8 セカンドラップバディーズ
周りは崖。慈悲なき絶壁。エアヴィークルを撃墜され、地面に転がったキウリャ。
その前に現れたのが、ヂンペーの乗るガソリンエンジンのオフロードバイクだった。
有り難い救援ではあるが、今の状況に適しているかは疑問である。
「なんで追いかけてきたワケ? 向こうは?」
「保険があってよかっただろォ? あと向こうはナインと妖精チャンに任せといた」
「どうやってソレでここまで?」
「最初に妖精チャンに手伝ってもらやァ困らねェよ」
「今必要なのは飛べる乗り物でしょ」
「つったって元々ソレしかなかっただろォが」
「……向こうは飛んでるのにそんな骨董品でどうするつもり?」
「そこはほれ、嬢ちゃんのソイツでカバーしてくれよォ」
質問攻めの果てにヂンペーはレーザーライフルを指した。
相手は上空の遥か彼方。射程は長いが命中させるのは難しい。素人考えの作戦でしかない。
だとしてもキウリャは乗るしかなかった。しかも旧型車の訓練は現行機に比べて疎かにしていたのでヂンペーと二人乗り確定だ。
「……他にない、か」
「そうそう。んじゃ掴まれ」
「……最悪」
「オジサンだって傷つくんだぜェ?」
キウリャは再度苦々しく呟いた。心底嫌な気持ちを表現。ヘラヘラ笑うヂンペーへの遠慮は皆無だ。
それでも彼の後ろに跨り、安全の為にベルトで固定した。
両手を空けられるように、レーザーライフルだけを回収してスリングで肩に掛ける。
「振り落とされんなよォ、嬢ちゃん」
「むしろそれぐらいのスピード出して。追いつけない」
「ははっ。そうこなくっちゃなァ!」
エンジンが唸る。重低音が轟く。体に響く振動はエアヴィークルより遥かに大きい。
土煙をあげて谷間を駆ける。一人で乗れば格別に爽快だっただろう。
ガタガタと揺れる道なき道でも文句は言わず、速度優先。雄大な景色は堪能する間もなく流れていく。
レーダーの反応は相変わらずない。予測と望遠カメラが頼り。段々近付いてくるはずと信じて爆走。
その代価として、二人は密着。曲がる度に異なる荷重がかかるし、振り落とされないよう自ら腕に力を込めねばならない。
感触と体温が伝わってくる。ムズムズして居心地が悪かった。
「間に挟む物ない?」
「そんなに嫌かよォ。オジサン悲しいぜェ」
「このスピードで舌噛めばいいのに」
「嬢ちゃんこそ危ねェぞ?」
普段のやりとりには高揚感も緊張感もない。平常心は戦闘を冷静に進めるのに最適ではあるか。
また、万全な状態で挑める。
向こうも乗り換えた事に気付いているだろうか。
「さて、そろそろ来るよなァ」
「防御は直ってないの」
「ある。んだが、嬢ちゃんだって落ちただろォ。まァ、判断ミスのせいだけどなァ」
「それは認める」
「おォ素直。なら分かるよなァ? ぶっ続けで使う訳にゃいかねェ」
「同じ戦法の繰り返し?」
「しかねェだろうよ」
エアヴィークルと同じ小型の電磁障壁はあるようだが、電力を食う。使えば引き離されるし、いずれバッテリーも尽きる。
タイミングは見極めなければいけない。
「そらお出ましだァ」
「……動かないで」
「いやァ、ソイツの出番はまだだ」
追尾する矢にライフルを向けようとしたが、ヂンペーに言われて止める。ここで疑問に思わない程度には信用があった。
ヂンペーはハンドルを切った。崖スレスレ、服がかすれる程の位置取り。矢も進路を曲げる。
そこで更に急転回。揺さぶられる体。車体が大きく傾き、今度は地面に顔が近付く。そんな恐怖の代わりに、矢は崖へと突き刺さった。
砕ける岩を置き去りに前へ。
姿勢が元に戻ると得意げな声が聞こえてきた。
「な?」
「……こんなの何処で訓練したワケ。懐古趣味にも程があるでしょ」
「散々VRで乗り回したからなァ」
「は? ぶっつけ本番?」
「オイオイ。VRが現実にゃ役に立たねェなんて古臭ェ考え持ってんのかよォ」
キウリャは言いたい事をぐっと呑み込んだ。そろそろ余計な消耗は避けねばならないから。
そして傷跡の谷が途切れる。
山地から、大岩の点在する草木のまばらな荒野へ。動物も確認できる。遮る物が消えて風が吹き抜ける。
視界が開けて、グリフォンもよく見えた。つまり相手からも丸見え。
長距離狙撃が真っ直ぐに襲来。
崖がないので同じ手は使えない。いや、誘導より速度と破壊力重視か。急ハンドルを切れば地面へ潜るように抉る。
「そら、嬢ちゃんもやってくれ。牽制にゃなんだろ」
「指図しないで」
右手をヂンペーから離し、片手でライフルを構える。体を後ろに倒し銃身をヂンペーの肩に乗せて安定。
狙いを定めさせない為のジグザグ移動。猛烈な速度に強引な姿勢、正確な狙いは難しい。
それでも果たす。
光線が走った。二種類の攻撃が交差する。
天と地。互いに狙いはほぼ正確。すぐ間近を抜けていく。
が、やはり互いに動じない。追跡劇は乱れない。天地で直線が飛び交い続ける。
「追いついた時の考えはあるワケ?」
「おう。そりゃこれから二人で考える」
溜め息を吐いた。
人任せにしたのが悪かった。純粋な腕比べで勝てばいいだけだと覚悟を決める。
が、事情が変わる。グリフォンは旋回して、こちらの方へ飛んできたのだ。
「んん? 逃げるの止めたみてェだな」
「真っ向勝負で決めたいワケか」
「おいおい凶暴な嬢ちゃんじゃあるめェし。まァ、ストーカーに家バレたくねェんだろ」
「その言い方止めて」
バイク上でなければ蹴りを見舞うところだ。
それより、相手は逃げ切るより勝負を選んだ。
長期戦のリスクを嫌ったのかもしれないが、勝ち目があると判断されたのかもしれない。
なら、燃えてくる。強気な微笑みが浮かぶ。
「好都合」
「やっぱ凶暴じゃねェか」
天罰の如き矢が降ってきた。
急加速、急カーブ、ドリフト。ヂンペーのテクニックでかわしていく。後に引く土煙が荒野を覆う。
負けじと反撃のレーザーを空に放つが、こちらも外れに終わる。あと七発。
「情けねェなァ。俺ァ仕事してんぞォ」
「うるさい」
一旦殺意の雨が止んだ。
天地で別れたバイクとグリフォンが交錯。その一瞬、騎乗する鎧、兜に隠れた顔を睨む。
直後にUターン。グリフォンも旋回。
互いに円を描くような位置取りで撃ち合う。
矢の衝撃とバイクの轍、砂埃が生まれたそばから風で薄れる。殺風景に伸びる光の線。
決め手のないまま、弾切れが迫る。焦りを噛み殺して心の凪を保つ。
道路ではない、ガタガタの荒れ地。当然揺れ、射撃には不利。
「なるべく揺らさないで」
「無茶言うんじゃねェ……が、叶えてやりますかねェ!」
嫌な予感はすぐに的中した。
唸るエンジン。猛加速。
ヂンペーは猛スピードで岩に乗り上げ、そのまま大ジャンプ。もしくは派手な事故。車体を宙に浮かべた。
「これで揺れねェだろ!」
「……後の事考えないワケ?」
文句を言いつつ、確かに安定はすると受け入れる。良い仕事と評価しておくべきか。
スッと目を細める。呼吸を止める。
涼やかな瞳がグリフォンを捉えた。
標準の中央に標的。互いの速度から、狙うべき位置を割り出す。
が、先制は矢。自由落下するしかない空中。窺地。
そこで目前が光る。電磁障壁が攻撃をスパークに変えていた。
瞬時に攻守交代。
指に込めるのは僅かな力。静かに引鉄を絞る。
レーザーが真っ直ぐに駆けた。
大地から空へ。斜めに走る光。
狙い通りにグリフォンの右翼を撃ち抜く。散らばる羽。青を染める赤。甲高い鳴き声。
不安定にはなったが飛行を続けている。
「もう一発いるか」
「ん? オイ待て」
グリフォン上の彼はクロスボウを構えていた。ただし狙いは明後日の方向。
放たれれば、望遠カメラが矢に付着した異物を捉えた。
「おいアレ宝だろ!」
「囮にして逃げるつもり?」
「どっちにするよォ? ヤツらを捕まえた後でゆっくり探す手もあるよなァ」
「……急いで持ち帰らないと街が危ないでしょ」
「やっぱ確保が最優先だよなァ」
ハンドルを切った。矢が射られた、その先へと爆速で追いかける。
矢は方向転換はせず真っ直ぐに離れていく。振り返ればグリフォンはフラフラと逃げていく。決着はまたの機会だと、去りゆく背中を記憶した。
「どこまで飛ぶんだよ!」
荒野から再び谷へ。追跡の工程を半分程戻った。落下した先は幸い難なく拾える地点。
宝玉を回収。神秘的な美しさと強大な力を誇る代物。接着剤のような物でくっついていた矢をむしり取る。
成果を手に掲げれば、達成感が満ちる。
「……まァ。俺らの勝ちだろ、これは」
「完全勝利はお預けだけど」
「んなモン放っとけ。それより届けねェと、だろ?」
「それは、そう」
だが、終わっていない。魔獣を封じる為、二人は最高速度で走り抜ける。




