8 行き止まりの日々でも宙を見る
荘厳なる王城。その一室。
窓から見える景色は変わらない。空の青。堅牢な城壁。中庭の花壇の華やかさ。時折見かける人の顔触れもほぼ同じだ。
城の客室にいるのはフィアーピッカー号の乗組員達。
文官との情報交換は何度もこなしたが進展は感じない。独自調査に限界もある。手詰まりだった。
ただそんな諦念は、逆に呑気な空気を作り出している。
「ダンジョンってどんな感じっスかねー。行ってみたかったっス」
「全くだ! アタシも体が鈍って仕方ないよ!」
「姐さんなら着替えたら現地の人と見分けつかないっスよ」
「そりゃ褒め言葉かい?」
「勿論っス!」
「ははっ。ありがとよ!」
生物学者のドゥーリンと操縦士のタミスが、キウリャ達に関する報告を受けてお喋りに興じていた。明るく楽しく、仲の良い姉弟のように賑やか。船長のアモットは静かに見守っていた。
と、そこにノックが鳴る。はしゃぐ二人は急いで姿勢を正した。
「どうぞ」
開いた扉の先には見慣れた姿があった。デフォルメされたマスコットのような、アンドロイドのナインである。
「ハァイ、皆様! おっひさしぶり〜!」
ハイテンションでおどけたポーズを決める。愛らしいシルエットには似合うが以前とは大違い。
ポカンとした一同は、戸惑いのささやきを交わす。
「なんか変な影響受けてんね」
「人格が安定してない他律型AIっスからねー」
「ナイン。ここ半月の学習をリセット。それ以前の状態に復旧してください」
アモットが不機嫌に命じる。
ところが医師のワトウが反対した。
「いいや。消すのはもったいない。ここの人間の文化や価値観を知る良い資料だヨ」
「……確かにその通りですね。学習データは保存した上で復旧してください」
不満げながら訂正したアモット。合理的判断だと納得はしつつも嫌なものは嫌らしい。
「ハァイ。命令の実行を開始しまっすよお〜」
「やはり消しましょう」
「落ち着きたまえヨ」
冷めた目でアモットが再度命じ、ワトウに呆れ顔でたしなめられる。
「重ねて言うがネ。収集した言語データは貴重な財産だヨ」
「ナインはあのような言葉を話しません……!」
凛々しい表情は静かな怒気を孕んでいた。美しい拒絶。内容とは合わない真剣さだ。
ドゥーリンとタミスが顔を寄せコソコソと話す。
「あれって船長の趣味でしたっけ」
「ああ。ナインは私的なパートナーだよ。趣味のこだわりは強いんだ」
「ギャップが良いんスか?」
「らしいね」
毅然としたアモットは時折ユーモラスな一面を見せる。真摯で真面目な面と合わせ、乗組員に慕われる要因だった。
ただ、ナインの他にも客はいた。
おずおずと扉をくぐったのは小さな女の子。角もまだ短い。立派なドレスや装飾品がよく似合っている。
更に腕にサポートアニマルのウールウを抱えていた。
そして最後に規格外の戦士、ズカイナル。入室するなり軽やかに一礼した。
「ご機嫌よう使者の方々。こちら、この国のプリンセスであらせられる、サーレキア様だ。どうか良識ある対応を願うよ」
「私共のような不審な輩がお会いしてもよろしいのでしょうか」
「勿論。ボクが護衛しているからね」
自信に満ちた声音。
事実強いのだから、最も安全ではあるのだろう。だとしても親の王からすれば忌避感はあるはずだが。
王女の独断かもしれない。難しい立場で自由がないのなら協力したくはある。
ズカイナルは華麗な動作で王女を促す。
「まずはプリンセスの用件を聞いてもらいたい。さ、どうぞ」
「うん、感謝するのだわ」
進み出た彼女は、うるうるとした瞳で告げた。
「私ね、この子を好きになってしまったのだわ。お願いよ、譲ってくださる?」
ウールウを抱く腕に力がこもる。不安な気持ちを察知してペロペロと舐めた。
ウールウの性質上、サーレキアは強いストレスを抱えていると考えられた。この立場なら無理もない。それならば引き離すのは躊躇われる。
アモットは乗組員に目配せ。それからサーレキアの前に跪き、恭しく手を取った。
「麗しき王女殿下。私は船長のアモットと申します。どうぞお見知りおきを」
相手に合わせ、貴族の儀礼的な仕草。母星では失われて久しい文化を完璧にこなした。
「まあ! 船長さん? お船に乗るのね。でも空から来たと聞いたのだわ」
「はい、殿下。私達の船は空を飛ぶのです」
「まあ、凄い! とっても素敵なのだわ!」
子供らしくはしゃぐサーレキア。
好感触に安堵しつつ、アモットは柔らかく言葉を重ねる。
「その子はウールウ。空の彼方より共に来た仲間の一員です」
「……そうね。譲って、だなんて失礼だったのだわ」
しゅんと顔をうつむける。聡明さは責任感の表れだ。ウールウが慰めるように鳴く。
アモットは姿勢を崩さず、優しく笑った。
「いえ、お気になさらず。可愛いと言って頂けて私も光栄です。よろしければご一緒に遊びませんか」
「……いいのだわ?」
「むしろお願いしたいところです。我々だけではその子を満足させられないかもしれませんので」
「……感謝するのだわ!」
アモットはサーレキアにウールウとの遊び方を教える事にした。
喜ぶ場所を撫でてもらい、指で誘導すれば短い足でくるくる回る。弾ける幼い笑顔は眩しかった。
部下達は微笑ましく眺めている。
「やれやれ。ウチの船長は人たらしだネ。それにしても絵になるヨ」
「姫に仕える騎士みたいっス」
「このまま懐いてくれたら色々と便宜を図ってくれないもんかね」
「しっ。姫に聞こえるっスよ!」
「手遅れだろうし、賢そうな姫様だ。元々理解してんじゃないか?」
「だとしてもアウトっス!」
「それよりズカイナル殿。まだ本題があるのだろう。早く用件を言いたまえヨ」
こちらまではしゃぎそうな流れを強引に切り、ワトが淡々と促す。
ズカイナルは悩ましげに肩をすくめた。
「素晴らしい光景を前にその物言い。不粋ではないかね」
「有耶無耶にされては困るのだヨ」
「うん、あまりもったいぶるのも悪いね。ならば話そうか。動物と人形……ナインとウールウ、だったかな。両者の安全が確認された。君達への返還が許されたよ」
「しかし幼い王女が離したがらなかったト?」
「説得してくれて助かったよ」
「他の仲間については?」
「ナインと外にいる二人との合流を許可するとの事だ」
大きな進歩、ではある。が、やはり不満が残る裁定だ。
「それだけかネ?」
「いまのところは」
「そんな! 他のお仲間と会えないなんて可哀想なのだわ。ね、ズカイナル。天の皆様の力になってくださらない?」
早速味方になってくれたサーレキア。ズカイナルの上着を引っ張って懇願する。
しかし彼は大袈裟に天を仰いで首を横に振った。
「プリンセス。私も心苦しいのです。いくら国一番の戦士と言えどなんでも意見が通る訳ではありません」
「そう……なのね。わがままを言って悪かったのだわ」
「いいえ。プリンセスはご立派です。悪いのは不甲斐ないこちらの方です」
顔を伏せる姫と戦士。きらびやかな世界でも内側は仄暗いものか。苦難を背負う主従の姿のようだった。
ただ、それを怪訝そうに見る者がいた。
「白々しいっス」
「心が全然こもってないね」
「二人とも。意地が悪いですよ」
厳しく評したドゥーリンとタミスに、アモットが冷ややかに注意。流石に悪ノリでは済まされないと真剣だ。
ワトウが気を逸らすように問いかける。
「合流されて困る事があるのかネ?」
「さて。私も上に従う身なのでね。理由はなんとも。伝言なら認められているよ」
「ありがとうございます」
心配してくれるサーレキアに笑顔で手を振るアモット。打算ではなく、子供に余計な気苦労をかけてはいけないのだ。
不遇な扱いに、それでも明るい未来を信じて一行は仲間へと伝言を託す。




