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7 霧の中の印


 夕方の自習時間、いつものように二人は課題を早々に終わらせ、中庭へ続く石の回廊に出た。

 首に巻いたマフラーから白い息がふわりと上り、エドガーは片手で青いマフラーを鼻の上まで引き上げる。

 隣でトマスは、吐いた息で眼鏡を白く曇らせていた。


 中庭を囲う木々はすべて葉を落とし、中央のリンデンの木だけが、わずかに茶色の細い葉を残している。


 二人は並んでベンチに腰を下ろした。

「寒い!」

「もう中庭での作戦会議は無理があるかもね」

 エドガーがリンデンを見上げながら言うと、トマスは淡く笑った。

「でも図書室で笑うと怒られちゃうんだよな」

「トマスが笑いすぎるからだよ」

「エドガーが僕を笑わせるからだろ?」

「そうかな?」

 二人で声を出して笑った。


「それにしてもさ。今日のお昼、見てたよ」

 トマスがちらとエドガーを見る。

「何を?」

「シェイドをやり込めるところ」

 エドガーは肩をすくめた。

「何のことだか」

「あははは!」

 トマスは笑いながらエドガーの肩に手を置く。エドガーは迷惑そうにその手を見た。


「シェイドの悔しそうな顔、最高だったよ。見ててスカッとした!」

「そいつは良かった」

「でもさ、エドガーって性格良くないよね」

「……それ、友達に言う言葉?」


 げらげら笑っていたトマスは、ふと笑うのをやめて、まっすぐにエドガーを見つめた。

「……友達?」

 エドガーも白い息を吐き出しながら、トマスの薄茶の瞳を見返す。

「友達だろ? こんなに一緒にいるのに」

 トマスの口角がみるみる上がり、そばかすのある頬に赤みがさした。

「そっか! 友達だね、僕たちは!」

「え? うん。僕はトマスのこと、ずっと友達だと思ってたけど」

「そうか! やっぱりエドガーはいいやつだ!」

 エドガーはマフラーを顎まで下げて、じとっと見た。

「そういうの、手のひら返しって言うんだよ」

「なんでもいいや!」

 トマスがまた笑うのを見て、エドガーは目を細めて少しだけ笑った。


 笑い合う二人の背後、柱の陰から暗い目がのぞいていた。

 シェイド・カーマインは小さく舌打ちすると、無言で校舎の中へ消えた。


◇◇◇


 夕食後の自由時間。

 いつもなら図書室にいるはずのトマスが、今日は姿を見せない。


 なんとなく胸騒ぎがして、エドガーは校舎内を走り回った。

 食堂、教室、寮の部屋――どこにもいない。

 青いマフラーから白い息がこぼれる。


 中庭に出ても、トマスの姿はなかった。

 リンデンの木を見上げる。冬の枝には、心細い茶色の葉がいくつか残るだけ。


 エドガーは手を伸ばし、幹にそっと触れた。

「トマス……どこにいるんだ」


 少年は踵を返し、再び走り出した。


 ――夕陽を見た裏庭。

 人目につかない場所だ。


 近づいたその時、乾いた音が聞こえた。


 ――まさか。


 エドガーは息を呑み、柱を回り込んで裏庭へ飛び出す。


 地面に倒れたトマスと、その前に立つシェイド。

 トマスは肩を押さえ、シェイドは彼の胸ぐらをつかんで無理やり立たせていた。


「やめないか!!」


 エドガーは叫び、全力で駆け出した。

 次の瞬間、勢いのままシェイドに体当たりする。

 三人はそれぞれの方向へ転がり、地面にたたきつけられた。


「何するんだ!」

 シェイドが叫ぶ。


 エドガーは頭に枯れ葉をつけたまま上体を起こし、怒鳴り返した。

「君こそ何をしてるんだ!」


 トマスもよろよろと立ち上がる。

「いたたた……」


「エドガー・レイブンズ! 秀才のお前が、なぜ俺の邪魔をする!」

「君のしてることが最低だから……だ――ん?」


 手をついた地面に、妙な感触があった。

 エドガーは顔を下げ、手のひらの下をこすってみる。


 滑った拍子に剥き出しになった地面の一部。そこには、他の石とは違う質感の石板が埋め込まれていた。

 小さいが、文字のようなものが刻まれている。


「トマス! ノートと鉛筆持ってるか!」

「え!? あるよ!」


 トマスは足をもつれさせながら駆け寄り、落ちたノートを拾ってポケットから短い鉛筆を取り出す。

「はい!」

 エドガーは新しいページを開き、一枚をびりりと破った。

「あっ! ちぎった! ひどい!」

 慌てるトマスをよそに、エドガーは紙を石の上に置き、鉛筆で黒く塗りつぶした。


 白い紙に、文字が浮かび上がる。


「古代語……? 暗号?」

「なんだこれ……」


 二人はしゃがみ込んで、息を合わせて紙を覗き込んだ。


「おい! エドガー! 俺の話を聞けよ!」


 シェイドの怒鳴り声を背に、エドガーは小さく笑って言う。

「明日、調べてみよう」

「うん!」


 霧の向こうで鐘が鳴った。

「消灯の鐘だ」

「戻らなくちゃ」

 二人は慌てて立ち上がり、寮の方へ駆け出す。


「おい! おいってば!」


 一人残されたシェイドは、地面を拳で叩いた。

 苛立ちを胸に、彼も寮へ向かう。

「なんなんだよ、あいつら……」


 夜空に冬の霧が漂い、ぼんやりと浮かぶ月だけが、彼らを見下ろしていた。




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