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飛べない鳥のセッション 〜宇宙船がファンタジーな惑星に落ちたので帰還できるまで冒険します〜  作者: 右中桂示
第二章 アンダーポップスハミング

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1 異星の朝のルーティーン

 宇宙開拓が全盛を迎えた母星では、調査隊は憧れの職業の一つだった。

 豊かな世界を維持し、更に発展させる英雄。未知に挑む冒険者。

 休暇中や引退した隊員は各メディアへの出演も多い。ドキュメンタリーはフィクションにも負けない冒険譚だ。

 もっとも、それは一握りの成功者の話。成果を出せなかった調査隊には満足な報酬もない。それどころか命を失う可能性も高い。成功率が低いと効率を求めるAIからは低評価。一発逆転を夢見る程追い詰められた人間か余程の物好きしか目指さないと、悪い印象を持つ者も多かった。


 それでも十年以上前、まだ幼い頃のキウリャにとって、調査隊の船長を務める父親は自慢だった。

 過去のアーカイブを漁って目を輝かせる日々。様々な映像を何度も見返して発言を丸暗記する程。

 寂しくとも帰還を今か今かと心待ちにしていた。



「キウリャ、良い子にしていたかな?」


 待ち望んだ久しぶりの帰宅。

 立派な体格の父親が問えば、幼い少女は勢いよく飛びついて満面の笑みで答える。


「うん! ママのお手伝いたくさんしたよ!」

「そうか。よっし、勲章をあげよう」


 嬉しそうに缶バッジを子供用ジャケットに着けてくれた父。飛び跳ねて喜ぶ娘。

 何度も繰り返した、微笑ましい家族の姿だった。


 父であり、英雄。憧れの存在。

 その後を追ってキウリャもまた同じ道を歩んだ。どんな苦労も背負い続けた。

 果たして今の彼女はどれだけ近付けているのか。




 


「……またこの夢」


 キウリャは目を覚ました。

 薄く軽く高性能な布団を退けて体を伸ばす。

 懐かしい夢を振り切って、現実の味を噛み締めた。


 この星に降りたあの日から十日程。それから何度も見ている夢だ。

 いくら激動の日々とはいえ気恥ずかしい。

 二度と会えないかもしれない不安や心細さのせいか。

 大人になって強くなったと自負していたが、幼い思い出に縋り付く程弱かったのかと自嘲する。こんな可愛げがまだあったのかと呆れかけ、今も大事に身に付けている癖に何を、と思い直す。

 自分の幼さを改めて思い知った。その頃より落ち着いて、成長したと思っていたのに。

 こんな事、あの男には知られる訳にはいかない。

 キウリャは気合を入れるべく自らの頬を叩いた。


 彼女が寝泊まりするのは、半壊した宇宙船フィアーピッカー号。

 英雄の矢に射抜かれドラゴンに突進されたが、一応原形は保っている。特に居住スペースほほとんど無事。使える物資も多く残っていた。

 現地の宿屋に泊まる選択肢もあったが、その案は見送った。

 安心できる場所から離れ難い心情もあり、船と物資の見張り目的でもある。キウリャからすれば宿屋ではクオリティやセキュリティにも疑念あった。半壊していても一番安全な環境であると言えた。


 キウリャの私室は物寂しい。私物は制限重量以内なら持ち込める事になっているが、彼女はほとんど持ち込まなかった。個人用の端末があれば十分。あとは常に身に着けられる。船の備品は潤沢だ。

 黒いインナーとハーフパンツ姿で朝の支度。着陸した以上は水は安心してたっぷり使えるので、スッキリするまで顔を洗う。

 その後は食堂で食料のパックを手に取った。進歩した保存技術のおかげで、種類を問わず開ければ出来たて同然の料理が出てくる。

 選んだのはお気に入りのベーグルサンドとトマトスープ。それにレモネード。安価な培養食材に薄めの味付け。物足りなくても慣れた味は精神的にも良い影響がある。

 長期間の調査を予定していたので数年分はあった。いつまで滞在する事になるか不明なので節約はしたいところだ。いざとなればこの星でも安全を確認した食料を積み込めるので不要な心配かもしれないが。


 一人、静かな食事。じっくりと集中して味わう。余計な事に気を取られず、心地よい感覚に浸れる幸せを噛み締める。

 航行中は基本的に乗組員全員揃ってしていた。賑やかな食卓は船長アモットの方針。彼女はビジネスライクではない親密な関係を好んだ。日常でもイベント事でも張り切って盛り上げようとしており、一人が苦でないキウリャとしても楽しめていた。

 ただしその頃からの積み重ねでヂンペーの事はよく思っていないのである。


 朝食に満足した後は、いつもの軍用ジャケットとパンツに着替えて、愛用のバンダナも巻いて外へ。

 キウリャはあくびを一つ、ぐぐっと伸びをする。

 外は清々しい。晴れた青空に輝く白い日と月。風が気持ちよく吹いた。

 フィアーピッカー号は王家の管理する土地の丘に鎮座している。部外者の立ち入れない安心感はあれど、当の王家が完全には信用できていない。場違いな異物は疎外感を引き立てている。

 丘の上からは街が見渡せた。古風なファンタジーの都。ようやく慣れてきた光景。観光ならどれだけ良かったか。


 感傷を振り切り、キウリャは胸ポケットを叩く。


「リスト」


 起動したのは音楽プレイヤー。メニューが視界に重なる。選んだのは母星を出る直前に流行ったポップスだ。

 アップテンポの曲調。中身のあるようでない陽気な歌詞。気分が上がり、体がリズムに乗る。

 既に懐かしい。夢の名残が抜けないのか。自嘲しかけたのを振り払う。


 草の上でストレッチ。念入りに体を伸ばす。体が鈍らないよう、船内でも毎日やってきた。

 この惑星の重力下、地上と人工重力下では感覚が異なる。そのすり合わせは重要だ。戦闘となれば本調子かどうかで勝敗が決まる。常に命懸けの環境では些細な傷も見過ごせない。

 続けてシャドーボクシング。フットワークは軽やかで拳が俊敏に風を切る。

 音楽を変え、激しいテンポの曲へ。

 より素早く体を動かす。汗を流す。ウォーミングアップにしては重いのだが、これは無意識だった。


 無心で続けていると、呑気な声がかかる。


「おォ。精が出るねェ」

「変な目で見ないで」

「んな目で見ちゃいねェよ。俺ァもっと年上のオネーチャンが好みなんでな」


 だらしなく作業服を着崩したヂンペーが出入り口横の壁にもたれかかっていた。ゴーグルはしっかり装着。右手で整ったヒゲを撫でつけ、もう片手は妙な形。複合現実上で仮想タバコを吸っているようだ。

 ヘラヘラする彼に爽快な気分が乱された。


「オジサンがスパーの相手してくれてもいいけど?」

「やァだよ。おっかねェ。全身複雑骨折でくたばっちまわァ」

「そう。それがお望みなんだ」


 キウリャは小さな合成繊維の袋を投げる。ヂンペーが反射的にキャッチすると、瞬時に膨らんで防具(ミット)になった。その用途を把握した彼は顔を引きつらせる。


「ちょっ、本気で……おいやめろって!」


 キウリャはすかさず駆け寄ると、まず緩めにジャブを繰り出した。

 悲鳴をあげつつも容易く受け止めるヂンペー。寸止めする必要はないらしい。

 身長差があるので見上げたヒゲめがけてアッパー。それも危なげなく対応された。

 薄々思っていたがかなり機敏に動けるようだ。

 それに刺激され、キウリャは徐々に速度を上げていく。


「サンドバッグにする気かよ!」

「運動不足を解消してあげる」

「強制的にやるもんじゃねェ!」

「ほら、喋る余裕がある」

「待てよ。俺ァ嬢ちゃんが寝てる間も船修理してたんだぜェ?」

「は? 酒盛りしてたでしょ。確認してる」

「畜生抜け目ねェなァ!」


 うるさく文句を言いながらも難なく相手を務めている。

 ヂンペーはまるで本気ではない。底を見せない。それに増々イライラさせられる。

 この状況でも隠す彼が許せなかった。化けの皮をはがす気だった。


 が、結局尻尾は掴めないまま。

 ウォーミングアップだったはずの時間を、二人ではしゃぎながら終えた。




「なんでもう疲れてるんですか?」

「嬢ちゃんが激しくてよォ」

「変な事言わないで。ふざけたオジサンのせいでしょ」


 仕事の為に妖精のチッチィと会うなり、呆れ気味に困惑されてしまった。

 そして更に体力を消耗するような言い合いへ。


 今日も異星での冒険が幕を開ける。


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