7 捕虜かもしれない賓客生活
実際には初めて見る景色のはずでも、そんな気はしない。過去のデータやフィクションで知る、知識だけだったものを体験した、という感覚だった。
調査船、フィアーピッカー号の乗組員は現地人に案内されて荘厳な城に到着した。
内装は豪華絢爛。華美な芸術品が至る所に飾られ、行き交う人物の服装も上質。
国の中枢となれば、やはり金と労力が注ぎ込まれるのか。危険な異常事態から始まったが人間の考えは何処も同じだとなれば多少は安心できた。
来るまでに見た城下町も賑やかで景気が良い様子だったので悪政を敷いている訳でもないはずだ。異星人からなりふり構わず搾取する事もなさそうではある。
技術、文明は母星の歴史と照らし合わせれば数世紀は前の水準に近い。しかし母星とは異なる技術もある。こちらの常識で測るのは危険だ。
弓矢が宇宙船を貫通する程の攻撃となり、互いに不明なはずの言語を一瞬で通じるようにした。怪我も回復魔法で瞬時に治った。服の破れと汚れも直してしまった。
科学とは異なる技術体系。価値観や倫理観はどうだろうか。
FN82。そんな番号を振られていたこの惑星には知的生命体が居住し、高度な文明が築かれていた。であるなら現地の言葉に合わせて呼称を変えるべきかもしれないが、まだ存在しないだろう。母星でも大地を意味する言葉がそのまま星の呼び名になったのだ。
未知の概念は説明が難しい。同じくドラゴンや魔法といったこちらの常識の理解も簡単ではない。
情報のすり合わせ。これから交渉をしていくにあたって、予想された難題だった。
アモット達は絶えず思考を巡らせていた。
前後を兵士に挟まれて城内を移動する間も、厳重な警備に威圧されながらそれぞれに興味深いものを観察していた。
とある一室に通されて、そこでやっと兵士はいなくなる。
解放されて、全員がほっと息をつく。皆一様に不安な表情。美術館のような部屋に似つかわしくない姿が並ぶ。
「ヂンさんとリャーさんは大丈夫ッスかね……?」
「ははっ。あの二人なら心配要らないって!」
「他人の心配ばかりしている状況かネ。此処も安全とは限らないヨ」
「その通りです。各々警戒はしておくように」
応接室らしき場所にて待機。
調度品はやはり質が高い。絵画、絨毯。豪勢な部屋を行儀悪く見渡す。カメラはなくともなんらかの方法で監視されていると確信しており、落ち着けなかった。
しばらくして男性が入室してくる。やはり頭には角が二本。滑らかなローブは絹のような滑らかさ。分厚い本や巻物を携えていた。
「新星の使者の方々。吾輩が陛下より皆様との交渉を賜りました。よろしくお願い致します」
「船長のアモットです。この度はお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした」
立ち上がりにこやかに握手を交わすアモット。言葉は通じるが知らずに無礼をする可能性がある。涼しげな表情でも常に気を張っていた。
とはいえ今回は何事もなく着席。文官は厳しい面持ちで言葉を連ねる。
「分からない事ばかりでしょう。私から皆様にご説明させて頂きます」
表面上は和やかに、しかし強い緊張感を伴って対話は始まった。
情報交換。交流の提案。修理要請。
文官と会合の後、新たな部屋に通された。四人に与えられた居室らしい。
応接室より調度品の格は落ちる。自由はある程度保証されているが、部屋からは出られない。何らかの方法で監視もあると考えられる。会話も筒抜けと見ていいだろう。
それでも不満を訴える余裕はなかった。
長時間の話を終え、一行はどっと疲れを感じていた。ぐったりと椅子にもたれかかり、テーブルに突っ伏す。アモットだけは綺麗な姿勢を維持していた。
「……ただの文官なんスねえ。王様と謁見かと思ったのに」
「まあ、こんな怪しい奴ら、王様になんて会わせやしないだろうさ!」
「まず信頼を勝ち取るところからです」
「命だけは保証されているのが救いだがネ」
あくまで命だけは。それもいつまで続くか。主導権を握られている。
この自由も完全に保証されてはいないのだ。
「というかこれオレら人質ッスよね……?」
「ナインとウールウも連れてかれちゃってさ」
フィアーピッカー号の乗組員は三組に分けられた。
キウリャとヂンペーに加え、アンドロイドのナインとサポートアニマルのウールウまで。人間ではないからか。どんな扱いをされているか。向こうの倫理観を信じるしかない。
体をサイボーグ化したワットを人間と正しく認識している辺り、拙速な対応はしないはずだ。
「思惑はなんなのかね! 何をしたいんだかイマイチ分かんないよ」
「彼らの中でも揉めているのでしょう。強硬派と穏健派で互いに譲らなかった結果、中途半端な対応に落ち着いたというところでしょうか」
「あー、ありそうっスね」
つまりは独裁体制ではないと思われる。
政治的に安定している証拠だろうか。
「それなら二人は無事っスよね? 危険な戦力だからって酷い目にあわされたりとか……」
「縁起悪い事なんざ言うもんじゃないよ!」
「互いに人質がいる状況です。無茶はしないように、と伝えてあります」
「こればかりは相手を信じるしかないヨ」
「何か連絡取れる手段があればいいんだけどね!」
「そう、それっスよ!」
個人の端末、通信機材は手元にない。兵士に船長自ら遠隔で通話する道具があると言い、渡したからだ。
その理由をドゥーリンが問い詰める。
「回収されるのになんで言ったんスか?」
「素直に申告した方が信用を得られるからです。騙し討ちはどちらにとっても好ましくありません」
「後から露見すると心象が悪化する。それは確かだが、切り札を温存しておくのは悪くない手だヨ」
部下からの苦言に対し、アモットは柔らかく微笑む。
「腹の探りあいはなしにしようと思いましてね」
「誠意を見せれば向こうも誠意を返してくれる、とは限らないヨ」
「ですが友好関係を作る第一歩です。少なくともあちら側も私達と縁を結びたいようですよ?」
「えー、警戒バリバリじゃないっスか?」
「お茶が大変美味でしたから」
「あー、それは確かに。え、それだけっスか?」
「食事は外交における重要な要素ですよ」
文官との最中に供された飲み物は高級な品だった。ほのかに甘く爽やかな香りが不安を和らげ、多幸感をもたらしてくれた。
簡易的に成分を調べ安全は確認。無礼な行為にも眉一つ動かさなかった。
角があろうと人体の構造はほとんど変わらないらしい。
未だ戸惑う三人に対し、アモットは優雅に微笑む。
「食事も楽しみです。きっと歓迎してご馳走してくださる事でしょう」
「次も安全だとは思わない方がいいと思うがネ」
「もしそうならばお相手に心苦しい思いをさせてしまいますね」
「安全でも口に合わないかもしれないっスよ」
「それはそれで一興です」
好奇心に子供のような純粋な笑み。調査船の船長だけあって、柔軟な強さがある。
「前向きにいきましょう。私達は奇跡の如き幸運に恵まれています。私達の振る舞いが、ここにいない仲間の無事を担保するのです。誠意を持って行動してください」
船長には優しい威厳があった。真っ直ぐな目。凛とした声。
決して闇雲な盲信ではない。人の善性を理性的に信じていた。
そして真摯な態度は乗組員にも伝わる。雰囲気が上向いていった。
「じゃ、せめてこの部屋からこの星の情報をもらっていくってのはどうっスか?」
「ああ、文字も読めるか確かめとこう!」
「データをじっくり分析でもするかネ」
「出し抜こうと考えず、やり過ぎないようにしてくださいね。引き際を心得るのは良き友人となる条件の一つです」
張り切り出す部下に苦笑するアモット。子供を見守る大人のよう。
調査隊は皆志願してきた冒険者。好奇心は強いのだ。
この星での滞在は、この狭い一室から始まる。




