5 守護神の試練
閉ざされた扉の先にあった階段を降りると広大な円形の空間が広がっていた。
ドローンを天井まで飛ばし、光量最大で照らす。
壁や床の石は綺麗に磨かれ宝石のように艶やか。上階より荘厳な聖域といった風景。思わず身が引き締まる。
「こりゃまた凄いねェ」
「……ふうん」
「うわわわ」
そして中央には巨大な人型の像が鎮座していた。
杖を持ち冠をかぶった神々しさのある姿は守護神だろうか。筋肉や服も細密に表現された芸術的な像だ。
「あのデカブツも動くんだろうなァ。怖ェ怖ェ」
「だろうな、じゃなく分かってるでしょ」
「んん……いやコイツの構造はよく分かんねェ。可動部はあるし動くんだろうだが……流石に魔法が関わってんのか。んで、多分そっから先に踏み込むと起動すんぞ」
眉根を寄せて悩みつつも、最後にはヘラヘラと緊張感のない顔で床を指す。キウリャにもデータが送られ、視界にラインが引かれた。
避けて壁に沿って進めば、最奥にはまた固く閉ざされた扉があった。美麗な装飾が施されており重要な部屋があると窺える。
「今度はどうすれば開く?」
「こりゃ単純に鍵が要るなァ」
「その鍵は何処?」
「待て待て焦んな。今探してるからよォ」
ヂンペーは髭をいじりながらひとしきり唸った後、ある一点を指差した。
「あァ、アレだ。デカブツの頭ん中。冠がフタみてェになってっから登って取り出せって話だろうなァ」
「は?」
キウリャは呆けた声を発して指の先を見た。
遥かな頭上。石像の美丈夫に造られた顔、そして冠を。
そして鋭い視線はスムーズにヂンペーへ。
「俺睨んでも仕方ねェだろうよ。ほれ、嬢ちゃんならよじ登れんだろ」
「ふざけないで。鍵なら複製できない?」
「無理だろォな。同じ素材が要る」
「……ならどうすればいいワケ?」
「ん~。こォんなァ事もォ、あろうかとォ〜」
ヂンペーはふざけた調子で喋りながら背中の荷物を降ろし、機材を取り出す。
偵察や照明に使用中のものより大型のドローンだ。荷物を運べる構造になっており、なんらかの部品を組み合わせてセットした。
「じゃ、先制攻撃といきますかァ」
「何する気?」
「嬢ちゃんがサボるなってうるせェからなァ。俺も頑張りますよっと」
「当たり前でしょ」
石像に向かってドローンが飛ぶ。
首辺りに達すると、後付けされた部分から液体が発射された。神々しさを嘲笑うかのように容赦なく首にかけていく。
チッチィが首を傾げて問いかけた。
「なんなんですかアレ?」
「成分に合わせた溶剤だ。時間はかかるがボロボロ溶けるはずだぞォ」
「貴重な像を溶かされちゃ困りますよ!!」
「尊い犠牲だった。仕方ねェ」
「ええ……でも攻略できれば帳消しに……うーん……」
「……一方的に終わればいいけど」
ヂンペーは喋りながらもゴーグルのカメラ映像に集中してドローンを動かしている。キウリャも端末の望遠機能を用いて観察。気になる様子のチッチィに見せられないのが申し訳なかった。
頭上では頑丈そうな石材の首や肩に穴が空いていく。長らく姿を守っていたはずの威厳ある像は、みるみる内に台無しだ。
「鍵まで溶かさないでよ」
「ちゃあんと位置は選んでますよォ」
余裕そうなヂンペー。キウリャとしては嫌な予感はするが、専門分野に関しては悪くないはずだと言い聞かせる。
やがて石像の頭のバランスが不安定になり、グラグラと揺れだした。
作戦は成功、なのだが。
「マズくない?」
「このままじゃ潰されませんか……?」
「まァ大丈夫だろォ? 落ちんのァ逆だ」
気怠げな声でヂンペーが応える最中、ついに頭が落下してきた。
キウリャ達からすれば体を挟んで反対側。だとしても安全とは言い難く、当然恐怖心も刺激された。
「ひゃああああ!」
チッチィの悲鳴が激しく反響する中、壁に背中を押し付ける。
そしてどごんと頭が落ちた。轟音が凄まじく反響。大きく広間が揺れ、キウリャは踏ん張って、ヂンペーは尻餅をついた。衝撃にも艶やかな床は割れなかった。
が、積もった砂埃が舞って、ゲホゲホと咳き込む一同。
視界が戻ると首以外は綺麗なままの石像の顔が床に、自らの足の間に鎮座していた。
「終わり、ですか?」
「おォ終わり終わり。後は頭ん中から鍵を持ってこりゃ良い」
ヂンペーが悠々とドローンを操縦。ゆっくりと降りてきて頭に向かう。アームが飛び出て鍵を取る準備を始めた。
だが耳障りな音に邪魔される。
像の腰や膝部分が回転。頭のない像が、急に足を上げたのだ。
ヂンペーが、柄になく焦る。
「やべ。頭が落ちて作動したのか。つうかまだ動くのかよ」
「終わってないじゃないですかあ!」
「スマンスマン」
「やっぱり信用できない」
振り上げた足は安全地帯にいたはずの三人の下へ降ってきた。
急いで退避。
再度の轟音。
頭の墜落よりは小さいが、人間はぺしゃんこになるだろう衝撃が広間に響いた。
そして次は上半身のあちこちが回転。杖による薙ぎ払いが行われる。
緊張感。緊迫感。のしかかる重圧。
壁際を必死に走りながら三人は対応を悩む。
「どうするんですか!?」
「とっとと頭から鍵取って進むしかねェだろうよ」
「この中で?」
「囮と鍵に別れるかねェ」
「また溶かせばいいでしょ」
「っし。次は足を落とすか」
ドローンが腰の辺りを飛び、溶剤を噴射。
しかし今度は振るわれた拳に当たりそうになって中断。一旦天井スレスレまで逃げる。
「クソ。やりにきィな」
「こっちも危ないけど」
「待て機材が重ェんだ!」
「じゃあ捨てたら」
「クッソしゃあねェ!」
頭上から迫る杖を恐れ、ヂンペーが背中の荷物を放り投げた。ガシャンと嫌な音で苦々しい顔へ。ゴーグルとホロモニター上でドローンを制御する彼を、キウリャが引っ張りながら走る。
攻撃の隙間を縫うばかりでは、なかなか状況は良くならない。
「……仕方ない」
キウリャはヂンペーから離れ、背負っていたレーザーライフルを手に前へ。壁際から中央に寄る。
すっと一呼吸。
杖を持つ右肩を狙う。一直線の眩い白が広間を突っ切った。
とはいえ撃ち抜いても小さな穴が空くだけ。レーザーカットには時間が必要だ。一旦ライフルを下げ、踏み潰しから逃れた。
走り、立ち止まり、撃つ。
引き金を引き続け。穴から線へ。
なるべく長くライフルの構えを保つ。その間は動かない。石像の攻撃が来るギリギリまで耐える。
そして逃れた後でまた放つ。激しい風圧や衝撃を浴びつつ、目は閉じない。
切れたバッテリーを手早く投げ捨て、交換。鮮やかな手並は手品のよう。
命懸けのチキンレース。だからこそあえて強気に笑っていた。
ヂンペーはモタモタしているが、一応効果はある。二人がかりなら無力化も遠くないはずだ。
冷静なキウリャだったが、他人からすればピンチ。
チッチィがあわあわしながらポケットから身を乗り出す。
「私が行って鍵を取ってきます!」
「どうやって?」
「あ、飛べないんでした!」
絶望的な表情で固まる妖精。酷くパニックになっている様子で、逆にキウリャは和んだ。程よく力みが抜ける。
「大丈夫。今度はワタシの番」
汗を拭い、下を向いて微笑みかけた。チッチィの顔の赤らみは安心してくれた証拠だろうか。
改めて視線をキリッと引き締めた。
鋭い戦意をもって標的を狙い続ける。レーザーを受けた線は段々太く、長く、刻まれていく。
その結果が、遂に。
ガクンと肩が落ち、自重に耐えきれなくなって、離れた。床へ向かう右腕。何度目かの振動が遺跡を襲う。
「っしゃ! 似合うんじゃねェの、デカブツ」
「油断しないで」
ドローンがパフォーマンスのような動きを挟んだのでヂンペーに釘を差しておく。
石像はまだ動き続けるのだ。確かに攻撃頻度は低下したが攻撃手段は健在。左腕を乱暴に振り回し、足はすり潰そうとしてくる。
それに落ちた右腕は移動の邪魔になる。
目的の頭が中央、像の足元にあっては難しい。四肢全てを落とすにはスタミナとバッテリーが切れてしまいかねない。
ならば、頭の方を移動させられないか。
一つの閃きを得て、キウリャはヂンペーと素早く合流する。
「……爆薬があるんだって?」
「おォ、あんぜ」
「ならちょうだい」
「なんだ無茶するつもりかァ?」
「無茶じゃない」
隙を見て頭に向け爆薬を投げた。察したヂンペーも追加。そしてタイミングを見極めて、発砲。
爆発が一瞬にして広間を暖色に染める。
そして爆風で頭が転がった。ゴロゴロと重量物が移動する震動が響き、入口の扉の横に衝突。影のせいか、手荒い扱いで落ち込んでいるように見えた。
頭から鍵を拾うだけだ。
「よっしゃ、よくやった!」
「偉そうにしないで」
「言ってる場合か! 急げ!」
ヂンペーは頭めがけて全力で壁際を走る。最後まで気は抜けない。
一方キウリャは像の様子を見て、立ち止まる。頭から鍵を取り出すのに手間取ると予想。
中央に寄ってライフルを構えた。
望み通りヂンペーではなく、キウリャに足が降ってくる。
最後の対決。
真っ向勝負を選ぶキウリャ。逃げずに、しゃがんだ。声にならない悲鳴をあげたチッチィには悪いが、勝算ならある。
射線が空いた、腿の裏を狙う。ここまでのダメージからしてこれで片が付くはずだ。バッテリーを使い切るまで引き金を離さない。圧と恐怖に動じず、ライフルを保持した。
そして、決着。
片足が完全に腰から離れ、キウリャの前に落ちた。胴体はバランスを取れず壁に手をついて、しかしそれでも支え切れずに倒れ込む。
キウリャは悠々と逃げ出しながらそれを確認していた。
首なしの隻腕隻脚。これはこれで芸術的だろうか。
「……これぐらいで許してあげる」
「嬢ちゃん、もう十分だ! つうかやり過ぎだろォよ!」
「いっ、急ぎましょう!」
ヂンペーが鍵を回収して奥の扉へ向かってくる。
お互い疲れた様子で合流。重厚な扉が、開く。
まだ残る片腕と片足が回転。ジタバタするのが危ないので急いで先へ。
扉の向こうは通路でも階段でもなかった。小さな、しかし広間より更に神々しい装飾の施された部屋だった。ダンジョンの最奥、制覇した者を祝福するゴールだ。
「マジかよ。笑えてくるなァ。リアルに見るなんざ思わねェ」
「……あるものはあるんだから」
ヂンペーが部屋の奥を見て笑った。キウリャも何処か可笑しさを感じてしまう。
いかにもダンジョンにありそうな、想像そのものの宝箱が堂々と置かれていたからだ。




