4 証明なき罠の中
清らかで美しいエルフの都。
その中にあって、暗い。狭く汚く生臭い。格子は木製だが魔法により頑丈。ナインの体当たりでもびくともしない。
罪を疑われた一行は大人しく牢に囚われていた。
「嬢ちゃん、何したんだァ? 怒らせるなんて自覚が足りねェんじゃねェの」
「こんな時までふざけないで」
「そうですよ、何も悪くないのは分かってるでしょう!?」
「へいへい。んじゃ建設的な話をしますかねェ」
絶望的な状況でも軽いのは最早ある種の才能か。塞いで打ちひしがれるよりはずっといい。
この日の朝、キウリャ達が森入り口の町に着く前に事件は起きたらしい。
例の宝珠を盗もうとしたのが、キウリャ。魔法により記録された姿を見たが、確かに彼女そのものだった。未遂に終わったが逃げられたらしい。騒ぎを大きくしない為、この件と盗人の姿は限られた者にしか知らされなかった。もし情報共有されていたら都に入った途端に囚われていたか。逆に無実を証明できていただろうか。
経緯を聞いた後、改めてアリバイがあると説明したが納得されずにいた。
「まァ犯人は例のグリフォンのヤツだよなァ」
「キウリャさんに化けたって事なんでしょうけど……」
「多分幻だか変身の魔法か? あるよなァ、そんぐらい」
「はい。そうとしか考えられません」
「んでもよォ、エルフは魔法の専門家って話だろォ。そんなもんも見分けられねェのかァ?」
「そこが不思議なんですよね……」
チッチィが首をかしげる。
魔法はエルフの領分。幻にしろ変身にしろ、調べて解除するのもお手の物のはずだ。だからこそ反論も通じない。それだけ高位の魔法使いだとしたら、想像以上の難敵である。
『諦めてはいないようですね』
船長アモットからの通信が入った。銃などの大きな荷物は取り上げられたが、ポケットの端末やヂンペーのゴーグルは見逃された。ナインも同じ房内。魔法に自信があり、実際逃げられるとも思えない堅牢さだが、甘く見過ぎだろう。
重く真剣な声。投影された映像部分だけが明るい。
『大変な事になりましたね』
「おォよ。助けちゃくれねェか」
『こちらでも事態は把握しました。城の方々も動いてくれています』
国にとっても想定外の一大事。ズカイナルをはじめ、多くの人間が奔走してくれているらしい。
「こっちの国のヤツが話してくれりゃ納得してくれるかねェ」
「刺客を差し向けたと思われるだけじゃない?」
『そうですね。状況的に共犯を疑われそうです……』
「んじゃ切り捨てられる事もあんなァ」
「縁起でもない」
「そうですよ! そんなのあるわけない、はず、です……!」
「妖精チャンは信じてやれよォ」
『私も独自に調べてみます。くれぐれも無茶はしないようにしてください』
アモットの言葉は有り難いが、キウリャは素直に聞けなかった。ただ待つだけなのは趣味ではない。
牢の格子をじっと見つめる。
「チィだけでも隙間から脱出して真犯人探せない?」
「よっ、責任重大だねェ」
「結界魔法が張られていて無理ですよう!」
当然対策済み。ならば出来る事はないか。
もどかしい状況に強く歯噛みする。
「警告。危険物質を感知致しました」
「えっ?」
と、ナインが唐突に壁へと向かった。体を広げどっしりと構えたのでキウリャとヂンペーも急いで伏せる。
そして、爆発。
壁が破られた。木材が飛び散り木屑が舞う。眩しい光に目が焼ける
感覚が痺れる中に、慌てた通信が響く。
『なになになんスか!? 大丈夫っスか!?』
「大丈夫。ナインのおかげ」
「安全はわたくしがお守り致します」
正面から受けた金属ボディは無事。へこみ一つない。頼りになる仲間に感謝だ。
大穴は脱出を誘うように広がっている。キウリャ達への攻撃ではなく、牢の破壊が目的か。
過激派のエルフの可能性もあるかもしれないが、真犯人の仕業だろう。
「逃げたらそれこそ犯人確定だよなァ」
「見え見えの罠。その内尻尾を出すでしょ」
「そう……ですよね。このままじっとしてるのが正解ですよね」
『でもエルフの人達は信じてくれないっスよね……』
「警告。多数の人物が接近してきております」
慌ただしい足音の主はすぐに目の前に現れた。
エルフが穴から顔を出す。油断なく構えた弓矢。鋭い矢尻がキウリャの心臓に向けられている。
「貴様らの仕業だな」
敵意一色。他の可能性はない様子だ。
矢は威嚇ではない。いつでも本気で放てる。放つつもりでいる。
キウリャとヂンペーは一応両手を上げた。
「ハッ。出来るわきゃねェ。武器没収したのァそっちだろォよ」
「船長。友好的になれないかも」
『……君達の安全が一番です。現場の判断を信じます』
アモットは穏やかに応えた。覚悟を決めた言葉を信頼する。キウリャはきつく拳を握った。
「皆さんダメです!」
泣きそうな顔でチッチィが両陣営の間まで飛び、魔法を使った。矢を防ぐ為の盾。半透明のそれを挟んで説得を試みた。
「話し合いましょう!」
「妖精。何故肩を持つ」
「キウリャさん達は何も悪くないからです!」
「もういい。排除する」
矢に加え、あちらも魔法。光り輝く陣と呪文が敵意を形にしていく。捕縛で済むとは思えない。
チッチィも真剣な表情。小さな汗が伝う。魔法のぶつかり合いが始まろうとしていた。
が、攻撃が放たれる前に、若いエルフが慌てて駆け込んできた。
「宝珠が盗み出されました!」
「ほら、犯人は他にいるんですよ! こんな事してる場合じゃありません!」
「ふん。貴様らの仲間だろう。惑わされるものか」
『今来た彼を取り押さえるべきだネ。偽物だヨ』
唐突に割り込んだ通信相手はワトウ。落ち着いた断言により注目は一人に集まった。
疑惑に静まった場を、エルフが静かな怒りで破る。
「何を言うか」
『歩行に違和感があるのだヨ。重心の取り方はまるで違う生物のようだネ。よく確認するといい』
「惑わされるものか!」
一喝は激しい。疑ってしまった自らに言い聞かせるよう。
若いエルフは胸を撫で下ろす。
「良かった。疑われるかと思いました」
「同族を疑うものか」
『……こうなるだろうネ。君達はマークしたまえヨ』
「了解」
キウリャは端末を操作し、例の彼を標的に設定。したはずが、上手くいかなかった。やはりなんらかの方法でジャミングしており、レーダーに映らない。
不審人物は、周囲に見つからないように、そしてキウリャ達には見せつけるように、ニヤリと笑った。
「宝珠を奪還に向かいます!」
数人が別れ、何処かへ向かう。堂々と去る後ろ姿が憎らしい。これまで撃退してきた意趣返しだろうか。
追いかけたいが、未だ数人が立ちはだかる。
聞く耳を持たない彼らは、遂に爆発寸前。
「雑事は手早く済ませる」
「これは正当防衛だから」
そして火蓋は切られた。
まずは鋭い風切り音。チッチィの魔法が矢を防御。だがエルフ達はそこに魔法を仕込んでいた。盾の魔法がバラバラに砕け散る。
その隙にキウリャが飛び出した。
電光石火の勢いで、一番近い相手に顔面に飛び膝蹴り。次いで体を捻って隣に踵落とし。ヂンペーもタックルを浴びせ、ナインが体当たりで吹き飛ばす。
ひとまずは制圧。安全を確保した。
「結局強行突破かよォ。凶暴だねェ」
「他に手がある?」
「ハッ。ある訳ねェよなァ」
ドローンが取り上げられた荷物を運んでくる。準備は万端。いざ牢破りの逃亡者へ。
一行は慌ただしく森の都を駆け出していった。




