その後の話 二
「薬草園?」
温和な丸顔で、だがその顔付きに比べてがっしりとした体格の男が、書状を差し出してきた小姓を前に、首を傾げる。
「伊吹の山にか。確かに薬草と言えば伊吹が名産ではあるが……」
自ら薬研を引いて薬を調合する程度には、薬に詳しくはあったその男の名は、徳川家康といった。
「信長公がバテレン達に命じて作らせたとのことでございます」
「バテレンか……」
若かりし頃に一向一揆の平定で苦しんだ経験がある家康は、『神や仏を信じる集団』というものが、どうも得意ではなかった。
かつての主君である信長公も、イエズス会を保護はしたものの、神、どうやらデウスと呼ばれている唯一無二の神を信じることはなかったという。
あの主君なら、そうなることだろうが、神も仏も信じない男の保護下に入ったイエズス会は、一体どういう腹積もりだったのか。家康にはわからなかった。わからぬものには深入りしない、が彼の信条でもある。
「で、そのバテレン達が、庇護先を探している模様」
「ふむ……」
「薬草は三千種類にも及ぶそうで」
「なんと、三千種とな。しかし、伊吹か……」
家康は沈思する。
「近江のあたりは、微妙に厄介な土地であるしな」
清洲の大評定。参加はしていなかったが結局それは、羽柴秀吉と柴田勝家の間の火種の上に、薄く砂を撒いただけである。つまり、
「……近々、またあのあたりで戦が起こるのでは、とわしは踏んでおるのだ」
あの明智光秀を討ち果たした羽柴秀吉のほうが、遠く北陸にいて何も出来なかった柴田勝家よりは功績が大きい、と見なされたのか、領土の配分などで両者の立場は逆転した。織田家の宿老である柴田勝家の領土を、成り上がりで知られる羽柴秀吉の領土の広さが上回ったのである。
しかしながら、柴田勝家は、信長公の妹であるお市の方を娶った、という。
話によると、何故かそれは秀吉本人の意向だったという。
領土配分に不満を持ったであろう勝家に、秀吉が若き時分より長年深く懸想していた絶世の美女、お市の方を差し出して『まあまあこれで何卒』などという男ではないことは、家康もよく知っていた。
あの会議でおそらく、何かが起きたのであろう。曲者が出た、という噂まで耳にした。
「……だがあれは、欲しいと思ったものは、どのような手を使ってでも、絶対に手に入れる男よ。信長公も、そういうお方ではあったが、それとは少し違う。何かこう、もっと、何というか……うむ……」
信長公のもつ、一種わかりやすい恐ろしさとは異なる、得体の知れない恐ろしさ。人好きのする笑顔の下にそれを持ち合わせた『猿』と呼ばれる男、羽柴秀吉。
そしていつかきっと、自分の前にも立ちはだかる男である。
「……返事は、もう少し情勢を見てからで良かろう」
「では、そのように」
信長公の遺した三千種類もの薬草が薫る薬草園。一体どんな場所なのだろうか。なんとも魅惑的だが、今自分が近江のあたりに首を突っ込むことは、どうも危険な気がした。
武将としての直感が、そう告げている。
そしてこの年の十二月。
和睦を反故にし大軍を率いた秀吉の軍勢により、近江北端の賎ヶ岳で、羽柴軍と柴田軍の戦いの火蓋が切られることとなった。




