1 宇宙の飛び方はいくらでも
強い雨が降っていた。分厚い雲が世界を暗く染める。丘から見る街では古めかしい雨具が使われていた。端から見る分には風情を感じる。
キウリャ達はドワーフの街から丘に戻ってきていた。定期的にアモット達とも連絡が取れるようになり、順調と言える。
雨天でも、フィアーピッカー号の穴が塞がった今では安心。キウリャは快適な室内から雨音を聞く。
「いやァ、やっとスッキリしたなァ」
「サボってた癖に」
「ありがとよォ。おかげでハイスコア出せたわ」
キウリャとヂンペーは綺麗に片付けられた貨物室でいつものやりとり。修理された物資を整理していたのだが、キウリャが作業に集中している内にヂンペーの姿は消えていたのだ。膝裏に蹴りを食らわせて無様に転ばせておく。
代わりに働いていたナインはスリープモードで充電中。存分に労いたいところだ。
修理した機材や車両が整然と並ぶのは清々しい。ドワーフ達の協力もあり修理は完了。
棚にも物資。完全に壊れて使えない物は廃棄したいところだがこの星に残すのは問題だった。焼却するにもエネルギーも余計に使うのでこのままだ。
半壊した状態からよく戻せたと感嘆する。
ただ、大きな問題がまだ残っていた。
「それで? ピッカー号の見込みは?」
「こっちの方はもう無理じゃね」
ヂンペーは軽い調子で現実を突きつけてきた。絶望感は今更だとはいえ、やはり気持ちは重い。
宇宙航行には高度な技術が必要だ。重力制御。亜高速航行。宇宙開拓を大きく広げたそれらは、母星外で発見された物質の恩恵であった。修理に必要なその素材は、この星では未だ見つかっていない。
宙に浮く岩に目をつけ実験してみたが、活用は難しいようだ。この星に満ちる魔力が作用しているので星の外へ持ち出しても効果は持続しないらしい。
「もうここで過ごすしかないって?」
「悪くねェだろォ。ほれ、妖精チャンとも仲良いんだしよォ?」
否定を期待したキウリャの発言にも、ヂンペーはあくまで軽薄。ネガティブな感情は見えない。本気で思っているのだろうか。内心が窺えなかった。
思わずキウリャは歯ぎしり。確かにチッチィとは離れ難いが、だからといって認めたくない結論だった。
「……帰らないと意味がないでしょ」
自分で思うより低い声が出た。
無意識に缶バッジを握る。夢の象徴であるそれを、強く。
ただ冒険を繰り広げるだけなら自己満足。成果を持ち帰る事が目的だ。
そうして母星は発展を続ける。
使命感。好奇心。一攫千金。なにかしらの夢は、帰還してこそ意味を持つはずだ。
「オジサンだって持ち帰りたい何かがあるんじゃないの?」
「さてねェ。俺ァ志願してねェからなァ」
ヂンペーの答えは冷え冷えとしていた。
痛い程のピリピリした空気。ヂンペーの薄ら笑いの奥には、重い情が見え隠れしている気がした。
沈黙が続く。雨音が満ちる。空調は管理されているのに、ジメジメとした感覚があった。
と、そこに。
「わー! お二人とも、こんな所にいたんですね! 探しちゃいましたよ! 雨ですもんね!」
チッチィが宙を突撃してきた。明るい声が空気を瞬く間に入れ替える。
重苦しい話題は霧散。キウリャはホッとする。
「あれ? どうかしました?」
「別に」
「おォ、このままじゃ俺達ゃ帰れねェって話してたんだよォ」
話を戻したヂンペーに肘打ちを食らわせ、睨む。
チッチィはいつもの光景だとスルーし、話の内容に顔を青ざめさせる。
「ドワーフの皆さんでも修理できなかったんですか……?」
「……うん」
「えっと、大丈夫です! 直せる方法はきっとあります!」
「ありがとう」
元気づけようとしてくれたチッチィに微笑むキウリャ。微笑ましくて刺々しい気持ちも和んだ。
ただ、急にチッチィは寂しげな雰囲気となり、キウリャのすぐ近くに飛んでくる。
「でも……そっか。そうですよね。いつかは帰るんですよね……」
目尻を下げ、寂しげ。手が頬に触れた一点が、酷く冷たい。
キウリャはぎゅっと心臓が縮む思いだ。帰らなければ、という思いは強くても、やはり別れの覚悟は軽くならない。
「でも応援します!」
「……ありがとう」
寂しさを強引に払ったチッチィの姿に、キウリャは身勝手な思いを押し込んで応えた。
「私もなにか役に立てませんか!?」
「応援してくれるだけで嬉しいから」
「おォ。そういや妖精チャンの魔法があればこの船飛ばせんじゃねェか?」
ヂンペーの提案が割り込んだので、キウリャはしんみりした空気から一転して凄む。
「は?」
「乗り込んで魔法使ってもらやァ代わりになりそうだろォ? な、こんなモン楽勝だよな?」
「えーと……魔獣よりは簡単ですけど……?」
「故郷に帰れるように直すにゃ素材が足りなくてよォ」
確かに希望となり得る。だが、それは残酷な選択だ。
「故郷を捨てさせる気?」
「どうだろなァ。いざとなりゃあ移住するって手もあるよなァ」
「そうですね。往復すればいいだけですし!」
「一年はかかるぞォ?」
「一年!? そんなに遠いんですか!」
「おォ、しかも帰りにゃ嬢ちゃんはいねェんだぞ」
「ああ……そうですよね……だから故郷を捨てるって……」
驚き、そしてささやくように理解が広がる。再び重い空気へ。
やはり強いるべきではないと思ったが、ブツブツと悩みだした。
「悪く、ないかもですね……ふふっ」
背を向けての呟き。妖精らしからぬ鈍い声が聞こえた気がした。妙なオーラは錯覚か。
「まァ、妖精チャンが良いなら良いんだけどな? どっちにしろ仮説だしよォ」
引き気味のヂンペー。言い出しっぺが困惑している。
キウリャはもう見守るだけだ。
「つうかまた仕事の話があってきたんじゃねェの?」
「あっ! そうでした、すみません!」
何もなかったかのようにこちらを向いたチッチィ。気持ちの良いニコニコ笑顔には、先程の影が見当たらない。
「次はエルフの都が目的地です!」
エルフ。キウリャ達からすればドワーフと並ぶファンタジーの住人だ。長寿で美しく、魔法に秀でる種族。
ドワーフ達と同じく友好的な関係になれるだろうか。
「そこにも例の宝珠があるんです」
「つまり、狙われる?」
「はい。それに、この船もエルフの方々の魔法なら直せるかもしれません」
「やっぱエルフの魔法は凄ェのか?」
「はい、勿論!」
新たな希望。上手くいけばチッチィに無理を強いずに済むかもしれない。例え不発だとしても、前を見るしかないのだ。
それに、苦しめられたあのグリフォン乗りとは、そろそろ決着をつけたかった。胸が熱くなる。
「今度こそとっ捕まえてやる」
「おォ、怖ェ怖ェ。敵さんも可哀想になァ」
とりあえずヂンペーに蹴りを入れると、蹲る彼を他所に出発の準備を始めるのだった。




