10 あの日の少年に乾杯
晴れ渡る空が果てしなく鮮やか。柔らかい風が粉塵を吹き散らして清々しい。
魔獣を再封印。鉱山の宝珠も取り返した。
ドワーフの街を守りきったのだ。大きく崩れた箇所も多く、しばらくは簡易的なテントで過ごすしかないが、職人達がいれば復興も早いはずだ。
だから、今は宴会。
フィアーピッカー号も停まる広場に、簡単な調理場が作られていた。特大サイズの鍋と鉄板。急造のテーブルと椅子も職人仕事が光り、酒樽も山積み。
アウトドア料理は暴力的に食欲を誘う。肉の焼ける音と匂いが腹の音を誘っている。
ドワーフ達が大騒ぎで飲み食いする中、キウリャも猛禽の丸焼きにかぶりつく。
溢れる肉汁。刺激あるスパイス。噛み応えのある食感。
他の料理も次々手に取り、黙々と口に運ぶ。
ドワーフ達が親しげに話しかけてくるのも曖昧に受け流し、存分に食欲を満たす。
だがチッチィは別だった。
「キウリャさあ〜ん」
「チィ。どうしてたの。しばらく見なかったけど」
「それが今回の件を急いで報告しないといけなくて……まとめるのにかかりきりだったんですよお……」
魔獣。宝珠。確かに王に報告すべき一大事か。ズカイナルも見ないので、戦闘だけではなく事務仕事もこなさなければならないらしい。
キウリャ達にも報告は必要だが記録映像をまとめればいいだけなので苦ではなかった。
頑張っているチッチィに肉を丁寧に細かく切って差し出す。
「大変だったね。よく頑張った」
「わあぁ! ありがとうございますぅ!」
魔法で肉を浮かせて小さくかじる。可愛い姿に精神も癒やされる。
「わああ! 美味しいですっ!」
「うん、楽しもう。うるさいのもいないし」
「周りの皆さんは大丈夫なんですか?」
ヂンペーやズカイナルがいない自由を満喫。宴会だろうと二人が望ましい。
無視が許される相手だと甘えているのもある。
ただ、その代わりなのかナインがドワーフ達に囲まれていた。
「アンタは食わねえのか!?」
「はい。わたくしには摂取した食料を分解する機能はございません」
「ゴーレムと同じなんじゃろ!? なら仕方ないじゃろ!」
「おうし、だったら改造しちゃろう!」
「がはは! それは良い考えじゃのう!」
「申し訳ございません。改造はご遠慮くださいませ」
ナインは淡々と答えるもまともに受け入れられない。アンドロイドを理解していないのではなく、酔っ払いの暴走のようだ。丁寧な対応はまるで効果がない。
キウリャは溜め息を吐いて立ち上がる。
「ねえ、絡むの止めてくれる?」
「おお! 仲間なら説得してくれんか!?」
「見たじゃろう! わしらに任せてくれりゃあ良い仕事をするぞ!」
「だから無理。大人しく仲間だけで飲んでて」
冷たく言い放てば、ドワーフはキウリャに赤らんだ顔を向けてくる。
「ならばお前さんが来てくれんか? 美人と呑みたいもんじゃ!」
「そっちが言う事聞くのが筋でしょ。宝を取り返したの誰だと思ってる?」
やはり酔っ払いと冷ややかに見下すキウリャ。
だがドワーフ達はきょとんとした後、豪快に笑う。
「がははっ! そうじゃ英雄はもてなさんとな! そらお前ら、とびきりの酒を注げい!」
「おう! 恩を返さねばな!」
「は?」
どんどんドワーフが押し寄せてくる。陶器の杯に酒がなみなみ注がれ。中には樽ごと抱えてくる者まで。酒や料理を押し付けられ、身動きもとれない。
悪気はないのだろうが、明らかに過剰だ。
元々来たばかりのこの街、愛着は薄かった。人を守るべきという倫理観や、手柄を立てれば自分達の利益になるという思惑に、父への憧れ。それが主で特別な理由はない。
他にあるとすれば、可愛らしいチッチィ、英雄そのもののズカイナル、好ましく思う二人の為。きっと、二人の望みだから助けたかった。
そして、救った人々の笑顔も、無茶をして良かったと思えたのだ。
とはいえ、感謝なら素直に受け取る訳でもない。
「……全員、退いて……!」
「抑えて! 抑えてくださいキウリャさん」
「皆様落ち着いてくださいませ」
大騒ぎは止む気配が皆無。むしろ増々盛り上がる。
実力行使しかないだろうか。だから酔っ払いは嫌いだ。アルコールを制限した母星の判断は正しい。
「……オジサンは何処に行ったワケ?」
熱気に包まれつつ、見かけたらただじゃおかないと八つ当たりを決意した。
「強ェな。やっぱガバガバ飲むもんじゃねェわ」
ヂンペーは片手で頭を押さえて呟いた。
宴の喧騒から遠く離れ、手ごろな岩に腰かけて手酌で飲む。揚げた魚をツマミに酒を味わい、複合現実の再現タバコをふかす。実に良い気分だった。
のだが、元気な声に水を差される。
「こんなところにいた! 探したよ!」
「……それはこっちの台詞だろォ。ボウズはあっちで肉食っときゃいいんだ」
ドワーフの子供、ニルネル。
不機嫌な様子でしっしっと追い払う仕草をするも、まるで気にせず隣に座った。足をぶらぶらさせて、ニコニコと笑っている。
「ありがとう! また皆で仕事ができるのもヂンペーさんのおかげ!」
「よせよォ。俺ァ大した事してねェ。嬢ちゃんやら勇者サマに比べりゃカスみてェなもんさ」
「そりゃズカイナル様の方が格好良いけどさ!」
「そこは認めんのかよォ」
キラキラと純粋な瞳が見ていられない。
この瞳が、すがるような声が、必死に街を助けてと懇願する姿が、先行したキウリャの後を追わせたのだ。
あれだけの化け物なら諦めも仕方ないと思っていたのに。正義の味方に憧れなんてないのに。
柄じゃないと突っぱねなかったのは、あの人の真似だろうか。
溜め息を吐きたくなるのを堪える。さっさと済ませようと話を進めた。
「……何の話が聞きてェんだ」
「ありがとう!」
やはり眩しくて目を逸らす。もう酒もタバコも味がしない。
「じゃあまずはあの乗り物! どうやって動いてるの!?」
「おいおいまずは、ってなんだ。どんだけ聞く気だよ」
「聞きたいことなら山程あるよ!」
「じゃあヤメだ」
「えー! なら一つ! それなら良いよね!?」
勢いづけて体を更に寄せてくるが、しばし無言。
やがて意を決して、少年は裏返った声で聞いてきた。
「ヂンペーさんみたいになれるよね!?」
「あァん?」
予想外の言葉に調子を狂わされた。ヂンペーはニルネルと真っ直ぐに目を合わせる。
「俺みたいな大人にゃならねェ方が良いぞォ?」
「そんな事ないって! だって父ちゃん達も褒めてたし!」
「俺が凄いんじゃねェよ。俺ができるのは故郷じゃみーんなできる事だよォ」
「なにそれ、行ってみたい!」
やはり逆効果か。物珍しさに飛びついただけだろうが、キッチリ釘を刺すべきだ。
「止めとけよォ。ここは良い所だ。最高だよ」
管理社会にもメリットはある。だがそれは、散々消費して、行き詰まった星だからだ。
まだ豊かで余裕のある世界ならば、自由な方が余程メリットがある。
かつての自分は諦めて、偶然得られたわずかな幸福、貴重な思い出だけを必死に抱えていた。いつまでも引きずるほどに。
しかしこの星の人間は、まだ諦める必要はないのだ。
だから、代わりに自分が諦める。
かつて自分がされたように、ヂンペーは少年と向き合う。
「んだからまァ、俺の知識は残しといてやるよ。仕方ねェ」
「ありがとう!」
ヂンペーは地面に映像を映して青空教室を開く。
ぶっきらぼうで投げやりで、それでも子供を導く大人として胸を張れる程度には、真面目に。




