7 試練の後には無礼講
「乾杯!」
「かんぱい!」
「ほれ、嬢ちゃんも」
「……乾杯」
荒々しい喧騒と香ばしい匂い、汗ばむ熱気、五感を刺激する要素が満ちる。
ダンジョン探索を終えた三人は、いきつけとなっている王都の酒場で打ち上げの宴会をしていた。
麦酒と果汁で乾杯し、思う存分に食事を味わう。
鶏の丸焼きや肉と魚の薫製。具沢山のシチュー。大いに食欲をそそる色彩と香りには逆らえない。
「なァ、今日は俺も十分活躍したろ」
「……まあ。確かに」
「ならちったあ愛想よくしてくれてもいいだろォ?」
「でもチッチィの方が頑張った」
「はーっ! そりゃねェぜ!」
顔を抑えて大袈裟なリアクションをするヂンペー。酔っているのか声が普段より大きい。
キウリャは気にせずガツガツと食べ進める。脂が口元を汚してもお構いなしだ。
「で、ありゃなんだったんだァ? さぞかし凄ェモンなんだろ?」
「すみません、私にもよく分かりません……」
長年難攻不落だったダンジョンの最奥にあった宝箱。その中身は銀色の宝珠だった。チッチィによるとダンジョンの魔力を封じる特異性はその宝によるものだったらしい。この星ではどうとでも使える貴重な代物だろう。
王都に帰還したらズカイナルが回収していった。報告がてら王城に届けるようだ。
その様子からしてもやはり極めて貴重品。何者かに狙われるのも当然か。
遺跡の権威性からすると国を治める正当性を示す品かもしれない。
ただ、ヂンペーの関心はそこではなかった。
「大手柄って事で俺達も城に行かせてくれねェもんかねェ」
「きっとそうなりますよ! 今まで誰も突破できなかったダンジョンなんですし!」
ぐっと拳を握って力説するチッチィ。本人は本気そうだが、上司にあたる人物はどう考えるか。期待は正直薄いが、健気な様子がキウリャとしては既に有り難い。
「ありがとなァ。よっし、お前さんも飲め飲め」
「えっ、いや、そんなの私には無理ですよ」
「妖精チャンまで俺に冷たいのかよォ」
「チィに変な事しないで」
キウリャがチッチィをかばい、優しく引き寄せる。手で壁を作り、徹底的に遮った。
ヂンペーが不満げに口を尖らせる。
「んだよ。折角俺も仲良くなりてェのになァ」
「近寄らないで」
チッチィに対してはほのかな微笑み、ヂンペーに向ける際は冷たい視線。ニタニタからかうように笑っているヂンペーもヂンペーだ。
間でチッチィはオロオロと困っている。
「はわわっ。喧嘩は止めてください!」
「さっすが。モテるオンナノコは辛いねェ」
「えええっ! そんな冗談止めてくださいよお!」
「そう? チィは魅力的だと思うけど?」
二人、サイズの違う瞳が見つめ合う。チッチィが赤くなり、慌てて顔を逸らした。
「わー! キ、キウリャさあん!?」
「ごめん。遊び過ぎた」
「……もう! キウリャさんまで! 珍しいですね!」
「何処かのオジサンみたいで恥ずかしい」
「何光年も旅してきた仲間だろォ」
「なのにチィに負けてる方が悪い」
「キウリャさん……」
ヂンペーがヒュウと口笛を吹いたので脚を踏む。しっかりと強めに。
喧騒に野太い悲鳴が加わっても誰も気にしない。陽気に宴は続いていく。
が、不意に新たな影が卓に加わった。
「ははは。華やかな親愛に気をよくして悪い癖を出さないでくれよ」
「も、もうないですよあんな事!」
顔を出したのはズカイナル。武装ではなく楽そうな普段着だが、美丈夫は様になっていた。
「へェ。お偉いサンもこんなトコに来るんだなァ」
「私はそこまで偉い立場ではないよ。この店も常連だ」
「そうかィ。で、悪い癖ってのァなんだよ」
「つまらない話なんで聞かない方がいいです!」
慌てて話を遮ろうとするチッチィ。小さな体でズカイナルの口を無理矢理塞ごうともしたが、彼は優しくつまんで退けた。
「以前もとある人物をいたく気に入ってね。その人物に一日中つきまとっていたのだよ。それであれこれ気になる事を質問し続けてね。相手の事なんてお構いなしさ」
「へェ」
「何を隠そう、その相手は僕なんだけどね。困ったものさ。なにしろ仕事に支障を来すし、どれだけ答えても納得してくれない。遂には力ある上位の妖精に契約して縛ってもらうしかなかったのさ」
三人がチッチィに目を向ける。
冷や汗がダラダラと流れていた。
「いやあ、そのお、……妖精は特殊って言いますかあ、自分を構成する要素に弱いんですよお……私は書庫、物語から生まれた妖精で……英雄のズカイナル様となれば強烈に惹き寄せられまして……」
「マジか。いや流石に言い訳にしたって情けねェだろ?」
「本当ですよお……」
「当然、チッチィ以外の妖精はすぐ人の世の一般常識を身に付けて自重してくれたよ」
「わー! わー!」
大慌てでズカイナルの口元を押さえるチッチィ。とっくに手遅れだが。
ヂンペーがニヤニヤと眺めるも、必死に目を逸らして沈黙。それもやがて耐えきれなくなったらしい。
「隠しててごめんなさい! 失望しないでくださいいい!」
キウリャの頬に抱きつくように泣きついてきた。小さい割に強い感触がくすぐったい。
過去は意外だが、断罪すべき悪とは思えなかった。
よしよしと指で背中を撫でる。
「失望なんてしない。安心して」
「本当ですかあ?」
「本当だから」
「そうそう。失望なんてしねェよ。ドン引きはしたけどな」
「オジサンもこれ以上失望されないでしょ。マイナスが大き過ぎて」
「この流れで俺ェ?」
言いながらヂンペーの足を踏む。しっかりとキツめに。
苦悶の声は気の所為だとしておく。
「大丈夫。もう怖くない怖くない」
「キウリャさあーん」
「ま、実際ストーカーぐらいどーって事ねェわな。仲間の監禁に比べりゃあ軽い軽い」
ヂンペーの軽口も彼なりに優しさのつもりなのだろうか。豪快に酒を呷る姿は何も考えていないように思えた。
ひとしきりの騒ぎが落ち着いた後、ズカイナルが爽やかに微笑み、拍手をした。
「いや良かった。実に麗しい友情だね」
「元はと言えばズカイナル様のせいじゃないですか!?」
「いやあ済まない。忠告は必要だと思ってね」
「アナタも踏まれたい?」
「おっと。怒らせてしまったね、レディ。お詫びにいつか別の行きつけのお店でご馳走しよう」
「要らない。お詫びっていうなら船長達と会わせて」
「それは僕の権限の外だね。しかし上にはかけあっておこう。きっと良い報せを持ってくるよ」
「本当かねェ」
それ以降、参加者の増えた宴はご馳走の堪能に戻った。味わい、ふざけ合い、不安も忘れて楽しむ。
酒場の夜は賑やかに更けていくのだった。




