4 剣の要らない怪物退治
バキバキ。グシャグシャ。
倒木を踏み砕き、甲殻を噛み砕く。暴力的な音が森を恐慌に叩き込む。
爬虫類に似た体躯。視界に収まらない巨体。硬そうな鱗。立派な牙。たくましい尻尾。そして口からは炎を吐いた。
ドラゴン。その特徴は母星における幻想の象徴に酷似していた。
それはキウリャが撃墜した虫をバリバリと食べている。生き残っていた蜂が攻撃対象を変えて集団で襲うが、びくともしない。顔や尻尾をぞんざいに振って叩き落しては更に喰らう。
単なる食物連鎖。その生物は弱肉強食の理を体現していた。
息を呑んでモニターを静観する乗組員達。
挫けそうな空気の中、アモットは凛々しさを保った声で呟く。
「こちらには興味がないのでしょうか……?」
「満腹になってくれたら良いんだがねェ」
「あぁ~。近くで観察したいっスねー……」
それそれに呟く皆、自然と小声になっていた。
口にする言葉よりも内心の恐れは重い。彼らの不安を感知したウールウが鳴く。可愛らしい鳴き声にも和ませる力は足りなかった。
唯一外、生で見ているキウリャ。
彼女は銃を構えつつ、様子見。戦闘態勢は維持してもこちらからは手を出さない。無言で観察し続けた。
成虫に加え、蜂の巣、蜂の子。
それらのほとんどを食らい尽くしたドラゴンが、ズンと踏み出す。船体が大きく揺れぶられる。緊張が満ちる。
単なる移動。それだけで他を圧する。
見慣れぬ宇宙船に興味を持ったようだ。一歩一歩近寄る毎に重圧は増していく。
「船長」
キウリャが通信越しに呼びかける。言外に問う。戦うべきかと。
攻撃すれば刺激して最悪の結末に導く可能性もある。
グレーの目に恐怖や動揺はない。ただ、仕事を成そうと静かに闘志が燃える。
しばらくの沈黙を挟み、アモットは首を横に振った。
「いいえ、攻撃は最後の手段です。刺激しないようにしてください。ただ戦闘態勢は維持するようにお願いします。ヂンペー君も引き続き装備の補助を頼みます」
「はいよォ」
「それからドローンで興味を引けるか試してみましょう。タミス君お願いします」
「了解っ!」
銃を運んできた後そのまま待機していたドローンが、ドラゴンの顔の周りを飛ぶ。
興味を持ったらしく首を向けられた。ドローンの動きを追いかける様子に恐ろしさはない。
「あはっ。猫みたいなモンじゃないか!」
「そのまま誘導できますか」
ドローンはフィアーピッカー号とは逆方向へ。
しかしドラゴンはその場に留まる。追うのは首だけだ。じっと見ている。緊張感が高まる。
そして、炎。
森と空の間を赤色が分けた。咄嗟に上空へ逃れるドローン。熱気と焦げた匂いがキウリャにまで届いた。
それから。
ゆっくりと、船を、向く。
恐怖の象徴のような顔が。
「船長」
「……許可します」
アモットの静かな声が重い。
キウリャは再びレーザーライフルに持ち替えていた。
厳つい顔のギラギラとした瞳を狙う。焦らず、震えず、そっと引き鉄を押し込んだ。
目標まで真っ直ぐ伸びた光は、しかし標的を撃ち抜けない。本来の性能が発揮されなかった。
「さっき炎吐いたせいだろうなァ。熱で屈折してらァ」
「面倒……」
舌打ちするキウリャ。
早速実弾が効果的となる実例か。
かといって実弾も通るかは怪しい。
船内備品データから装備を確認。使えそうな武器は他にもあった。
「一番強力な武器持ってきて」
「いいのかよ、ボス」
「はい、準備をお願いします。それより、また来ます」
「そんじゃあ嫌がらせさせてもらおうかね!」
タミスが張り切ってドローンを操縦。興味を引くように顔の周りをうろうろと飛行させる。
空中に激しく噛みつくドラゴン。鬱陶しいのか、荒々しい唸り声も続く。
時間は稼げている。その間に再び作戦会議だ。
「フィアーピッカー号を捨てる事も視野に入れなければなりません」
「徒歩で逃げるって? あり得ねェだろ」
「さあて。どっちの方が生存確率高くなるかねえ?」
「は。最悪な博打だよなァ」
「流石に徒歩で逃げるのは無理だと思うがネ」
「倒すしかないんスかね……」
絶望的な空気。ウールウが短い足で駆け回って和まそうとしている。それでも鬱屈した流れは晴れない。
アモットは天井、その先のキウリャに目を向ける。
「キウリャ君。先程言った武器があれば撃破できますか」
「……確実な事は言えない。けど、この装備があれば不可能じゃないはず」
「熟慮の上の判断ですね?」
「もちろん」
「……それでは頼みます」
「了解」
「いんやァ、嬢ちゃんはそっち担当な」
キウリャの予想に反し、ヂンペーが割り込んできた。
眉をひそめる間に外に出てきた彼はグレネードランチャーを担いでいる。
あくまで星外調査が目的であり戦闘は最低限必要な場合に限られる。過度に強力な兵器の持ち出しは許可されていない。レーザー類を除けば、これが過去の調査隊の経験から認められている最大の武器だった。
「全員伏せとけよォ」
雑に構えて、発射。
見事顔に着弾し、爆発。
熱風が森を駆け抜ける。キウリャは目を細め油断なく見据え続ける。
煙が晴れると、顔が黒く焦げたドラゴンが力なく首を下げた。
「終わりかねェ」
「いいえ。依然生体反応がございます」
「おいおい、話が違ェんじゃねェの。嬢ちゃん」
「一発で終わるなんて言ってない」
ナインの報告は無情。対峙する二人はともかく、ほっとしかけていた乗組員が気を引き締め直す。
暗い影の中、ギラと瞳が輝く。
ドラゴンは大口を開け、吼えた。ビリビリと船体が軋む。
巨体は健在。その威容を世界に誇る。
「報告。対象内の温度が上昇しております」
炎の気配。
実弾ライフルを咄嗟に構えるキウリャ。素早く狙いをつけオートで連射。多くの弾丸を口内へ叩き込む。
苦しげな唸りがあがった。生まれつつあった熱気も散った。確かに銃弾が通じている。
だが、まだだ。
首を大きく振ったドラゴンはギロリと目を剥き、大口を開けて吼えた。森全体を揺るがす声量。
今度は身を沈め、太い脚が大地を蹴る。巨体の突進。凄まじい迫力がフィアーピッカー号を襲う。
「総員退避!」
全員がアモットに従った。
キウリャは屋根から飛び降り、ヂンペーも駆け出し、他の人員は船内から速やかに転がり出る。訓練された動きに淀みは全くない。ウールウもナインが抱えて逃げた。
彼らと入れ替わるように、激突。
轟音が全員の心身を叩く。木々が折れ、倒れる。森が破壊されていく。
船体がひしゃげていた。中には誰もいないが、もし遅れていたら、と思うと背筋が凍る。
ただ、元々外にいたキウリャとヂンペーを除き、他の乗組員は負傷していた。擦り傷切り傷ではあるが、深いものもある。
突進そのものより、その衝撃による木片や破片が原因だった。
「ワトウ君、お願いします」
「……全員命に別状はないヨ。治療さえできれば、だがネ」
映像処理を用いた診断は早い。簡単な止血も施せる。それ以上を求めるには難しい状況か。
ドラゴンは太い脚で宇宙船をつついたり踏んだり。確かめているのか、遊んでいるのか。現状なら修理は可能なはずだが、いずれは完全に破壊されてしまうだろう。
今のところ乗組員への興味はないようだ。しかしこの後もそうであるという保証はない。
そして興味を持たれれば、負傷で逃げられない以上は確実に犠牲になる。
キウリャは淡々と行動を起こす。
「……今の内に仕留める」
「君が頼りだネ。任せたヨ」
「本当に勝てるんスか?」
「あれだ。骨も鱗も中身も硬ェ。致命傷に届いてねェんだな。やっぱ脳か心臓じゃねェの?」
「なら目から通す」
「他の手段も考えなくていいですか」
「……これでいきます」
実弾ライフルを示し返答。それから頭上を見渡し、狙撃のポイントを定めて登りだす。
察したアモットがランチャーを担ぐ。その服は血で真っ赤に染まっていた。
「私が囮になりましょう」
「ふざけるんじゃないよ! 流石に無茶さ!」
「いいえ船長の役割です」
「その怪我じゃムリでしょうよ」
無傷のヂンペーがアモットから武装を奪うように抱えた。
ランチャーを携え二度目の攻撃を放つ。
しかし今度は大きく外れ、背後の木を炎上させるだけだった。
「ありゃ」
「下手くそ」
「辛辣ゥ」
「でもそのまま撃ってて」
「あいよォ」
ドラゴンが爆発音に振り返った隙にキウリャはスルスルと木に登り終えた。太い枝に腰かけ、幹に背中を預け、ほぼ同じ高さからドラゴンを見据えた。
手に汗握る。服のバッジを握る。
乗組員の怪我のせいか、凪いでいたはずの精神が乱れてきた。
視線に気付いたのか、ギロリと迫る凶相。迫力に負けじと呟く。
「かかってきなさい」
恐怖は呑み込む。
意識を研ぎ澄ませる。震えもない。狙撃にしてはそう遠くない距離。
整った条件。あとは実行するだけだった。
そこにヂンペーの第三射。今度は山なりに飛んで背中に落ちる。ドラゴンはびくともしない。
大音声の咆哮は怒りの表れか。誰かの悲鳴がかすかに聞こえた気がした。
何者の仕業か理解したらしく、ヂンペーに敵意が向く。
正面からでは的は狭かったが、横を向けば多少広くなる。
キウリャは今しかないと引き金を絞った。
銃声が空へ抜ける。
音速超えの弾丸が宙を奔った。一直線の武力。狙い通りに着弾。瞳を貫き頭部へと至った。
血液が、散る。
叫声が、轟く。
巨体が、沈んだ。
静寂。ドラゴンが二度と動かない事を確認し、キウリャは静かに銃を下ろす。
そして安堵の息を吐いた。汗が滴る。今更心臓の激しさを実感した。
「お疲れ様でした、キウリャ君」
「……どうも」
なんとか返事を返す。集中により疲労が強い。苦労して木から降りる。
明るく笑う仲間を見渡し、ようやく勝利の余韻に浸る。
と、そこに。
突然拍手の音が響いた。更には爽やかに通る声も。
「────!」
見知らぬ人物に未知の言語。この惑星の住人だった。




