、ニナは当然私の名前覚えててくれたわよね? だって同じ女の子なんですもの!」
「まぁ……一応は」
「やっぱり! 私そう言うの分かるのよ!」
あの時と同じ様に、ニナの大切な時間にミゼールは急に裸足で現れて、一方的に好きな事を喋って、またすぐ消えた。その時のハルの横顔を、ニナはまた胸に刻む。
そんな事が、何度か続いた。
その魔力故、幼い頃から教団に囲われていたミゼール。この頃彼女には同い年の慰め役が常に傍に居た。
教団にとって大事な、唯一の魔女候補であるミゼールはほとんど教団に監禁されている様な毎日だ。好きな食べ物も、教養も、夢さえも、教団から与えられる。だが……、自由ではない。誰にとってもミゼールは名誉ある役割を担う羨むべき存在の筈だが、そこに関しては可哀想に思う者もいるだろう。
ある日、慰め役は少しでも外の情報をと、最近教団で有名なハルの話しを聞かせた。すると、ハルが自分と同い年だったせいか、想像以上にミゼールはハルに興味を示し、とうとう会ってみたいと言い出したのが事の発端だった。
慰め役の協力もあって、度々部屋を抜け出す様になったミゼールと、あれ以来、ニナに誘われずとも中庭を歩くようになったハルは、二人だけで会う事も増えた。逆にニナは、何となく中庭を避ける様になる。
その内なんとなくお互いの都合も分かって来た。うまく抜け出せない日もあれば、ハルがつい研究に夢中になってしまう事もあったが、いずれそんな事も減った。お互いに、会いたいと強く思う様になったからだ。
「デュナミスの研究は進んでる?」
「うーん、どうかな」
「やっぱり難しいの?」
「うん、どうしてもね、ある部分がクリアにならないんだ」
「そう……。ハロルドなら大丈夫よ。私気長に待つわ。今までは何の希望もなかった。ただ待ってた。でもあなたがデュナミスを作ってるって分かってから、私は希望を持って待てる様になったの。ニナも居るし!」
「……」
何年でも何十年でも待てると、ミゼールは言った。こうして時々ハルやニナに会う事は、ミゼールにとっては希望の補給の様な物だった。
しかし、中庭で二人がほんのひと時言葉を交わす時間はだんだん減っていった。すると逆に、ニナは積極的にミゼールに会いに行ったが、ハルは研究室から滅多に出て来なくなった。
「研究が忙しいの? もしかしたらもうすぐ出来るの? だから、お散歩してる暇もないのよね」
そう思い、希望を持ち続けたミゼールだったが、その内すっかりハルは現れなくなった。
「私……、何か嫌われるような事を言ったのかしら……」
一度希望を知ったミゼールは、ハルと出会う前より落ち込む様になってしまう。研究が忙しいだけだと言ってニナはミゼールを慰めたが、その嘘はニナ自身をも苦しめた。何も知らないミゼールにいっその事言ってしまいたい。傷付いているのは自分も同じなのだから。
――ハルは研究成果を持ってダナ教から逃げ出したのだ……と――
その話しを聞いた時、初めニナは信じられずに一度は笑い飛ばした。確かに最近様子がおかしい事もあったが、あんなに研究にひたむきで優しかったハルが、研究所の人間を裏切って逃げ出すなど考えられない。
しかしハルの逃亡は、ダナ教に背く悪魔が誕生したと教団外でも大きな話題になった。どうやらその話しが本当だと分かった時、ニナは怒りのままにミゼールにすべて話してしまいそうになった。
「もうすぐ完成だから私を驚かせる為に顔を見せないのかしら。ほら、ハロルドって隠し事が苦手そうでしょう? ねぇお願いニナ! 私知らないふりをするから教えて?」
しかし、なんとか希望を繋ぎ止めようとするミゼールに、ニナは本当の事を言うのをやめ、ミゼールが希望を持てる嘘を吐いた。
「ハロルドの研究は想像よりもうんと大変なもので、どうやらあと十年はかかる見込みなの。それで、ここよりももっと立派な研究所へ移ったわ。私よりも優秀な補佐役がたくさん居るから私はここで自分に出来る事をするつもり。ミゼール、あなたの話し相手になったりね」
ミゼールはすぐその希望に縋った。




