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フェイクウィッチ  作者: 焼肉一番


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ミゼール

「彼女は?」


 幹部以外立ち入り禁止区の一室にいるのだからかなりの役職なのであろうが……、司祭を前にして膝を付かずにそう言うニナ。こんな事が許される人間がこの国に何人いるだろうか。


「ダナの子リアンだ。怪我をしているが慰め役に」


 司祭のこの言葉にリアンは大いに慌てる。


「ななな慰め役?! ええっと私、あんまりたぶん向いてないと思うんですけどっ! 器量も悪いですし年の割に発育も良くないし経験も……!」


「随分下世話な事を言う娘ですね」


 慌てふためくリアンを冷たい目で見てニナが突き放す。慰めると言う言葉には確かにリアンが勘違いした様な、男女の行為を指し示す事もあるがそれはあくまでおおっぴらに言わない為の隠語である。すぐにそっちで解釈してしまうリアンは確かに下世話だ。


「はははっ……いや失礼。言っただろうダナの子リアン。ある女性の話し相手になってもらうと」


「でもっ……本当にそれだけですか?」


 まさかそれだけの筈がないと、リアンは心のどこかで疑っていたのだ。そんな様子のリアンを見てニナは続けた。


「相応しくないかと」


「彼女の功績で、もうすぐこんな役割を担う人間も不要になる。それまでの間だ。怪我をしているのに訓練に戻りたいと言う敬虔さに免じて」


「……はぁっ……分かりました」


「頼んだよ」


 短くそう言うと、司祭はくるりと背を向けて来た道を戻った。一緒に来るものだと思っていたリアンはその背中に深々と頭を上げて言う。


「ありがとうございました!」


 しばらくリアンにそうさせてから、扉から顔だけを出していたニナがそれを大きく解放してリアンを招き入れる。


「……入って」


「はっ……はいっ!」


 言われたままに一歩中へ入ると……、香でも炊いているのかとても心が落ち着く匂いがする。


「ここは……?」


 リアンはきょろきょろと辺りを見回してしまった。ここはとても上品な……女性の部屋と言った様子で、お茶用のテーブルセットやソファ、ベッドまであるではないか。


「こっち」


 言葉少なにニナがリアンを先導する。丁度入口の反対側に同じ様な木製の扉があるのが見えた。その扉を開けると、今度は無機質な白い廊下がしばらく続いていた。ここに来るまでも同じ様な廊下を通ったので、廊下と廊下の間にこの部屋が設置されている様な作りだ。

 カツカツと杖を響かせニナに付いて行くリアン。そんなリアンを時々振り返りながらニナは突き当りまで歩き、重厚な白い扉の前で手をかざした。封印の魔術が施されている様だ。

 すると、重そうなその扉は一度青白い光を放ち、ニナが手を掛ける事なくスッと開いた。その向こうに階段が現れる。幹部だけが入れる大神殿の地下……なんて、リアンくらいの下層の兵士の間ではただの噂話しとして聞いた事がある程度だったが、どうやら地下があるのは本当らしい。


「行きましょう」


 ニナに促されて階段を下りる。一見するとその終わりの見えない長い階段であったが、とうとう階段の終わりが見えてその向こうから明るい光が見えた。今降りて来た階段も別に薄暗かったわけではないが、もっと白くて清潔な光だと感じる。日の光ではなく、特別な鉱石の発光だろう。上流の家庭ではランプの代わりに使われる希少な鉱石だ。


「ニナぁ!」


 その光の方から、無邪気な少女の声が聞こえた。

 ニナが、その場所へいよいよ足を踏み入れ、顔を出したと同時だった。


「ええ」


 そう言って迎えられるのが慣れている様で、ニナは声の主に軽く返事をする。

 この声の主が、話し相手を欲しがっている女性なのだろうと思ったリアンは、ニナの背中からそっと中の様子を覗き見た。


「やっぱりもう一人居るわね?!」


 足音ですでに気付いていたのか、ニナの後ろのリアンを見付け、その声は嬉しそうに一層弾む。


「え……」


 そして、リアンの目に飛び込む、その無邪気で嬉しそうな……声の主。


「今日はニナ以外にも私と遊んでくれる人が居るの? まぁ、初めて見る女の子!」


 言っている事も感情の出し方も、ルシェよりももっと幼い少女だと感じる。だが、その声の主はハルやニナと同じくらいの、美しい大人の女性であった。


「ねぇもっと近くへ来て?」


 彼女は見た目とは不相応な喋り方と仕草でリアンを自分の方へ来る様にと促した。

 それは彼女がその部屋の中央に置かれた、まるで巨大な鳥かごの様な、鉄格子の中に閉じ込められていて自分から走り寄る事が出来ないからだ。


「……」


「行ってあげて」


 リアンが戸惑っていると、ニナがそっとリアンの背中を押した。


「あっ……はい……」


 近付いてくるリアンをワクワクと見詰める女性。下の妹やルシェと同じ、銀色の髪だ。もしかして銀髪と言うのはそう珍しい髪色ではないのかも知れないと、リアンは考えを改める。

 とてもアンバランスで、怖いくらい美しい。言葉では説明出来ない危うさ。心がざわざわするのは何故だろう。

 ――もしかしたら、この人――


「まぁ! とても綺麗な顔をしているのね!」


 目を真ん丸にしてリアンを見るその表情も、まるきり子供のそれだ。


「いや、まさか……綺麗だなんて……」


 鳥かご……、鳥は入っていないので鳥かごではないのだが、リアンにはどうしてもその鉄格子が巨大な鳥かごに見える。リアンはその鳥かごの真ん前まで来て、ストレートな褒め言葉に下を向く。すると、鳥かごの中から彼女の白い腕が伸びてリアンの髪を触った。


「でも……どうしてそんなに髪を短くしているの?」


 言いながら小首を傾げるその仕草はとても幼い。


「ええっ?! それは……手入れとか、邪魔ですし……」


「やだ! 女の子なんだからもっと伸ばしたら良いのに。きっと似合うわよ。そしたら、そうね、この辺の髪を少し編んで……ねぇ! ニナもそう思わない?!」


 優しい手付きでリアンの髪を撫で、すぐ後ろに来ていたニナに同意を求める。


「いきなりそんな事を言っても、彼女困ってるわよ?」


「ええっ? 困ってる?」


「はぁ……」


 リアンは髪を弄られながら、顔を上げて目を合わせてみた。


「ごめんなさい、自己紹介もしないで。でもここへ来る人はみんな私の事を知っているからてっきりあなたもそうだと思ったの。違ったかしら? ねぇ? あなたのお名前は? どこから来たの? ニナのお友達? いつまで遊べるの?」


 矢継早に質問を浴びせられたリアンは、混乱し、こう答えるのが精一杯だ。


「えっと……? 最初の質問て……何でしたっけ?」


「あはっ! あはははは!」


「ほら、困ってる。ちゃんと自己紹介したらどう?」


 とうとう白い歯を見せて笑い出した彼女を、まるで子供に言い聞かせる様な口調でニナが窘める。


「うふふっ! ごめんなさい、私……今はただのミゼールよ」

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