23 祈りの場所
翌朝。
三人は不安な面持ちで特別教室に入った。
教室にはすでに何人かの上級生がいたが、彼らは何も知らない様子で、いつも通りに談笑していた。
その普通さが、かえって胸に重く響いた。
エドガーたちはほとんど言葉を交わさず、席についた。
窓に打ちつける雪の音が、静かに部屋を包み込んでいる。
ほどなくして、ベアトリス・ケンプトンが扉を開けて入ってきた。
普段きちんと結われている髪は乱れ、頬も青ざめている。
「先生、どうしたんですか?」
前の席の生徒が尋ねると、彼女はかすかに笑ってみせた。
「あぁ、いや……なんでもない。……いや、なんでもなくはないか」
一度息をつき、顔を伏せる。
「君たちにも関係することかもしれない。――学校長が、突然辞めてしまってね。朝から少し混乱しているんだ」
エドガーたちは驚いて顔を見合わせた。
だが誰も、何も言わなかった。
「取り乱してすまないね。……今日は授業というより、少し気を楽にしよう。芸術でもやろうか。クリスマスも近いし」
ベアトリスは生徒たちに画材を配り、そのあとは席に座り込んだまま窓の外を見つめていた。
顎を支える指先が、かすかに震えていた。
エドガーたちはただ黙々と筆を走らせた。
何を描いているのか、自分でも分からなかった。
白い紙の上に、いつの間にか雪のような色が広がっていった。
◇◇◇
授業は早めに終わり、昼食も静かだった。
よく話すベアトリスが口を開かないせいで、食堂全体が沈んでいるように感じられた。
昼食後、エドガーは礼拝堂の使用許可を取り、三人で向かった。
礼拝堂の中は整然と戻されており、聖像も地下の入口も塞がれていた。
「もう一度、行くか?」
シェイドが低い声で言う。
「行こうよ。もう一度、あの場所に」
トマスが明るい声を出す。
「……そうだね」
エドガーが頷くと、二人も立ち上がった。
見回りの時間を待ったが、二時を過ぎても誰も来なかった。
三人は顔を見合わせ、静かに聖像を動かした。
◇
地下の通路はひどく静かだった。
ランプの火が石壁に揺れ、足音が反響して長く伸びる。
「あの騎士は……何だったんだろうな」
トマスの声が小さく響く。
「死にかけると幻覚を見るって言うしな。……幻じゃないか?」
シェイドが言うと、トマスは首を振った。
「でも、学校長にも見えてた。幻じゃないよ」
エドガーは黙って歩いていた。
――“Alastair”。
陶器の杯に刻まれたその名が、ふと脳裏をかすめる。
彼は小さく首を振って、考えを追い払った。
◇
やがて、再びあの隠された礼拝堂に辿り着く。
二度目のはずなのに、やはりそこは息を呑む光景だった。
雪は降りしきっているはずなのに、ここだけは不思議なほど明るい。
石の壁が淡く光を返し、冷たい空気の中に、どこか温もりのような静けさが漂っていた。
エドガーは目を閉じ、大きく息を吸う。
それは寒さではなく、胸の奥に届く光のようだった。
黒石の祭壇に近づくと、聖像の隣に刻まれた文字が目に入った。
短い一文。
トマスとシェイドも近づき、息を呑む。
「エドガー、読める?」
エドガーは頷き、指先で文字をなぞった。
「……“祈りを捧げる”」
その声は小さく震えていた。
「それだけ?」
トマスが問うと、エドガーはゆっくりと首を振る。
「――ここに祈りを捧げる。
アーサー・ヴァレンタイン一世」
空気が止まる。
トマスは口を押さえ、シェイドは目を見開いた。
エドガーの群青の瞳に、静かな涙が光った。
その瞬間、背後から柔らかな風が吹いた。
白い霧が舞い、空気の中で人の形をつくる。
それは淡く揺らめき、やがて光に溶けるように消えた。
まるで――彼らを見守る騎士が微笑んでいるようだった。
音が、消える。
風も雪も、世界のすべてが息をひそめていた。
三人はただ立ち尽くした。
それは静寂ではなく、祝福のような沈黙だった。




