5 サイレントグリーン
淡い木漏れ日の差す深い森の中。爽やかな空気。美麗な景観に見とれる余裕はない。
大樹や巨大キノコを足場に、一行は駆ける。牢破りの逃走者として。武装したエルフに追われながら。
活躍するのはチッチィ。浮遊や風の魔法を駆使し、全員の移動速度を上げていた。もっとも、エルフ達も同様に魔法で加速、あるいは転移してくるので差はつかない。
「なァ、嬢ちゃん一人置いて逃げねェか」
「ふざけないで」
「いやァ、一旦一旦。態勢整えた後で助けるからよォ」
「本気なら余計問題」
蹴り飛ばす余裕がないのが惜しい。ヂンペーなりの緊張をほぐすユーモアかもしれないが迷惑だ。
遥か彼方から届く矢をナインが割り込んで弾く。間一髪でも動じないのは認めるが。
「でェ? どこ逃げるよ。犯人とっ捕まえんのも手がかりがねェぞ」
闇雲に逃走してもいずれ数に潰される。疑いを晴らすには真犯人を突き出すしかないだろう。
キウリャに、そしてエルフに化けた犯人。グリフォンの乗り手。エルフを欺き、レーダーからも隠れる難敵。逃げながら作戦会議をしても案はなかった。
しかしアモットが導いてくれる。
『記録を見ると、その森はドワーフの街から彼が飛び去った方向にあります』
「んじゃアジトはこの辺かァ?」
『ドローンを借りるよ! 空撮で見つけてやるさ!』
「お願い。頼りにしてる」
『任せな!』
ドローンが空へと飛び上がる。
仲間は遠方にもいる。捜索してくれるなら逃走に集中できる。必ず成果を出してくれる。それまで逃げ切らなければ。
キウリャは胸の熱を感じ、踏み出す足に力を込めた。
今も追っ手のエルフは複数。容赦なく矢を射掛け、魔法を放ってくる。
ナインに搭載されたライトで定期的に強烈な目潰し。ドローンでも活用してきたそれは今回も有効だったが、徐々に対応されている。
それから銃声でも怯ませられた。威嚇射撃で大樹を削る威力を知って以降は慎重に距離をとっている。
それでも矢と魔法は脅威だ。
軌道予測を用いて迎撃。ショットガンで撃ち落とす。
チッチィが魔法で防御。半透明の壁が弾く。
どちらも限界がある。手を打たなければ尽きるだろう。
かといってエルフを直接撃つのは避けたい。鎧はなくとも魔法で防ぐとは思うものの、万が一が起きたらそれこそ終わり。関係修復が不可能になりかねない。
「スタンガン……リーチが問題か」
「直接ぶん殴りゃどうだァ?」
「……結局それが一番かも」
からかうようなヂンペーの案も真剣に検討する。
接近しなければならないなら同じ。後は攻撃をどう掻い潜るか。
と、集中し始めたところに快活な通信。
ドローンで犯人を探しているはずのタミスだ。
『どうだい状況は? 逃げ切れそうかい?』
「最悪」
「口より手ェ動かしてくれよォ」
「人の事言えるとでも?」
『はっは! 軽口叩ける余裕はあるって事だ。もっと楽になりたいだろ? 今車も回してるよ!』
「遠隔操作? この森で?」
『任せときな! アタシのテクを舐めんじゃないよ!』
タミスが張り切って宣言。合流を目指すのは環境に合わないと疑問が浮かぶ。
だが繋いだ映像を見ると、彼女は不可能を可能にしていた。狭い木々の隙間から道を探し、時には気を薙ぎ倒し、車体を傾け片輪で突破。あちこちぶつけて凹みだらけ。
ヂンペーが引きつった顔で叫ぶ。
「折角修理したばっかだろうがよ!」
『そんなの気にしない! 切り抜けなきゃあ元の子もないだろ!』
ひたすらに豪快。
爆走する車に、一部のエルフが対応に割かれる。矢を射られ、魔法の刃や弾丸を浴びる、液状化した地面に沈む。
それでもエンジンは唸り、電磁障壁や搭載された機器で突破していく。まさにモンスターマシン。仮に合流が叶わなくてもこちらの逃走に有利に働くだろう。
タミスはそれで終わらず、あくまで合流を目指す。熱気が凄まじい。
『まだまだかかるね。もう少し耐えてくれるかい!』
「やっぱ飛べるヤツかバイクにすりゃよかったんだ」
『そいつは同感だがね! 後悔なんざ後回しだよ!』
頼もしい声は疲れてきた体に力をくれた。
とはいえ、迎撃に切りがないのは厳しい。やはり常に居場所を掴まれているのが問題だ。
「エルフは森の声を聞くといいますから筒抜けなんでしょう」
「チィも話せない?」
「森の妖精なら得意分野ですけど、私は書庫の妖精なんですよう」
「ワタシ達と話せるように翻訳したでしょ。森とは無理?」
「えーと、あれ? できる、かも?」
むむむ、と難しい顔でチッチィは試す。必死な様子は健気だ。
だがしばらくすると瞳を潤ませて叫んだ。
「ごめんなさーい! やっぱりできませえん!」
「こっちこそごめん。気にしないで」
「んならよォ森のフリして偽情報を流すのはどうだァ? エルフとは話せんだろォ」
「え? えーとお……やってみます!」
魔法による遠隔会話。キウリャには聞こえないが真剣な表情は頼りに思える。動きがないのは順調な証拠か。
やがて成果は示される。レーダー内の反応は統率された動きから、各自バラバラな動きへ散っていく。惑わされた証拠だ。
「成功したみたい。ありがとう、チィ」
「お役に立てましたよね!」
二人、笑みを交わす。ハイタッチの代わりに指と掌を触れ合わせた。
ただ、減ったとはいえまだ正確に追ってくる者はいた。見つかれば偽装も暴かれるだろう。
皆が持てる力を存分に発揮しているのだ。
キウリャは覚悟を決める。
「……考えがある。オジサンとナインは先行って」
「置いてけってェ? 自分でふざけんのァいいのかよ」
「足手まといって言ってるの」
「んじゃ遠慮なく」
「その行為は推奨致しません」
「分かってる。お願い」
「それでは必ず合流してくださいませ」
ヂンペーとナインはドライに去っていった。
あえて気楽に、背負わせないように、という気遣いだろうか。違うとしてもそう受け取っておけばやる気が出る。
「あの、私は?」
「ごめん。一緒にいて」
「っ……! 分かりましたあ!」
チッチィだけは同行。やる気十分の姿に癒やされる。
そうしてキウリャは地面へ。顔を土で汚し、水色の髪を完全に隠してバッジもしまう。チッチィもポケットに収まってもらった。完全に森に溶け込むカモフラージュ。
あとは息を潜めて忍ぶ。レーダーの反応は近い。
「追い詰めたぞ! 全員射て!」
チッチィの偽装を信じ、ハッタリと断じて潜む。
すぐに攻撃は放たれた。逃げ場のない矢の弾幕。更には風の刃に水のムチ。
樹木の陰に隠れたキウリャの間近を敵意が抜けていく。命の危険を感じても、決して声を出さない。
やがてエルフ達は手を止め、結果を確認。
「何処だ?」
彼らは探す。いるはずの敵影がなく半信半疑で惑う。
その隙にキウリャは音もなく飛び出した。
数秒もすれば気付くだろうが、その時間で十分。
瞬間移動にでも見えたか。驚いた顔に回し蹴り。昏倒する体を掴み、視線を遮る。態勢を低くしてダッシュ。まだ事態は把握されていない。
固く拳を固め、次の相手に下から腹部へのストレート。また一人が沈む。
そこで一旦キウリャはしゃがむ。真上を通過する殺意の刃。背筋に悪寒。追撃を避け、枝を掴んで枝上へ。素早く身を隠す。
エルフは見失ったようだ。
なんらかの魔法を使おうとした彼の背後にひっそりと回り込み、首筋に腕を絡める。このまま絞め落とす。苦悶の表情を静かに地へ降ろした。
ひとまず脅威は去った。
「上手くいきましたねキウリャさん!」
「……運が良かった」
これはあくまで一組。追手は未だ数多い。
安全の為にはここで止めるわけにはいかないだろう。
『キウリャ君。合流するなら最短ルートを提示できます』
「ありがとう船長。もう少し減らしてからにする」
移動して、再び隠れ、奇襲。その繰り返し。
キウリャは傷と疲労を抱えつつ、淡々と懸命に仕事をこなし続けた。




