6 探索の幕はまだ落ちない
階段を登りきれば、遺跡の柱の隙間から夕日が差し込んでいた。
最奥の宝を回収してダンジョンの奥から戻ってきた一行の前に、久しぶりの外の世界が広がる。草木の匂い。鳥の鳴き声。全てが大袈裟に感じられた。
閉塞感のある内部から一気に開放的。清々しい気分が体を駆け巡った。
「あー、つっかれたよなァ。当分休みてェ。良いよな妖精チャン?」
「確かに大変でしたけど……それは私が決める事じゃなくてですね……」
「だから迷惑かけないで」
「かてェ事言うなよォ」
交わされる軽い調子は、激闘の後でもその疲れが見えなかった。まるで観光帰りのよう。
もうダンジョンの外なので魔法が使える。キウリャの胸ポケットからチッチィが飛び出した。羽を広げて舞う姿が、やはり彼女には似合う。
「やっぱり自由に動けると気持ちが良いですね!」
「ワタシのポケット、嫌だった?」
「そ、そんなことないです!」
「いつでも入っていいから」
冗談めかして言ったが、キウリャは割と本気だった。
このダンジョンでチッチィは随分活躍してくれたし、可愛らしさは好ましい。彼女の立場もあるだろうが、個人的に親しくなりたいと思った。
「へェ。仲のよろしい事で」
「そりゃオジサンよりは。でしょ? チィ」
「え? 今の……」
「嫌?」
「嫌じゃないです! 全然!」
グレーの涼やかな瞳で問えば、チッチィは照れたのかびゅんと先行してしまった。キウリャものんびりするヂンペーを置いて追いかける。
和やかな空気が流れていた。
が、唐突に。
けたたましい警告音が鳴り響いた。ヂンペーの機材からだ。
異変に気付いたチッチィが慌てて戻ってくる。キウリャは柱の影に引っ込み、身を寄せて銃を構えた。弛緩した空気から瞬時に戦闘態勢。視界には周辺の状況を投影する。
そして異常の反応を鋭く見据えた。
「上」
「うおっ!」
見上げれば、空に影。
鷲の頭と翼にライオンの体の生物──グリフォンが滞空していた。それに騎乗した人物は全身甲冑を身に纏い、兜で顔が確認できない。
上空に待ち構えていた襲撃者はクロスボウをこちらに向けている。警告がなければ奇襲されていたか。
「まァだ休めねェのかよ」
「わー! なんなんですかあの人!」
高空から矢を降らせてきた。柱に当たって甲高い音を立てる。石像に比べれば今更恐ろしくはない。
柱の影から反撃。レーザーライフルのバッテリーは使い果たしたので、実弾ライフル。宙を切り裂く弾丸が空へ昇った。
しかし命中しなかった。
グリフォンは滞空から旋回へ。的を絞らせない。キウリャがさっと戻れば、矢が遺跡の床に弾かれた。
「絶対偶然鉢合わせた盗賊じゃないですよね。狙いはきっと……」
「このお宝だよなァ」
「前人未到の遺跡ならあり得るけど……」
横取りするにしても情報を何処から得たのか。制覇すると確信していたのか。疑問はあれど後回し。
人影はグリフォンを操り、遺跡の上空に陣取る。撃退しないと釘付けのままだ。体力も物資も消耗した状態で果たさなければならない。
キウリャは細く息を吐き、無意識にバッジを触った。
重い羽音が聞こえる。相手は高度を下げてきて、より近くを矢が通った。
それに怯まず、キウリャは半身だけを出して反撃。去っていく背中に向ける銃口。セミオートで連射。しかしまたも外れに終わった。
柱に引っ込むと、伏せていたヂンペーに提案。
「ドローンは? まだ動くでしょ。囮にして」
「おいおい勝手言うんじゃねェよ。修理するの俺だろォ?」
「他に手がある?」
「つったって囮にすらなれずにぶっ壊されんぞ?」
「それはオジサン次第でしょ。ヘタだから自信ないの?」
「こんなトコで無茶言うんじゃねェよ」
「もー! 揉めないで協力してくださいよー!」
チッチィが悲痛な顔で叫ぶ。余裕がない。そんな姿を見て反省し、精神を落ち着ける。
ヂンペーも頭をかきながら話を進める。
「妖精チャン、今使えそうな魔法はァ?」
「矢なら防げそうですけど……」
「んじゃそれよろしくゥ」
ドローンが軽やかに外へ。
直ぐ様飛来した矢を、チッチィの魔法が防いだ。そして目を潰す光が放たれる。
流石のグリフォンと騎手も動揺したらしい。
キウリャは遺跡から素早く飛び出し近くの茂みへ。
ヂンペーとドローンに注目している隙に、気付かれないようスルスルと木を登る。
狙いやすい高度と角度を得て、木陰から射線を通す。
「今度は外すなよォ。もっとよく狙え」
「黙ってて」
端末に届いた通信に集中を乱されたのを、一呼吸で鎮める。
冷静に狙いをつける。グリフォンの翼を撃ち抜いて落としたい。
不安定な場で、ピタリと動きを止め、狙撃。
が、こちらには気付かれていた。
戦意と視線が交わる。正面から矢と弾丸がすれ違う。
瞬間的な反応。互いの攻撃はかすめただけだ。走る痛み。追撃を避ける為、キウリャはわざと落ちて受け身を取った。
素早く起き上がり、態勢を整える。
「……考えないと」
舌打ちしたくなるのを堪え、キウリャは一度目を閉じた。
じりじり追い詰められる。相手には仲間がいる可能性もある。
焦り。重圧。余計な要素が平静であるべき心身を蝕んでいく。
それを払うように、涼やかな声が通った。
「助太刀するよ、お客人!」
きらびやかな鎧姿に、黒髪の端から伸びる角。彼こそ、宇宙船をも落とす勇者。
「ズカイナル様!」
チッチィの声援に手を振って応える余裕すらある。人気の舞台役者のようだ。
しかし戦闘は強烈だった。
剣の一振りが衝撃を生んだ。
放たれた矢を落としただけでなく、高い上空にまで届く。直撃は避けた襲撃者だが、風に煽られバランスが崩れた。
そこに第二撃。深い下段の構え。
角が震えた気がした。剣が神々しい光を放つ。熱い闘志と共に袈裟懸けに振り抜かれた。
「荒雅白閃」
思わず目を覆う光量。地上から空へと極光が駆け抜ける。
夕焼け空を一時真昼に変えた一撃が、魔法の技。
キウリャはこの光景を胸に焼きつける。何があっても対抗できるようにと。
ただ、当のグリフォンは光に呑み込まれる前に離れていたか。レーダーが遠くに移動した反応を捉えている。
剣を収めたズカイナルは爽やかに笑った。
「……逃げられてしまったね。いや、面目ない」
「嫌味かよ勇者サマ」
「そう聞こえたなら申し訳ない」
「うへェ。やっぱ苦手だわ」
「おや、残念」
ゆっくり合流したキウリャは、後ろを向いたヂンペーが舌を出すのを確認した。まるで悪童。
「ダンジョンクリアおめでとう。君達は期待通りの活躍をしてくれた。礼を言わせてもらうよ」
「最後は美味しいトコもってかれたけどなァ」
「ふっ。今日は君達が主役だよ。敬意を表する」
嫌味なく拍手をするズカイナル。
ようやく平穏なのだと実感して、力が抜けた。物寂しい夕日がいたくしみる。
最後には不満の残る結果が待っていたが成果は上々。
こうしてダンジョンでの冒険は終わったのだった。




