8 礼拝堂の影
――Seek Light Where L. S. F.
石板に刻まれた、かすれた文字。
エドガーとトマスは自習時間の図書室にいた。
人の少ない奥の棚の間。冬が深まり、寄宿舎でもストーブが焚かれ始めたが、窓際のこの一角はまだ冷たく、二人は肩をすくめながら“妄想ノート”を広げていた。
「L・S・Fってなんだろう?」
トマスが眼鏡をくいと上げる。
「“光を探せ”……だから、“Seek Light”までは確かだね」
エドガーは寄宿舎の構造を写したページを開き、石板のあった位置を指でなぞった。
「暗号を残した人は“遺産”のありかを静かに伝えようとしてる。
もし L・S・F が“Linden Shadows Fall”なら――」
指先が中庭のリンデンの木をなぞり、そこから半円を描くように動く。
「太陽の角度とともに影がここまで伸びる。石板はちょうどその線の先にあった。つまり、暗号を刻んだ人は“影”を観測していたんじゃないかな」
トマスは息を呑み、エドガーの指の動きを追う。
その指先が影の軌跡を越え、さらに遠く――地図の端、古い礼拝堂の位置で止まった。
二人は同時に顔を上げ、囁くように言った。
「……礼拝堂」
エドガーは静かに頷き、トマスの薄茶の瞳が興奮にきらめいた。
◇◇◇
翌日の昼食後。
この日ばかりはトマスもパンを飲み込むように食べ、二人は息を白くして外へ飛び出した。
校舎の裏手を抜け、並木道を駆け抜ける。冬枯れの木々の向こう、石造りの礼拝堂が薄く陽を受けて立っていた。
礼拝堂――寄宿舎の敷地でもっとも古い建物。
朝と日曜の礼拝以外は固く施錠され、教師と神学生以外は立入禁止。
霧の濃い夜には“鐘を鳴らす幽霊”が出ると噂され、生徒の間でも近づく者はいなかった。
だからこそ、昼間に偵察しておこうと二人は考えたのだ。
正面には尖塔と重厚な扉。
黒ずんだ石壁に蔦の残骸が絡みつき、冬の光がステンドグラスを鈍く反射している。
扉の上の薔薇窓には、初代国王の紋章が色褪せた赤で描かれていた。
雪を帯びた空気がひんやりと肌を刺す。
トマスが正面扉の取っ手を引くが、やはりびくともしない。
目を合わせ、無言で建物の脇を回り込む。窓は高く、子どもが届く高さではない。
裏手まで来ると、石壁の影に、木製の小さな扉があった。使用人が掃除に使う通用口だ。
トマスが錆びた取っ手を握ると――
カチャリ、と小さな音。
扉が少しだけ開いた。
二人は思わず息を止めた。
「……開いてる」
エドガーが扉の内側を覗く。鍵は完全に錆びつき、壊れている。
掃除用具の棚を抜けると、もう一枚の扉。
取っ手を押し下げると、きい、と小さな音を立てて開いた。
空気が変わる。
そこは、祭壇の裏側だった。
高い天窓から射す昼の光が、青や赤のガラスを透かして床に色の帯を描く。
長椅子が静かに並び、蝋燭の香りがわずかに残っている。
冬の礼拝堂は冷たく、しかしどこか柔らかい光に包まれていた。
トマスは中央の通路を駆け抜け、天を仰ぐ。
「すごい……! まるで光の森みたいだ」
その声が高い天井に反響する。
「トマス、声が響く」
エドガーが眉をひそめる。
慌てて戻ってきたトマスとともに、二人はそっと通用扉を閉めた。
◇◇◇
並木道を戻りながら、トマスが言う。
「自習時間じゃ短すぎる。夜に行くしかないね」
「でも、見つかったら停学じゃないかな」
「オバケより懲罰部屋のほうが怖いな」
「僕はどっちも嫌だ」
トマスは自分の体を抱きしめながら笑う。
エドガーは青いマフラーを鼻まで引き上げ、じっと彼を見た。
「待て。君、懲罰部屋に入れられたことがあるの?」
「あるよ。倉庫探検で備品を壊してさ」
「……やっぱりね。トマス・リンデル、前科者だった」
「楽しみだね!」
「僕は緊張する」
「でも行くよね?」
「……うん」
彼らの頭上で、乾いた枝が小さく鳴った。
一枚の葉がはらりと落ち、霧の風に攫われていった。




