7 もう一組の冒険者
開けた森は温かい。差し込む光は白く、柔らかな風が通る。そんな幻想的ですらある光景を侵食するように、言葉は紡がれていた。
黄色い軟体生物──別の星から来た宇宙人は低く重苦しく、それでいて茶化すように話す。
「ん? どうした? 黙っちゃって。醜い姿がそんなに珍しい?」
嘲りが深く濃い。コミカルなジェスチャーも淀んだ感情を引き立てる。
否が応でも恨みが伝わってきた。
通信越しのアモットの声も重い。
『失礼しました。私の考えは足りていなかったようです』
「は! 何を謝ってんだかねえ! 表面だけの同情は要らないんだよ!」
痛い沈黙。同じ深みへ引きずり込まれそうな圧があった。
一呼吸。キウリャは冷静さを意識して問う。
「……何が目的?」
「オマエらと同じ。帰りたかっただけさ」
「それで何故強奪なんて手段を……」
「ひひっ! よく言うよ。オマエらは運の良さで上手くいったからってさあ!」
怒りと憎しみに満ちた声。体を奇怪に動かしながら、スライムは訴える。
「言葉も分からず、見つかるなり問答無用で攻撃された! 化け物を見る目で! なあ、どうしろって!?」
キウリャ達が不利な条件があるとはいえ交渉を進められたのは、この星の人類と見た目が近かったから。もし彼と立場が逆なら、話し合いは始まりすらしなかった可能性はある。本当に、差は運の良さだけかもしれない。
わずかに顔が歪むキウリャ。武器を構える手も下がる。迷いが生じていた。
対してヂンペーは全く動じず、普段通りのおどけた調子で追及する。
「んで? お涙頂戴の裏で何企んでんだよ。帰りてェだけじゃねェだろォが」
「まあね? 確かにさ。正直、帰るだけなら他にも手段はあったかもね?」
情緒はガラリと変化。演技か本音か、曖昧な語りが不穏さを募らせる。
「せめてもの嫌がらせだよ! いいだろ、それぐらい。今まで恵まれてたんだからさあ! ひひひひっ……!」
壊れたような笑い声。それがますます異形に見えたが、その見方が彼の憎しみの原因なのだとキウリャは思い直す。
『考え直してはくれませんか。私からも話を通しますし、補償も引き出せるように』
「興味ないね」
アモットの言をピシャリと遮った。一際に暗い声音。冷たい風が吹き抜けた。天の光も雲が隠す。
固まるキウリャ。チッチィが顔に寄ってきて、震える体を頬にくっつける。そっと手を添えた。
そこに、銃声。
横からヂンペーがライフルを撃っていた。銃口から登る白煙。
粘体に穴が空いて、しかし瞬時に塞がる。それすら構わずに連射。ゴーグルの奥の目を細めて凄む。
「悪ィな。知ったこっちゃねェんだわ」
「ちょっ……」
「そうですよ! ちゃんと話をしないと!」
「んな悠長な事言ってられっかよ」
ヂンペーの台詞は平坦で重い。必要な悪役を引き受けているのだと分かる。忌避感はあれど強く否定できなかった。
銃撃が止めば、そこには変化の見られない粘体。スライムは平然と話し続ける。
「そこまでお人好しじゃなかったか。いいよ、それが先進文明だもんな」
「はっ。どうせ俺らも復讐対象だろォし、第一もうとっくに始めてんだろォがよ」
「正解正解、大正解! 羨ましくて羨ましくてもう待ちきれなくてさあ!」
目はない彼から視線を感じた。そして肌がヒリヒリとした感覚を捉える。
「報告。高エネルギー反応がございます」
ナインの警告。
キウリャとヂンペーは素早く身構え、伏せる。電磁障壁も発動。
直後、森の奥から極大のレーザーが放たれた。瞼を貫く白光。駆ける熱。
幻想と対極の暴力が森を抜け、緑を焼き払う。
スライムは両手を広げるように体を蠢かせて笑った。
「ひひっ。ひひひひっ! お話に付き合ってくれてどうもありがとう! 玉コロからのエネルギー充填が終わったよ!」
森の奥、鬱蒼とした枝葉が吹き飛んで顕になった先には、巨大な銀色の構造物。彼らの宇宙船だ。
駆動音が木霊する。強烈な風圧が発生。
船はゆるやかに速度を上げながら浮いていく。本来の領分である、空へ。
「空っぽのゴミなら返してあげてもいいかもねっ!」
『宝珠の魔力をエネルギーに変換したのですか』
「その通り、またまた大正解! 欲しいなら勝手に取りに来なよ!」
宇宙船からグリフォンが飛んでくる。未知の生物を従順になるまで手懐けたのだろうか。唯一の味方だったのだろうか。
それでも手は緩められない。
二人でライフルを撃つ。だが不自然に屈折した。彼の星が持つ技術か。
「じゃあねっ!」
スライムを素早く乗せたグリフォンは再び空へ。開いた宇宙船のハッチ目がけて跳んで行く。
その背中に、キウリャは声を投げた。
「何が目的?」
「オマエラの星に娯楽映画はあるかい? あるよな? なら分かるだろ。理不尽なB級映画には爆発オチが似合うと思わないかな!? 立派なお城が爆発したらさぞかし盛り上がるだろうね!」
丘から毎日見ていた、アモット達乗組員もいる、あの城か。
復讐。嫉妬。憎悪。当然の帰結。理解できる感情の末路だ。
だが、認める訳にはいかなかった。
飛び込んだグリフォンが飛び込んだハッチは、これ見よがしに開いたまま。
挑発。罠。戦いを誘っている。それも復讐の一部なのだろう。
キウリャは静かに闘志を滾らせつつ、呟く。
「追いかけないと」
「へェ。どうやって?」
「チッチィの魔法で」
「向こうはレーザー撃ってくるんだぜェ?」
沈黙。具体的な手段は、難しい。チッチィを見ても怯えた様子で首を横に振られるばかり。
と、そこに耳障りな轟音が割り込んでくる。
『お待ちどう! 到着だよ!』
タミスの言う通り、遠隔操縦で車が合流。車体はボコボコで無残な姿になっていたが、辿り着いただけで奇跡的だ。
ヂンペーが冷めた目でツッコむ。
「いや飛べねェだろォが」
『荷物があるだろ? なにか使えるんじゃないかい?』
「あァ、そりゃ色々と持って来たがよォ。こんなザマでぶっ壊れてんじゃねェか?」
呆れつつ確認に向かうヂンペー。
その間にキウリャはチッチィを正面から見つめた。エスコートするように手を伸ばす。
「チィ、お願いできる? 一緒にいて、守るから」
「……〜っ! ……わっかりましたあ! 任せてくださいっ!」
赤く染まる顔。口と目を大きく開いて固まった後、精一杯胸を張る。怯えは消えた。互いに温かく笑い合う。
ヂンペーが真剣に吟味した結果をぶっきらぼうに言ってきた。
「電磁障壁とレーザー砲は使える。グレネードもあんなァ。しっかし遠隔操作はできねェぞ?」
兵器類の扱いは厳しい。安全対策の為のロックは星外に持ち出そうと変わらない。
報告を受け、ナインが淡々と提案。
「でしたらわたくしが引き受けましょう」
「殿かァ。エルフが追ってくるかもしんねェぞォ?」
『その時はアタシのテクで逃がすさ!』
「そりゃ罰ゲーム、いやトドメだろォよ」
問題は残るが他に選択肢はなかった。
ナインが牽制し、キウリャとヂンペー、チッチィが宇宙船に乗り込み、止める。成功率は高くないだろう。
キウリャはしまっていたバッジを強く握り、ジャケットにつけた。
素早く準備を済ませ、一行は空を、悠々と飛ぶ銀の船を見上げる。
「チィ、お願い」
「任せてください!」
「んじゃ適当にな」
「最善を尽くしましょう」
『必ず生きて再会しましょう。こちらでもサポートしますし、城の方々に進言しておきます』
まずナインがグレネードランチャーを発射。上空で爆発。
爆炎と煙で視界を遮ったところで、次の段階へ。
チッチィの魔法を用いて、キウリャとヂンペーが飛び上がる。そしてドローンも追従。プロペラではなく重力制御型のものを足場に、より高くへ。魔法と併用して迅速に空を目指す。
ただ、やはり安定しない。肝が冷える。心臓が跳ねる。危険なアクロバット。それも徐々に爽快感へ変わっていく。
次弾のグレネードも緊張感を高めるギミックだ。
そして、白光。爆炎を貫き、砲撃が地上へ落ちる。
ナインもランチャーを置いて設置型レーザーへ。
レーザーの撃ち合いが空を一色に染める。電磁障壁も激しくスパーク。深い森を眼下に、凄烈な光が天を覆う。
ドローンが焼かれる。一台、また一台と落ちていく。間一髪で外れたレーザー。チッチィの愛らしい悲鳴が響く。指に掴まる、その小さな力が闘志に変わる。
決死の挑戦は数分、引き延ばされた感覚では長期戦。体が痺れ、息が段々荒くなる。
それも遂に終わりが来る。
ナインの操作するレーザーが、相手の発射口に着弾。空が一際激しく発光。真っ白になる世界。
宇宙船は進み続けるも、レーザーは止んだ。しかし地上も反応がない。ナインの方も無傷ではないらしい。
感慨深い気持ちで通信を繋いだ。
「ありがとう。後は任せて」
『成功を願っております』
もう邪魔のない青い空を、真っ直ぐにハッチへ。
薄い空気を駆け抜けて、硬い床を、しっかりと踏む。宇宙船には無事乗り込んだ。
「ありがと、チィ」
「はい! 私頑張りましたっ!」
「おォ、床ってモンはこんなに有り難ェんだなァ」
笑みと会話を交わし、息を整える。敵地で程よくリラックス。
平常心を保って、全員で目的の阻止を目指す。




