4 幼い瞳は何故に輝く
子供の頃、家にはヂンペーが一人だけで住んでいた。
機械類の稼働音が空虚な室内に響く。他人とのふれあいは皆無。
両親はいない。はじめからいなかった。
人類が星の外へ飛び出そうと、統一政府など夢のまた夢。むしろ地域ごとの分断が進んでおり、彼が暮らすこの国では合理性を最優先とした政策がとられていた。
国民は全て政府の管理下。人工受精から始まり、施設で一括して養育と教育。十二才を迎えれば住居とアンドロイドを与えられての一人暮らし。以降はネットワーク上の学校、仮想空間に意識をダイブして教育を受ける。成人後の仕事も用意されている。
そうして国民は皆均一的。格差はなく、不幸もない。生活に苦しむ事のない社会が築かれていた。
ヂンペーはそんな人生に不満はない。なかった、はずだ。
貧困による苦しさをなくしたのだから政府としては正しい。宇宙にすら資源を求める時代なら尚更。
家事はロボット任せ。食事は工場で生産され送られてくる。健康的でストレスも小さい。
娯楽は豊富。ネット越しの友人も大勢。
だからなんの不満はないのだ。
ただ、引っかかっている事は、一つあった。
「どうも。トニーメカニカルサービスです。メンテナンスに参りました」
滅多にない訪問者は整備業者の女性だ。
全てのロボットにオートメンテナンス機能は搭載されているし、修理も専門の完全自動化工場で行われる。それでも人の手による整備は必要だ。細やかな仕事は機械の寿命も伸ばす。
とはいうが、それは単なる建前。実際は人間の仕事を確保する為、人間の役割を残しておく為の無意味な仕事だとヂンペーは睨んでいた。単純な労働はロボットの役割で、高度な労働を果たせる人間は限られるから。
将来自分がそうなるとしても構わなかった。
業者の女性は幼い客に目を合わせて、いつも通りの台詞を発する。
「予定通りで構いませんか。なにか気になる事はあります?」
「ううん。普通。……それより、今日も見てていい?」
「もちろん」
この仕事は無駄な暇潰し。
それでも、強烈に興味を惹かれていた。
ロボットを停止させ、作業スペースに工具を広げる業者。分解して部品の清掃、交換。
丁寧な仕事を食い入るように見つめる。経年劣化したロボットを新品同然にする滑らかな手つき。彼女の細く色白の指は、油汚れと細かい傷だらけだ。
失礼だと学んでいても目を離せなかった。
作業も中盤になると、女性の口調は事務的なものから砕けたものへ変わる。
「……いつもいつも飽きないね。そんなに整備が好きなんだ?」
「あ……うん」
「そっか。じゃあ今日は何の話がいい?」
「今日は……じゃあ昔の車の話!」
「よっし、得意分野だ。任せて」
整備片手間に他愛ない、役には立たない話をする。
全ては知識欲だ。
仮想現実でも体温や匂いは精巧に再現され、現実と区別はつかない。
それでも実際に見ると、やはり感じるものがある。他では経験できない感覚。
時代遅れの知識も、得るだけで喜びがある。
きっと、それが理由。他にないと自分に言い聞かせた。
口を動かしながら手を止めない彼女。少年の視線は、次第に手元から顔へ。
じっと、顔を見る。艶やかな唇。滑らかな肌。透き通るような瞳。
ふと、目が合った。見つめ過ぎて鏡のように己が映る。ヂンペーは顔を赤くして背けた。
「あ、ごめんなさい!」
「いいよいいよ。そんなにお姉さんは綺麗かな?」
彼女が微笑むと、心臓が痛いくらいに跳ねた。顔も一瞬で真っ赤になる。
己に戸惑いつつ、慌てて目線を整備中のロボットへと戻した。
「たまたまだよ、たまたま!」
「分かってるよ。ごめんな」
女性業者は整備と話を再開。以降は少年の視線に触れなかった。
穏やかな話し声と、金属同士が接触する小さな音。静かな空間には好ましい平穏があった。
このひとときが、特別な思い出。空虚な日々で待ち望む小さな幸福。
秩序の代わりに不自由な管理社会。誰かがそう言おうと実感はなく、何も悪くないと思っていたのだ。
「ぐっ……おおお……っ!」
爽やかな朝を否定するように、苦悶の声が響く。
ドワーフの街に降ろされたフィアーピッカー号。ヂンペーの私室。
壁と天井に木造建築、床には幾何学模様のマットのデータを投影しており、落ち着いた雰囲気。
ただ、雑多な物が散らかって台無しだ。例えも難しい妙な形の置物。毒々しい多肉植物の鉢植え。愛用の工具。酒の空き瓶。持ち込んだ私物に加え、この星での買い物でも増えた。酔っている間に持ち帰ったのか、覚えのない物も多い。
ヂンペーは夢の内容に悶絶していた。
少年の頃の記憶。恥ずかしい過去が今を打つ。
彼の基礎となった重要な過去ではあるのだが、大人になった今の感覚では忘れたくもなる。
実際何年も思い出していなかった。
なのに今更夢に見た理由は、やはり子供に懐かれたからだろうか。
「俺ァあんなに純粋じゃねェっての」
頭をボリボリとかき、渋い顔で吐き捨てる。
昨日は結局、あれからずっと離れずにじいっと隣から見つめられていた。何度も話しかけられては適当な相槌を打っていた。
何処かの誰かとそっくり重なるように。
「あァ、クソ。子守なんざガラじゃねェ」
雑に身支度を整え、船を出る。朝食は抜いた。
正直まだ寝ていたかったが、また夢を見るのはお断りだった。
「皆様おはようございます。本日もよろしくお願い致します」
「おお、よろしくのう! お前さんも解体させれくれんか」
「心苦しいのですがお断りさせて頂きます。本件より自己の保存が優先されるのでございます」
「ガハハ! その通りじゃのう!」
丁寧な挨拶をしたナインがドワーフの長のグンゲルンにバシバシと肩部を叩かれていた。
巻き込まれたくないので横目でさっさと通り過ぎていく。修理作業の続きは優秀なアンドロイドに任せてもいいだろう。
街の外れまでのんびりと歩き、崖から景色を見下ろす。複雑な地形が広がっていた。不自然に切り立った谷が迷路のよう。空とのコントラストは非常に絵になる。
複合現実の再現タバコをふかす。
仕事をサボって絶景を眺める。罪悪感もない純粋に良い気分だった。
「スッゲェもんだな」
「これはね! ガンガラジュの残した傷!」
「うおォ!」
突然現れた少年に驚いて飛び上がった。足を踏み外さなかったのは幸運。日頃の行いは悪くないと証明された。
少年はニコニコ笑顔で期待している。
思っていた以上に懐かれたらしい。
逃げようかとも思ったが、すぐに、そしていつまでも追いつかけられる気がした。
これ見よがしに溜め息を吐きつつ、大人しく話に乗ってやる。
「つうかガンガラジュ? あんだそりゃ」
「伝説の魔獣! かつて世界を滅ぼしかけただけど、英雄達に封印されたの!」
「へェ。凄ェ凄ェ」
聞いては見たが興味は湧かない。
ただ、気のない返事は当然、強く反発された。
「あ、信じてない! 今も火山の底にいるのに!」
「おとぎ話だろォ?」
ドラゴン、ダンジョン。
様々なファンタジーを体験してきた今、信じていない訳ではない。むしろ事実である可能性が高い。だがどうしても現実味が薄かった。
封印されたのなら気にしなくていいだろう。
「んで? ボウズ、わざわざ探しに来た理由は?」
「早く教えてもらいたいから! あと名前はニルネル!」
「そォかい」
技術を教えると約束した覚えはない。
だがニルネルはキラキラと輝く目、真っ直ぐな感情で慕っている。教えてくれると、まるで疑っていない。
うんざりして崖を見るヂンペー。ハッキリ言って苦手だった。嫌われる方が気楽だ。
やはりぞんざいに対応した。
「仕事なら報酬をもらわねェとなァ」
「もちろん払うつもりだった! おいくら!?」
しつこく食い下がってくる。むしろ許可を得られたと喜んでいる。
どうも失敗したらしい。
彼には見えないタバコの煙をヂンペーは長く吐いた。
「金は要らねェんだよなァ。俺が知らねェ魔法の仕組みと交換とかよォ」
「父ちゃんに頼むよ!」
「なら父ちゃんに教える事になんぞォ」
「じゃあ……じゃあ……えーと……」
「な? 大人しく遊んでろって」
「ええーっ! こんなに楽しい事ないのに!」
楽しい。それこそが少年に唯一必要な真実。他に何もないのが若さの強みか。
ヂンペーがメカニックになったのも似たような理由だ。適性から割り振られた選択肢の中から選ぶ時に、思い出が引っかかったから。
きっかけはささいな衝動。やがて自覚した下心。そんな記憶のせいで魔が差したのだ。
決して、誇れる使命感などはなかった。
だから政府から星外調査隊への参加を伝えられた時も、大した意義を見出だせずになりゆきに任せただけだった。
イライラしたのは羞恥心のせいか、同族嫌悪なのか。
ヂンペーは追い払うように手を振りつつ大人気なく拒絶した。
「だァめだ。ボウズには教えらんねェ。危ねェからな」
「えーっ!」
「そん代わりに……ほれ、これなんて面白ェぞ」
予備の端末を起動。地面に投影したのは数百年の歴史があるシンプルな落ち物パズルゲーム。
「なにこれーっ!」
即座にキラキラした反応を見せたニルネル。真っ直ぐな感情表現がやはり子供だ。少し手本を見せた後に操作を教えれば、ガッツリ食いついて遊び始める。
ヂンペーは夢中になっている隙にこっそりと離れ、真面目に仕事へと向かうのだった。




