ネズミ色
あまりにもストレートなリアンの言葉にニナはぎょっとして階段を上る足を止めてリアンを振り返った。
「……あなた……せっかく手に入れた加護を台無しにしたいの? それはダナの意志に……」
そう言えば大人しくなると、司祭もニナも思うのだろう。リアン自身もそうなるのが普通だと思うし、そうならねばならないと思う。ダナ教の兵士になってから……いや、ダナ教の兵士を目指した時から、ダナの加護をもらうのが目標だったのだから。
しかしリアンは、ほとんどラッキーでもらったダナの加護に縋る様な性格ではなかった。簡単に手に入れた物は簡単にその手を離れる事を知っているのだ。
それにハルを崖上の悪魔なんだと決め付けられるほど薄情でもなければ、一度持った疑問をそのまま放っておけるほど無欲でもない。
「ダナの意志に反するから詮索はするな……それは司祭様にも言われました」
「だったら黙ったら? どうしてしつこく詮索しようとするの?」
どうして……か。簡単に言えばハルのあの言葉が頭から離れない、それだけだ。
「私、崖上の悪魔と会ったんですよ」
ニナの顔色ががらりと変わった。
「なんですって……」
階段で半身を返す様にリアンを振り返っていたニナだったが、とうとうしっかりとリアンに向き合い、真っ直ぐに聞いた。
「本当?」
「はい。悪魔は言いました。魔女ダナは、どこに居ると思う……?」
「……で、彼女が実は魔女なんじゃないかって?」
もしそうだとしたらハルにはずいぶんと思わせぶりな事を言われた事になる。しかしその方が、彼女の浮世離れした雰囲気も、この異様な居場所もすべて納得が出来る。きっとあの鳥かごにも自分が思いも寄らない崇高な理由があるのではないか……そう思えた。
「はぁ……まぁ……」
「こんなところでする話しじゃないわね」
そう言うと、顔を背け階段を歩き始めるニナ。リアンは黙ってその後に続き、あの白い廊下の途中の部屋まで戻った。そしてその扉をしっかりと閉めてから改めてニナが言う。
「さっきの話しが本当なら……崖上の悪魔はどんな風貌だったか言える?」
「一見悪魔とは呼べない様な……ああ、いえ、もちろんダナにとっての悪魔ではあると思うのですが見た目だけで言うとですね……」
本当に見た事があるのだから簡単だと思ったが、ハルの風貌はもしかしたら嘘だと思われる可能性がある。少し慎重にならねばとつい歯切れの悪い言い方になってしまうリアン。
「見たまま……あなたが思ったままに言って良いわよ」
「あ……はぁ……。私の見たままに言うなら背の高い、金髪の男です」
ニナのお言葉に甘え、簡潔にそれだけを言ってみる。どうもこの答えは間違いではなさそうだ。その証拠にニナは小さく頷き、次の質問をする。
「瞳の色は?」
「ネズミ色ですかね」
「ふっ……」
――笑った? ――
その答えに満足したのか、ニナの表情は何かに期待する様相を帯び、眼鏡の縁を光らせてはまたひとつ頷く。小さく「良いわ」と言いながら。そして中央のテーブルに座る様にリアンを促すと、自分も椅子をひいて腰を落ち着けた。
「まずはあなたの話しを聞かせて」
「え……私の話し……です? か?」
ハルの話しを嘘偽りなく話すとなると、自分の初任務がいかに間抜けかだけでなく、崖上の悪魔に足の治療を受けたと言う……良く分からない事実もある。正直隠しておきたい部分もあるが……。
「全部……正直に話しますから……これから言う事、兵団や司祭様には内緒にしてくれませんか?」
そんな交換条件を出せる立場じゃないのは分かっていたが、ニナはその言葉にも頷いてくれた。もしかしたらハルの近況と言うのはニナも知りたい事なのかも知れない。その証拠に、何やらニナから話しを急かすような雰囲気さえ感じる。
リアンは覚悟を決める。飛び込んでみなければ、ハルのあの質問の答えには一生辿り着けないだろうから。
「では話しますがあの日……、騎馬隊での悪魔捕獲作戦に参加した私は、初めての乗馬にかなり手間取る事になり……」
「えっ? 騎馬隊に志願したのに乗馬が初めてってどう言う事?」
「まぁそう言うのも含めてもろもろ全部内緒にして欲しいんですけど……。とりあえずそこ重要じゃないんで続けますね?」
ニナが小さく「重要じゃないんだ……」と意外そうに呟いたがリアンは構わず続けた。
あの日の出来事を嘘偽りなく。ルシェの事も全部、ニナに話して聞かせた。
その間、ニナの眉毛は良く動いた。眉間に寄ったり、見開かれた両目の上で弧を描いたり、片眉だけキュッと上がったり……。時々その口元も何か言いたそうに動く瞬間はあったが、とりあえずリアンが話し切るまで口を挟む事はしなかった。
「……そして兵団寄宿舎の前で追いかけて来たハル……悪魔に言われたんです。魔女はどこで何をしていると思う? って」
「……そう……。で、そのルシェって子は何か普通と違ったところはないの?」
一通り話し終え、まずニナが追加の情報を求めたのはルシェについてだった。崖上の悪魔に小さな女の子の仲間が居るなんて誰も想像しなかったに違いない。
「全然普通じゃないです」
「どう普通じゃないの?」
「異常に可愛いです」
「……」
至って真面目にそう答えるリアンに、ニナは次に何と言うべきか言葉を詰まらせた様だ。しかしリアンはちゃんと顔以外のことにも言及した。
「ちゃんとご飯は食べてたし栄養不足ってワケじゃないと思うけど……普通よりだいぶ小さくて、十二歳って言ってたけど見た目は七歳くらい」
「へぇ……そう……」
「更にルシェは綺麗な銀髪で、勿体ないとは思ったけど髪を切ってあげたらそれはそれでまたとんでもなく可愛く……ああ、その銀髪が自分の妹みたいで余計に可愛く感じている可能性はありますがそれを差し引いてもだいぶ天使寄り……」
「待って? あなたの妹さん、銀髪なの? その……ルシェやミゼールの様な?」
腕を組み、興味深そうに聞いていたニナはふと顔を上げてリアンに確認する。
「はい、珍しいのかと思ってましたがそうでもないみたいですね。今は特別強化兵士として訓練を受けています」
なんて事はないとそう言ったリアンだったが、ニナのその瞳が興味深そうに輝いた。
「ふぅん、色々と聞き応えのある話しだったわ。そして? ミゼールがダナなんじゃないかって?」
「はい……まぁ少しだけそう思います……自分でも何言ってるんだろうって気もするけど……」
リアンから視線を外してニナはぶっきらぼうにこう言った。
「半分正解よ」




